情報収集

 次の日、朝に植物が土砂災害を防いでくれる等の話をして、最低でも二日分の猶予を獲得した俺は手紙を書いている。

 出す相手は勿論ラスティルさんである。

 何時十歳にポイッとされるか分からないから、落ち着いたとは言い難いけど……。


 前略ラスティル様、いかがお過ごしでしょうか。

 私、とてつもない幸運によりバルカ子爵の所で、下働きとして雇って頂けました。

 何時までここで働けるか分かりませんが、とりあえずはこちらにお手紙を頂ければ嬉しく思います。


 という感じに書いてバルカ家で働いてるちょっと偉そうな人に、郵便局的な物の場所を教えて貰い向かった。

 値段は卒倒しそうな程高かった。口に出したくない程だ。

 リディアからあの収入を教えて貰っていなければ、貧乏性故に手紙が出せなかったかもしれない。

 だが、出す。でもラスティルさん……この値段で恋文とか不可能だよ……冗談だったのは分かってるけど……。

 この値段で恋文送るやつが居たら脳みそ沸いてるよ。手紙が来た時点で人品壊れてるとしてお断りだよ……。

 それでも出したのは相手がラスティルさんだからだ。

 せめてこの手紙が返って来るまではここに居たいものである。

 でないとお金が勿体無さすぎるっす。


 やらないといけない事は終わった。

 となれば次にするのはこのランドに来た理由、情報集めだ。

 この国の世情を知りたい。

 更に太公望らしき人物や項羽らしき人物が居たように、曹操になりそうな奴が居るのか、とかも。

 ただ……俺の三国志知識はかなり今一だし忘れている。

 映画とかを見て大筋は補強されたけど……。

 信頼出来る知識とは言い難い。


 しかし一か月程色々な酒場を渡り歩いた結果、俺は当たりっぽい情報を聞いた。

 こっちの世界でも男は所詮男。

 この街で誰が美人かという話になった時このランドで最も大店の肉屋、その主人であるザンザの妹ハリが非常に可愛いと言う話を聞いたのだ。

 ……おいおい。

 まさかあのスーパー成り上がり男が?

 更に聞いた所、肉屋で美人と言えばその妹しか名前が出てこない。

 これはチェックがニードや。


 そこで俺も見てみたいなーと酔っ払いに言ったら、三日後は妹が店番をする筈だと教えてくれた。

 有り難い。

 所でなんで店番が何時かなんて分かるのだろうか? この人ストーカーなの?


 三日後である。

 朝食を食べてすぐ走って教えらえた肉屋へ向かう。

 今の帝王ではなくとも、次の帝王の側室になるかもしれない。

 そうなれば伝説の美人だ。一目みたい。

 ……すみません。俺も一応男ですし。

 日本に居た頃、必ず妖艶でやたらセックスアピールの強い女性として描かれたお人かもしれないと思うと……足の運びが速くなっても仕方ないと思うんです。

 俺が噂の美少女を見に教えられた肉屋に行くと、其処には……凄い長さの行列があった。


 ……何これ。

 列の始点を見ると、其処では一人の緑髪の美少女があざとい服を着て客に対応していた。

 清楚な感じを出しつつものっそ足が出てます。

 見られるのをとても意識した服だと言えましょう。

 これを着ているというだけで、我が非常に強いと証明されてるのではあるまいか。

 その横で少女と同じ緑髪で顔面骨格に共通点のある兄さんが、少女が仕事をし易くするべく動いている。


 これだけならばまぁ、まだ分かる。看板娘の戦術的活用法というだけだ。

 しかし漏れ聞こえて来た会話は、俺を恐怖させるに十分な代物だった。


「今日もいっぱい買ってくれたのね。有難う。あら、何時もより元気がないみたいだけど?」


「え、彼女と別れた? 私という女の他にも付き合っていた方が居たのね……残念だわ」


 とか。


「お久しぶりね。半年も来てくれなくて寂しかったわ……」


「え、あ、いや、軍の訓練で移動してたんす。でも、覚えててくれたんすか!」


「ええ、勿論じゃないの。私達を守るために頑張ってくれてうれしい。でももっと来てくれないと寂しいのよ?」


 なんと、商品を手渡す際に会話してるのだ。

 しかも買った量によって対応法や相手をする時間に違いが見受けられる。

 あ、腕撫でられてる……う、うお……体に手を回したまま手渡してる!?


 俺は覚えている。

 この悪魔のような販売法、売られてる物自体の価値をゴミクズにしてしまう手法。

 この世界では既に存在していたのだ……。あーかーべー的な商法が。

 異世界に行っても人は人であった。

 人の業の深さに俺は涙を禁じ得ない。


 すまん、酔っ払いの兄ちゃん。

 あんたはストーカーじゃなかった。


 更に暫く見ていると俺は兄が偶に変な動きをしているのに気付いた。

 貴族らしき恰好をしている人まで並んでいたのだが、そういった人には時に木の札を手渡している……かもしれない。


 好奇心は疼くが、どう考えても毒蛇が居るヤブである。

 突っつくには俺の若さが足りない。


 とにかく、この肉屋一家が凄く上昇志向であるのは分かった。

 そして何らかの準備を整えているのも。

 ……これでこの妹が帝王の妻となって、ザンザが軍権を手に入れたら……。

 俺が持つ知識の価値が高まるだけでなく、世の中は更に乱れるようになるだろう。



 ザンザについて調べた後も、引き続き俺は安全そうな酒屋等で人々の会話を盗み聞きする毎日。

 興味を引けばリディアから頂いてる給与を使って、その人たちに酒を奢りつつより詳しく聞いたりする。

 と言うかバルカ家に居る間は程度の差こそあれずっとそうする予定である。

 近頃手に入れた収穫は、ケイ帝国の北には獣人達が遊牧生活をして住んでるという情報か。

 かの大軍師リウもその獣人達の一つである草原族から出たのだと。

 リウつまり太公望が出たとなると、草原族は羌族と思っていいのだろうか?

