真田総一郎の一日目

 少し離れた別の丘、馬に乗って戦いの様子を見てるのが三人居る。

 多分、中心の女が頭。あの二人が『姉御』と言ってたし、一人だけ得物が立派でナギナタのような物を持っている。


 ……。頭を倒せ、―――違うな。殺せば村を助けられるかもしれない。

 だけど三人、しかもそれぞれの腕は分からない。さっきの二人程度なら不意を打てればまず大丈夫だけど、あの二人は姉御と呼ぶ人を恐れてた……。

 ……考えようによっては、より攻めてる側に付きやすくなったな。頭らしき人物に直接お願いし易くなったんだから。

 ……結局はどう動いても博打か。攻めてる側に入れても斥候らしき人物を殺したとバレれば怒りを買うだろうし、それでなくとも目の前の戦いの最前線で戦えと言われそうだ。


 ―――なら成功した時後悔しない道を選ぼう。村人ではなくこの三人を……殺す道を。

 戦うと決めた以上、勝つには背後から不意打ちしたい所だ。それには大きく回ってあそこへ行かないと。

 状況が変わらないうちに始められるよう急ごう。


 目で見た感じよりも遠かった。どうやら俺は視力まで上がってるらしい。が、今は何より呼吸を整えなければ。

 三人の様子は……よし。戦いの様子を見るのに集中しててこちらに気づいてない。防具は皮鎧。なら狙うは首。

 草の間で体を伏せたままどのように動くかもう一度イメージし、深呼吸。

 短剣を右手に一本、左手にもう一本準備して体を起こすと同時に、二人の男が乗ってる馬の腹へ投げる!


「うわっ!?」「ぬぉっ! うぐっ!?」「な、なんだい!?」


 よし。計算通り短剣の刺さった馬は暴れて、二人が落馬した。

 全力で走りながら剣を抜き、周りの馬に釣られて暴れる馬を押さえてる女には構わず、落馬した二人を立ち上がる前に斬り伏せる。

 すぐさま短剣を構え、全力で女の馬に投げる。


「ちぃっ!」


 残念、落馬する前に自分から飛び降りた。だがこれで一対一。ただし時間は掛けられない。異常に気付いたあっちの仲間が此処へ来る前に決着を付けなければ。


「……小僧、あんた何者だい。その若さにしちゃぁやたら動きが良いじゃないか」


 女が、ナギナタをずっと無骨にしたような物を構えた。女なのに信じられない力だ。顔や見えてる肌のあちこちに刃物傷もあるし、伊達で持ってる訳じゃ無いな。


「……褒めてくれて有難う。ちょっと剣が得意なだけの迷子だよ。実は食べ物にも困っててね。あんた攻めてる側の頭だろう? あんたを倒してあそこの村に恩を売りたいんだ。……所で、助けを呼ばなくていいの?」


「はっ! どうせ直ぐに気づくさ。なのに情けなく呼んだらあたいの沽券に関わるね。それより小僧、さっき二人を殺した手並み良かったよ。良い男だし今なら許してやってもいい。可愛がってやるからこっちに付きな。その方がお互いの為だろ?」


「お姉さんは綺麗だし凄く嬉しい申し出なんだけど……どうして村を襲ってるか聞いても良い?」


「山賊が村を襲わなかったら飢え死にしかないさね。領主に追われつつ畑でも耕せってのかい」


 隙が無い。こっちからは攻め込みたくないな。せめて一撃先に振らせて腕を見てからにしたい。


「……お尋ね者になるのは嫌だな。それに此処では情けない話なんだろうけど、俺は『自分が正しい行いをしている』と思いこまきゃ、人を斬れそうもないんだ」


「そいつは甘ったれた物言いだね。仕方ないからあたいが力で世の中を教えてやろう。死ぬんじゃないよ。可愛がってやりたいんだからさぁ!」


 言葉と同時に腰から何かを取り出しこちらへ、近くの地面へ投げつけて来た。

 よく分からないが横に飛んで距離を、うっ、目が痛い。目つぶしか!


 とにかく全力で後ろに下がる。霞む視界の中、満身の力を込めたであろう大きな得物が横殴りに迫るのが見える。

 少しでも時間を稼ぐため楯替わりにした剣で何とか受け流しつつ地面を転げて避け、すぐさま距離を取って立ち上がる。


 剣にヒビが入ったか。捨てて予備に持っていた剣を背中から抜く。

 危なかった……手に痺れが残ってるけど何とかしのいだぞ。

 それに今ので分かった。凄まじい力と速さだけど、この人も誰かに師事して系統だった技を教えられてはいない。


「……ねぇお姉さん、ここらで引いてくれるってのは駄目かな」


「はぁ? 確かに今のを避けられたのには驚いたけど、もしかしてもう勝ったつもり?」


「まさか。命のやり取りなんてしたくないんだ。……それと多分、一度降伏をお願いして、お姉さんを殺さざるえなかったという言い訳を作って、少しでも心から迷いを取り除きたいのだと思う」


