ラスティルと、気づき

 商団の馬車に乗せて貰い、尻の痛さに我慢する事二時間。町が見えた。


 集団のあちこちから、楽しげな声が聞こえてくる。

 早く体が拭きたい、まともな飯を食べたい、酒が飲みたい、そんな会話だ。

 一方、俺は真っ青になっている。


 町は木の柵で囲まれていて、電柱も、アスファルトも、文明として慣れ親しんだ物が何も無かった。

 家なんて土と木で作ってある。

 藁ぶきの屋根しか……いや、遠くに一軒だけ瓦らしき物の屋根があるな。


 そういう気はしていたが、やはり目で見ると衝撃が違う。

 百聞は一見に如かず。

 昔の偉い人はやっぱり偉い……。


 吐き気がする。

 気温は涼しい位だ。

 なのに、体中から汗が出ている。


 ショックで脂汗を流すなんて、情けねぇ……。

 とにかく、深呼吸だ。

 落ち着け。

 本当に不味い時こそ動揺しちゃいけない。

 三十年は生きて来たんだ、冷静さを失えばミスをするって分かってるだろ俺。

 なんて考えるだけで平静が保てれば苦労しねーよ。

 これで落ち着ければ、そいつは精神的にはオリンピック選手を超えている。

 そして俺はオリンピック選手じゃねぇ。


「お主、大丈夫か? 今にも吐きそうな顔色をしておるが」


 ああ、高耳さんか。


「それが、少し体調が悪いようでして。心配させてしまいすみません」


「何を謝っているのだ。体調が悪いならそう言え。どうも困った状態になっておるようだが、安心しろ。拙者は義に厚く生きておる。そうそう見捨てたりはせぬ」


 ギ?

 って何?

 だが、確かにこの人しか頼れる人が居ない。

 この商団、全体的に雰囲気が良い。

 なんとか、この集団に入れて貰いたいがその為にはこの人に骨折って貰わなければならない。

 しかも、タダでだ。


 クソったれ、俺はご飯を奢って貰うのだって、年収が遥かに上の人間以外からは嫌だったってのに。

 ああ、そんなポリシーなんて笑える物を考えてる場合じゃない。


「ふむ……。ほれ、ちと来い」


「はい? って、え」


 高耳さんが、抱きしめてくれた。

 既に防具を取っていたので、エルフな見た目らしからぬ大きな胸が顔に当たる。

 ……えっと、向こうからしてくれたんだよね?

 俺、悪くない。


 美人に抱きしめられるなんて、不安になるべき状況だが、俺には今他に頼れる物が無い。

 つい、背中に手を回して抱きしめてしまう。

 ああ、でも彼女の心音を聞いてる内に落ち着いてきた。

 なんと調子のいい。

 

「うむ。少しは顔色が良くなったな。町に着いたらすぐ食堂に行って粥でも食べよう。拙者は諸国を旅しておる。お主の郷里を知っているかもしれんぞ」


 神以外に俺の郷里を知ってる人間は居そうもないが、この人の自信に満ちた声を聞くと心が落ち着くのを感じる。

 未だに信じきれはしないが、この商団といい騙してどうこうという雰囲気では無い。

 美人局じゃないかと疑った方が良いのは分かってるが、頼るしか、無い。

 ……本当に親切な人だとしたら、凄まじい幸運を得ているな。

 そうであるよう神に祈るべきか。


「何とか、落ち着きました。抱きしめて下さって……すみません」


「何、拙者は良い女であろう? せっかくの天が与えた美点なのだ。活用せぬとな」


 素晴らしく良い笑顔。

 後十年若ければ、何とか付き合って貰えないかと考えてそう。

 美人で、良い人で、冗談も言えるか。

 大したもんだ。


「確かに。貴方のような良い女性には初めてお会いしました」



 町に着いて最初にしたのは荷下ろし。

 これから雇って貰うかもしれないので、真面目に手伝う。

 周りは俺の体調を心配してくれたが、精神はともかく体の調子はすこぶる良い。

 というか、明らかに身体能力が上がってるように思える。

 大した差ではないけど、サッカーの為に鍛えた足腰はともかくとして重い物を持つのは苦手だったのだが……。


 一生懸命手伝っていたお陰か、団長さんが俺に銅で出来たお金をくれた。

 十円玉とは比べるべくもないすっげぇ雑な作りのお金である。

 お金をしげしげとみていると、高耳さんが話しかけて来た。


「お主、体調が悪いのによく働いておったな。感心ではあるが、無理をしていないか? 今から食堂で話を聞こうと思っていたのだが、明日にした方が良いのなら明日でも良いぞ?」


 明日だなんてとんでもない。

 少しでも情報を仕入れないと不安でたまらないのだ。


「お気遣いはありがたいのですが、大丈夫です。食堂に行って相談に乗って頂けないでしょうか」


「そうか、ではこっちだ」


 食堂に付いた俺は、メニューを見て衝撃を受けた。

 日本語じゃない。

 なのに……読める。

 どういう理屈だ?