  

 過去、獣人達はこの土地に産まれた王朝が滅びる一因になったり色々とブイブイ言わせてたが、今は元気が無いらしい。

 理由は分からない……情報が少ないのだ。

 そんな辺境極まって魔境の地に誰が行くんだよって話みたい。

 建物ねーんだぞ。天幕だけだ。人の住む所じゃないだろ。みたいな?


 尚、この獣人の皆さんすっごく馬鹿にされていた。

 力があって馬に乗るのが上手いだけで、文化の欠片も無く文字も読めず蛮人であると。

 まぁ遊牧民ってそういうもんだよね。

 人間は肌の色が違えば下等生物だと思う物なのに、耳の場所が違う上に尻尾まで生えちゃってるのだ。

 そりゃ獣並みの下等人種と思って当然だろう。

 機会があれば是非尻尾に触らせて頂きたい。と、思う俺が珍しい方なのも仕方あるまい。二千年くらい経てば馬なお嬢さんとして流行したかもしれんのに。……てかそっくりだな見た目的に。


 身体能力は結構高めらしいけど、当然ピンキリ。

 平均して人以上高耳未満だとか。

 中には高耳の強い人と互角以上に戦う獣人も居るらしいが。

 尚、寿命はケイ帝国の人と差は無い。

 獣人の強さは大事な情報なので、頑張って調べたのにこれが限界だった。

 それ位情報が少ないのだ。


 他にも今ケイを実質治めているのは帝王ではなく、十人の官僚、十官だとか。そいつらが国を腐らせてるとかそんな庶民の話を集める毎日を送っていると、少し前にこの都で大きな話題になった人物の話を聞く事が出来た。


 なんでも通行禁止されていた場所を通ろうとした貴族。しかもこの国を支配している十官の親族を法に照らし合わせて打ち殺したとの話だ。

 勿論十官はブチ切れた。

 だが法を守っただけのこいつを罰せず、遠くの領地を与えて栄転な左遷をしてランドから追いやった。

 名をイルヘルミ・ローエン。女性。現在24歳。


 ……この経歴、俺は凄く聞き覚えがある。

 当然すぐさまこいつの情報を集め出したわけだが……。


 ドイヒー。

 間違えた。

 ひどい。

 酷すぎる。


 曰く。


 ・男も女も美形であれば家に呼ぶ色魔

 ・周りにいる側近、親戚は全て彼女の愛人

 ・特にいつも一緒に居る男女の二人とは゛親しい″関係

 ・好みのタイプは人妻と誰かの旦那

 ・彼女の元で出世するには美形である事と、閨に入る覚悟が必須

 ・地元では彼女に結婚前〝後″の男女を見せる親は居なかった

 ・彼女と、彼女の率いる集団がしでかした謝罪のために多くの富を持っていた祖父が借金をした事がある

 ・彼女の前を歩いたカップルが食われる確率は15割 女性が食われる確率が10割。男性も食われる確率が5割の意

 

 ほわっつふぁっく?

 一応仕事が出来た。人が集まる人間であった。常に書物を手放さない博学の人であったなんて話も聞けたが、殆どがドぎついピンク色の話題だらけ。


 噂話なのだから事実に色が付いた上に角まで付くのは分かる。

 だがそれを踏まえても超えてる。

 何を超えてるか良く分からなくなるくらい超えてる。


 今はランドの東にある結構大きな都市で県長みたいな仕事、よーするに男爵となっていて、中々上手くやってるそうだ。

 ……うーん。

 この人聞き覚えのあるひと……つまり曹操なのだろうか?

 確か曹操も下半身に関してはそれはもう酷かったという記録があるとか無いとか聞いた覚えがある……。

 とりあえずイルヘルミという名前は覚えておくとしよう。

 もしかしたら今後起こるかもしれない全国規模の内乱で、勝者となる人物かもしれない。

 疑問表現が二個合わさって酷いが、その程度としておくべきだろうて。


 他に記憶に触ったのは、カルマ・トークという人についてである。

 北方にある獣人達と隣接する都市を支配してる新興貴族で、数年前に獣人達の顔役が面会に来ると、自分の家畜を肉にして盛大にもてなしたのだ。

 それはケイ帝国の貴族としては滅多に無い話らしく獣人達は感服し、以後関係も比較的平和になったのだと。

 平和ゆーても、獣人達が冬の食料が厳しいかなーと思うと村々を襲って食料を奪っていくのはザラらしいが。

 それでも彼女の支配する地域ではかなり安心して商人たちが移動できるようになり、その功績と影響力を持ってより広範囲の支配地域を国から与えられたという話。


 確か……董卓、三国志ではコッテコテの悪役がそんな事してなかったっけ?

 若い頃は良い人やったんやで。

 みたいな感じで小話として聞いた記憶が……あったような?

 ぬぅ……あやふやだな。


 まぁ、あやふやならば決め付けなければ良いだけではある。

 この三人が俺の知ってる歴史の通り動けば、俺の知識が凄まじい力を持つ。

 という証明になる。

 かも、しれ、ない。


 というかその場合はいよいよ逃げるべきかも。

 下手したらシリア並みの内戦だ。

 とても住んでいられないだろう。

 特に、確実に嵐の中心となるこの王都では。

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