現状認識と選択

 ラスティルさんを質問攻めにする事しばし。

 普通なら面倒になって怒るだろうに、俺の無知っぷりを呆れつつも嫌な顔を見せずに答えてくれた。


 信じ……られねぇ。


 ローマらしき国マウがあり、始皇帝ならぬ始帝王は東の海へ永遠の命を求めて船を出していた。

 馬鹿の語源となる故事も人物名以外は酷似していたし、太公望と同じような事をしていて、史上最高の賢者あるいは魔術師やもと言われている伝説の軍師リウ。

 国も夏王朝らしき物から、殷、周、と名前は違うが俺の知ってる出来事にそって王朝が変わっている。


 何だここは。

 俺は違う世界に来たのか、それとも未来ネコの道具でも使って物語の中に入り込んだのか?

 あの映画を見た時は子供だったから、心の底からあの道具が欲しいと思ったけど……。

 家族は……どうでもいいか。

 皆俺が居なくなっても何とでもする人達だ。

 ああ、まずい、混乱している。


 それより……この世界で今まで通り歴史が動くと……。

 三国志が、来るかもしれない。

 あの、血みどろの、人口が半分以下になるような戦乱が!


「ちょっと、失礼……」


 俺は店の裏手に走った。

 そして、吐いた。


 俺のような平和ボケした人間がこの国に居ては確実に……死ぬ。

 国の何処かには、戦乱が起こっても関係無い土地があるのかもしれない……。

 いや、この国の歴史が俺の知ってる通りだったからと言って、将来も知ってる通りとは限らん。

 考えすぎ、そう、被害妄想に陥っているのだ。

 けど……もしもの場合はどうする。

 この国から、逃げるか?


 無理だな。

 ラスティルさんが言っていたではないか、治安が悪いと。

 そんな中この国の常識が子供以下である俺が旅だなんて、内戦の国に行っちゃう位アホだ。

 ていうか、ここが内戦の国だ。あれ? 俺アホだったの?

 だいたい何処に逃げたらいい?

 この国から逃げたら言葉が通じるかも分からない。

 何処かに行くとすれば下調べをしてからでないと。


「ライル、どうしたのだ。本当に体調がおかしいのなら医者の所へ連れて行こうか?」


 ラスティルさん、か。


「いえ、大丈夫です。理由は分かっていますし、医者に見て貰うような問題ではありませんから」


 だって、これは恐怖によるストレス性の嘔吐だ。

 21世紀の医学でも解決出来るとは思えん。

 こんな、木と土だけで家が作ってある程度の時代に即した医術なんて逆に体を悪くしかねない。

 下手をすれば1800年前の医術だぞ。

 せん……はっぴゃくねんまえ……。

 うぐっ、考えると又吐きそう。


「お主が大丈夫と言うのなら良いが……ほら、水だ。せめて口をすすげ」


「有難う、ございます……。……はぁ……。何とか、落ち着きました。食堂に戻ります」


「まだ酷い顔色だぞお主。まぁ、食事をすれば少しは良くなるかもしれん。ゆっくり食べるのだぞ?」


「はい」


 食堂に戻ると、丁度食事が来たところだった。

 すっごく素朴な味がする。

 化学調味料なんてある訳無いしね。

 不味い、と言えば不味いか。

 格安ファミレスよりは好みだが。

 胃の調子が悪いのだから、ゆっくりと噛んで食べよう。

 悪いのは精神だろって? 本当だが人聞きが悪いので止めて頂きたい。


「顔色は戻って来たか。病気ではないのだな?」


「はい。心配してくれて有難うございます。本当何から何まで感謝してます」


「それは良いのだ。大した事はしておらぬ。しかし、お主これからどうする? 拙者が商団を護衛するのはこの町までで、これから北の領主ジョイ・サポナ殿がどのような人物か確かめに行くのだ。付いて来いと言ってやりたいが、危険な旅でな。戦いの心得が無い者を守り切れると断言は出来ぬ。

 拙者としては、商団で働くのを勧める。危険も少なかろうし、都まで行けば故郷を知る者も探しやすい。それにお主の得意な仕事があるかもしれん」


 それなら、商団についていくしか選択肢が無い。

 素手での殴り合いしか経験が無いようじゃ、酷く足手まといになってしまうだろうし。

 しかし、今俺は残念に思ってしまった。

 これだけ世話になりながら、もっと世話になりたいと……。

 信じられないくらい心が弱ってるようだ。


 はぁ……落ち着き、冷静になれ。


「まさか個人の旅に、私のような見知らぬ男を同行させても良いと仰って下さるとは思いもよりませんでした。申し出はとても有り難いのですけど、商団へ付いて行きます。あちらでしたら少しは出来る仕事もありそうですから」


「お主はそれだけ弱って見えるのだよ。ああ、拙者がお主に惚れておると勘違いしてはならぬぞ? この身が欲しければ、せめてきちんと仕事を持ち果たせるようになってからだな」


「え゛、私、ラスティルさんに下心を持ってるように感じました? す、すみません。自覚してませんでした」


 親切にしてくれた女性は自分に気がある。と、思うような歳ではなくなったつもりだったのだけど。


「いや……冗談だぞ? むしろそのような気合があればまだ安心できる」


 ……。


「あの、ラスティルさんのように容姿に恵まれた方が言うと洒落になりません。どうしても美人とは親しくなりたいと思ってしまう物です。……気付かない内に有り勝ちな欲望に流されてしまっていたかと思いました」


「成る程、それも道理。すまんな、罪な女となってしまっていたようだ」


「……本当に良い女性ですねラステイルさんは」


 ここで謝れるとか半端じゃねーぞ。

 下心さえ持てない程に尊敬してしまいそう。


「実はよく言われる。まぁ、武の頂きを目指す者といえども、花も在る方が良かろう?」


 ……そーいう話だろうか?

 まぁ、お陰で落ち着けたけどさ。


「確かに、お陰様で助かりました。……ラスティルさん、この町でお別れですよね? 何時になるのでしょうか」


「明日だ。商団も明日この町を立つ。お主の必要な物は団長が揃えてくれている。今日はゆっくりと休むが良かろう」


 それもラスティルさんが言ってくれたのだろうか?

 何処までも頭が上がらないわ。


「そうします。有難うございますラスティルさん」


「何、これも縁だ」


 ラスティルさんの顔には欠片も恩着せがましい物が浮かんでなかった。

 余りに眩しい……。

 若さ故とは思う。けど、若さだとしても俺は人生で最大の恩を受けた、か。

 さて、返せるのか。返すまで生きられるのか……。

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