トーク領に到着

 ランドを出発して十五日が経った。

 春の訪れを感じながらも震える旅が殆ど終わり、今目の前にはヘダリア州北部、トーク領最大の都市レスターの城壁が見えている。

 ランドより壁が大分低い。

 そして、街の中央には無駄金がありません。とネオンサインで書いてあるかのような建物。城と呼ばれてはいるのだろう。壁が低いのもあんま金が無いからかもしんない。


 もう一つここから見える違いとしてランドと比べ林が近い。

 多分、新しい街だからだ。あるいは伝統的に人口が少ないのか。

 国最大の都市にして古都であるランドと比べれば当然だが。


 ほら、あれだよ。

 建物を建てたり、畑を張る為に木を伐り続けたら、林が遠くなっちゃって、効率を上げる為に樵場を建設しなおすのを続けてるとその内町の中心周辺には木が無くなってしまうあの現象だよ。

 いやぁ、あのゲームは本当に神ゲーでした。今頃二十年待っていた第四作は出たんだろうか?

  

 半年の間ランドで待っていて本当に良かった。

 未だに寒いってのに、更に北方へ行かないといけないのだから。

 私はフランスのチビと違って、冬に北上するような趣味は無いのだ。


 旅は順調だったと言っていい。

 心配だった治安も王土領からトーク領の国境線までにある町では悪かったけど、トーク領に入って良くなったのを感じている。

 カルマの統治が行き届いてる証明だと思う。

 あっちこっちで緩んでるってのに大したもの。

 これなら働いてもいいかもしんない。


 旅に出て良かったのはストレスが減った事だ。

 大変喜ばしく思う。健康にも、お肌にも、頭髪にもストレスは悪い。

 今後も睡眠と休みはきっちりとって行きたいね。


 バルカ家で働く最後の方は結構不安があったからなぁ。

 話に満足して貰えてるか少々不透明なのと、何よりネタ切れの恐怖が。

 何とか希望以上の期間面倒を見て貰えて本当に良かった。

 この旅で隊商の馬を借りて楽が出来たのもバルカ家のお陰である。

 ツンツンした感じの馬だったのでダイスカと名付けたが、もうお別れだ。少し寂しく感じる。

 馬、可愛いし欲しいな。シンボリやテイオーみたいな良い感じの名前付けて可愛がりたい。

 いや、世話しやすそうなスペウィかオグリの方が良いか? ゴルシだけは止めておこう。馬キックされて死ぬ。

 まぁ体感車よりよっぽどお高いし、街に住んで飼うとなると諸経費がヤバくて無理なんですけどね。


 レスターは中々綺麗な街と感じた。

 人口が少ないからか、庶民たちの家もランドより大きく住み易そう。

 ランドと一番違うのは獣人の多さか。

 毛の色が茶色系の人が多く、次は灰色。草原族と雲族だっけ? 

 ランドと比べるとケイ人達の獣人への対応がとても丁寧に見える。上手く共存してそうで喜ばしい。


 街に入った所で此処まで混ぜて貰った行商団の人々と別れ、明日の為に宿を取る。

 突然来たのだから即は会えないだろうが、領地全体で数十万人を支配する人間へ面会を求めるんだし、体を洗っておかないとね。


 次の日、私は城に向かい門番の人にバルカ子爵家からの紹介状を何処に渡したら良いか聞き、受付らしき所に行って渡す。

 こっそりとランドで遠くから見た帝王の住む城と比べるべくもない小ささで、内部の装飾も簡素。とか考えながら待つ。


 私にはこっちの方が質実剛健という感じで好ましい。

 寒さ対策の為か内壁として木を使ってある辺りもグッド。

 国境線につくられたある意味前線基地であるレスターの城や都市が、戦いの場となる事を殆ど想定されてないランドみたいに装飾されていたら奇妙だし。


 すると十分程度しか待たされずに中へ通された。

 これは……バルカ家パワーか?