 考えても分かる訳は無いのだが……。

 とにかく、野菜が多くて腹に溜まりそうな物を頼んだ。


「遅れたが名乗るとしよう。拙者はラスティル。武を高める為に強い者を、そして仕えるに値する主君を求めて旅をしている武芸者だ」


「私はライルと申します。えーと、迷子です。私の家は、何処にあるか分かりません」


 この名前は商団の人々がしていた会話でよく出た名前だ。

 ありふれた名前に思えたので、ピックしてみました。

 元の名前は置いてきた。

 ハッキリ言って異世界には付いていけない……。


「しかしそなたは高耳だ。高耳はこのケイ帝国でしかまず産まれぬ。自分の村を管理していた領主の名前位分からぬのか?」


 ケイ帝国とか聞いた覚えがないよ。

 というか、エルフもどきが産まれる国って……。

 商団の人々は大体髪の色が驚きのピンクだったりする以外は普通の人類しか居ないように見えたけど、俺が特別な扱いを受けたりはしなかった。

 俺の耳は実際尖ってるし、高耳とやらになったのは間違いない。

 つまり、高耳とやらがそんなに珍しくはないと推測している。


 どう考えてもここ地球じゃねーぞ……。


「すみません。分かりません……。というか、ケイ帝国っていう名前も知りませんでした」


「なんだと? 本当にどんな田舎からやってきたのだ。まさか、高祖アーク様を知らぬとは言うまいな?」


 高祖て。

 劉邦じゃあるまいし。


「す、すみません。記憶に無いお名前です。何をされた方なのでしょうか」


 俺が聞くと、ラスティルさんはやたら真剣な顔になってしまった。

 正直怖い。

 どうもミスったらしい。


「ライルよ、教えてはやるが約束するのだ。決して人前で高祖を知らぬなどと言わないと。拙者も教えた後はお主が知らなかったのを忘れよう。良いな?」


 北の国で、総書記の名前を知らないと言った時みたいな真剣さで言われた。

 いや、北の国に行った経験はありませんが。

 そんなに変な質問をしたのか……。


「はい。分かりました。決して言いません。忠告有難うございます」


「うむ。素直で良い。では、教えて進ぜよう。高祖アーク・ケイ様は、史上最強の武人と言われているリキと争って勝ち、このケイ帝国400年の基礎を築かれた方だ。

 世の中にはその前の戦国時代を一度は纏め、貨幣や長さ、重さの数え方などを統一させたレンの始帝王の方が偉大であると言う人間も居るが、殆ど一代で滅んだ始帝王と違って400年続く国を作られたのだ。何にしろ一二を争う程に偉大なお方なのは間違いない」


 ……ん?

 400年の基礎を築いた?

 つーか、その前の戦国を纏め、貨幣、長さ、重さ……つまり、度量衡だよな?

 そして、一代で滅んだ始帝王?


「その始帝王も高耳、なのでしょうか」


「ライルよ……当たり前であろうが。戦国を治めたのだぞ? 人でも当然戦えるが、高耳でなければ雑兵を超えるのは厳しかろう。大業を成し遂げる人間は大よそ高耳だ。まぁ、国の基礎は人だという話もあるが」


 高耳なのに、始帝王。

 そして、その後に最強と言われた人間と戦って勝ち、400年続く国を築いた高祖。

 ……400年続く? つまり、今その国が作られてから400年が経っている?


「ラスティルさんは、この国を旅しておられるのですよね? 国全体的にどんな状況なのでしょうか」


「一言で言えば、酷い。やはり帝王を支える官僚が悪いと思うのだが、地方の治安が乱れに乱れている。領主さえしっかりとしていれば民が飢える事は在り得ないのに、こう治安が乱れていては作物も作れず多くの民が飢えておる。その上賄賂の為に税を増やす領主も居るし……」


 ……国、崩壊真っ只中じゃん。

 そしてこの歴史の流れ、俺はとても知ってる気がする。

 具体的に言うと、現在この国の状態は大体1800年前の中国。

 後漢の時代、そして、そこから魏、呉、蜀の三国に分かれる時代。

 その狭間の状態とそっくりだ。


 え……本当に?

 いやいやいや、流石に早計……知る限りの知識で確かめてみないと。

 ……質問攻めにされたラスティルさんが怒りませんように。

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