 圧倒的ではないか。宿で何日か待つと思っていたのに。


 案内された部屋に居たのは、深い青色の髪を長く伸ばしてる美人さんだった。

 歳は……高耳だから分からん。ジャポネーゼだとすれば二十三と言うのだが。

 うーむ……こちらを探るような目で見ておられる。

 このお方、頭良いんですよオーラをシュオンシュオンシュオンと効果音付きで目視出来そうな雰囲気をお持ちである。

 

 それに加えて用心深くキッツイお人柄だと感じる。

 どうしてだ? 眼つきが尖がってるからかな?

 書状に何か変な内容でも書いてあっただろうか。

 封がしてあったし、私が見るもんじゃないと思って確認してないのでちと不安だ。

 と、まずは片膝をついてお声がかりを待たないと。


「初めてお目にかかります。わたしはグレース・トークと申します。お名前を頂けないでしょうか」


 うん?

 何でこんなに丁寧なんだ?

 不思議だが、丁寧に返しておけば良かろう。

 挨拶の口調には込められるだけの敬意を込めよう。


「ダンと申します。お時間を割いて頂き感謝申し上げます。カルマ・トーク様に聞いて頂きたい話とお願いがあり、又友好的で話を聞いてくれそうな獣人の方を紹介して頂きたく参りました」


「獣人、ですか……お尋ねしたいのですが、ダン殿はバルカ一門の方では無いのでしょうか? 家名は? バルカ家の方との関係も教えて頂ければ」


 何か誤解があるみたい。

 しかし、バルカ家を騙ったりしたら即北斗七星の横に青い星が輝く。

 とても放置できない誤解だ。

 今となっては懐かしい小パンチ一発喰らったら死ぬという緊張感を、自分の命で味わうなんて御免こうむる。


「バルカ一門などとんでもない。私はここ二年程バルカ家で働かせて頂いただけの者です。家名も持ちません」


「なんですって? ダン殿。ああ、いえもういいわ。立ちなさいダン。貴方はただ二年バルカ家で働いただけでこんなに立派な紹介状を与えられたというの?」


 お、おう、突然乱暴になりましたね。

 こっちが当然なんだけど、流石に驚いたっす。立たせる配慮には感謝します。


「あ、はい。その通りですグレース様」


「そう……。勝手に思い込み過ぎたわね……。それで、この紹介状の内容は知ってる?」


 知らんがな。

 封が見えないのか姉ちゃん。

 その封を破らないようそれはもう気を使ったんでゲスよ?


「いいえ。私はただティトウス様にカルマ様がお会いして下さるよう紹介して頂けないか。と、お願いしたのみですので」


「ふむ……。……所で貴方のような庶人がカルマ様と呼ぶのは失礼よ。カルマ様はトーク家の当主。トーク様とお呼びしなさい」


「あ、誠に申し訳ありません。以後気を付けます。どうかお許しを」


 まーじかよ。知らなかったぜ。

 でも下の名前を呼ぶのは親しい相手だけって日本でも普通だったな。

 あるぇ……リディア様って呼んだのは……あの家にはバルカが何人も居たから許されたのかな? 

 そしてティトゥス様と呼んだのは完全に失敗だったようだ。……書状で謝るべきか悩ましい。

 何にしろ教えてくれて助かった。

 グレースも教えてやろう程度な感じだし。

 有難うごぜえますだ。


「何処でも当主は当然としてその一門で会話する人間がその人だけならば、家名で呼ばなければ不敬よ。気を付けた方が良いわ。で、この紹介状だけどまずはあたしが読ませてもらうから」


「はい、お読みください」


 にしてもそこまで立派な紹介状だったとは。

 人生初の紹介状だったから程度が分からなかった。

 確かに態々絹の布に書いてあるよってビビり倒したけどさ。


 と、読み終わり……眉をしかめている?

 何か問題があったのだろうか……。


「貴方は、本当に貴族じゃないのね? ただバルカ家で働いていただけ?」


 服装も、体から出るオーラも庶民そのものっしょ?

 高耳なのに近づきやすいと多くの皆様に評判ですわよ?

 うぬぅ、あの紹介状に何が書いてあったのだろうか。

 リディアに詳しく聞いておくんだった。なんかこー、頂いた物の中身を尋ねてはいけないような気がして。

 こーなると紹介状の内容を知らず相手に渡すのこそ、常識知らずだったかも。反省しよう。次の機会は無いと思うが。


「はい、そうです。本当でしたら私はバルカ家で働くには足らない者でしたが、特別な幸運で雇って頂けました」


「……良いでしょう。カルマ様に会わせます。付いてきなさい」


 グレースは別の執務室に案内してくれた。

 其処にはグレースの部屋よりほんのチョビっと金の掛かってそうな机や、道具が置かれてあり、グレースそっくりだが明るい人柄を感じる美人のねーちゃんが座っていた。

 つーか、髪の色が明るい青である。

 しかも、髪型がバイトソルジャーそっくり……。

 ……髪型で無意識の内に人格を判断してるとは思いたくないなぁ。

 判断基準が実体験なら良いけど、空想キャラが判断基準はサスガニサスガニ。


 所で、この人が本当にカルマ?

 私、董卓の可能性があると思ってたんですが……。

 腹周りの脂肪は?

 ヒゲは?

 酒池肉林……は別の人だ。


 女性好きの反対で、男性好きとなって配下の者だったら誰でも呼ぶような人だったら、と期待、じゃない悩んでたけど、そういう話も無さそう。

 残念ながら好色そうな視線を感じない。

 姉妹揃って同じ茶色の瞳から感じるのは少しの好奇心だけ。

 私が基準を満たしてないだけという可能性もありますが。


「カルマ様、この者はバルカ家の紹介状を持って来た者で、ダンと言うそうです。カルマ様に話とお願いがあるとか」

 

 イルヘルミがあんなだったから、董卓候補も男女問わず手を出しまくってたら……。

 そうしたら、大変な目にあった傷心の美少女に優しくして、まで考えていたのに。

 残念至極。


「分かった。話を聞こうかダンとやら」


 やっべ。

 変な事を考えてる時じゃなかった。まず膝をついて待つのが無難とのリディア先生の教えを破ってしまった。

 膝をついて一礼。そして意識をお嬢さんに集中するべし。


「有難うございますトーク様。まず、獣人を知るために暫く一緒に暮らしたいのです。ケイの者に好意的で、こちらの話を聞いてくれそうな方を紹介して頂けないでしょうか。又、向こうで出来れば一年程暮らした後、トーク様の下で働かせて頂ければ、と」


「ふむ、配下になりたいと?」


「はい。食べていけるだけの仕事を与えて頂ければ幸いです」


 このカルマが董卓と同じ役割を果たす、乱世への火ぶたを切るキーマンである可能性はまだある。

 人品、統治の仕方を現地で見ていたい。何よりここは遊牧民の住処に近く地理的に最高結構コケコッコーなのよね。

 それに働かないと飢えて死んじゃうという当然の問題が……。

 脛を齧らせてくれる親が居ないからな。

 ……母が適当に作ってくれたオムレツの味が恋しい。


「なるほど、バルカ家の紹介ともあれば働いて貰っても良い。何か優れた特技を持っていれば教えるように。厚遇しよう」


 どうも私と言う人間の評価に巨大なゲタが履かされてませんかねコレ。

 下手に高度な仕事を求められては困るのに。

 誤解を解く必要性がエマージエンシー。

 ただ、計画を考えると余計な事も言わないといけないんだよな……。


「どうも誤解しておられるように感じます。私は本来ならバルカ家の紹介を頂くには値しない無能者。読み書きと計算は出来ますが、特技と言えるようなものはありません。ただ……一つ情報と予想を提供したく思います。もしもそれが当たった時には、又トーク様にお願いを聞いて頂けないでしょうか?」


 今後目の前のお嬢さんと話すのは無理だろう。

 一部上場企業の社長と平社員に話す機会が無いようなもんだ。

 しかし今後動乱が起こった時には会いたくなる可能性がある。

 今しか手に入らない珍しい品物であるから、今買っておいて後日利益を得る機会を作りたい。奇貨居くべしって奴かな?

 漫画キャラとなって突然有名になった、野望溢れる寝取り野郎との噂がある呂不韋りょふいさんのお言葉である。


「情報、ね。良いだろう。当たった時には配慮するとも。言ってみなさい」


 身分を弁えろとか言われたら謝るしかなかったけど、許して貰えたか。非礼を咎められもしないし寛容さに感謝します。

 うんだば申し上げましょうかね。

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