「……坊や、もしかして人を殺すのは今日がはじめてかい」


「……ああ。多分お姉さんの出した斥候二人と、今の二人で四人。これが今まで俺が殺した人間の全員だ。……出来れば女性は殺したくないな」


「坊や何処から来たのさ。女性を殺したくないなんて初めて聞いたさね」


「地球の日本、って言っても知らないか」


「聞いた記憶が全く無いね。……最後に名前を聞いておこう。あたいの名はアマンダ。偃月刀のアマンダ」


「俺は真田総一郎だ」


「サナダ・ソウイチロウ? 聞いた事も無い響き……ソウイチロウ家なんてこのケイにはまず無いだろうけど家名があるなら異国の貴族?」


「いいや、庶民だよ。そうか、後に来るのが家名なんだね。俺の家名は真田、名が総一郎だ。……ケイって名前も初めて聞いた。有難うお姉さん教えてくれて。―――やっぱり此処で止める気は無い?」


「無いね。山賊の頭が配下四人を殺されて何もせず逃げたら全部終わっちまう」


「そうか……本当に残念だよ」


 剣を握る手に力を込める。上体を前に傾け、制御出来る最速の速さで突進する。

 偃月刀を振りかぶるのが見えた。あの体勢なら振り下ろしのみ!

 今までで一番速い。だけど俺の踏み込みは騙し。体重は後ろに残してある。突進してた筈の俺の上体が後ろに下がるのを見て、勝ちを確信していた顔が固まるのが見えた。


 肩口にほんの少し熱い感触。だが、避け切った。そして踏み込んだ力も消してはいない。振り落とされた偃月刀を左手に避けつつこのまま突っ込んでっ!?


 地面を抉ると思っていた偃月刀が途中で止まった。そして跳ね上がってこちらへ横なぎにされようとしてる。

 止まれない! なら、潜り抜ける。咄嗟に左手で抜いた短剣で少しでも上に受け流しながら、地を這うように体を沈める。偃月刀が髪を斬り飛ばす感触。だが胴を抜ける。


「ちぃいいいいいいいええぇりゃああああぁっ!」


 剣から、木に打ち込んだような感触がした。

 奇妙な音が聞こえる。―――あ、俺の呼吸音だ。

 ……危なかった。もしも短剣を抜くのに手間取っていたら。避けた偃月刀が空いてる手の方に落ちてなかったら……。


 剣が途中で折れてる。粗悪な鉄剣であんな衝撃を受ければ当然か。

 アマンダは……居た。口から血を吐いてうめいている。不思議な事に腹から血は流れてない。幾ら皮鎧の上からでも剣が切れずに折れるなんてどんな丈夫さだよ。

 だけどあの吐血、内臓を傷つけたか。……長くは無さそうだ。


 村の様子は……あの目立っていた人たちを中心に中から村人が飛び出し、山賊を追い払ってるな。

 山賊側は混乱してるように見える。こっちへ来そうな様子も無い。どうやら此処に危険は無さそうだ。なら……。

 アマンダに近寄り、呼吸が少しでも楽になるよう体を持ち上げ、彼女の肩を俺の膝において気道を確保する。幾らかは楽になるはず。せめて、これ位は……。


「……。なぁ、あたいは負けたの?」


「―――ああ。紙一重だったよ。運が良かった」


「ん―――なんだ坊や、泣いてるのか。……変な奴だね。山賊の首領を討ち取ったんだよ。もっと誇らしげにしたらどうなのさ」


「別に誇るためにこんな事したんじゃ無い。右も左も分からなくて、生きて行く為にどうしたらいいか分からなくて……」


「殺した相手に言い訳されてもねぇ……。しかしあんた普通斬り合った相手を膝の上にのせるかね?」


「せめて楽に出来ればと思ったんだけど……不快だったかな?」


「有り難いよ。でも危ないだろ? こんな風に!」


 アマンダの手が跳ね上がった。しかも短剣が握られてる。動けない!

 …………。短剣が頬に当たった所で止まった。鉄の冷たさを感じるだけ?


「……本当に変な坊や。これからは決して油断しちゃいけないよ。死にかけてようがこれくらいは出来るんだからね」


 そうか、教えてくれてるのか。爺さんにも残心が大事だと散々言われたな……。


「分かった。有難う。生涯忘れない……ごめんアマンダさん」


「ゴホッ。死ぬなら役人に捕まって縛り首だと思ってたあたいの為に泣いてくれたお礼さ。……なぁ、さっきあたいの事を綺麗だと言ってたよね? あれは騙そうとして?」


「本心だよ」


「……じゃあ、出会い方が違ったら、あたいのいい人になってくれた?」


「喜んで。故郷では俺が泥臭い古流剣術に熱心だからって嫌がる人が多かったけど、アマンダさんならそんな事無いだろう? 俺からお願いするよ」


「なんだそりゃ。強いに越した事は無いだろうにあんたの故郷の女は馬鹿ばっかりなんだね」


「……そういう国じゃなかったからね」


「……はぁ。残念だよ。肝心な所で運が無いねあたいは。―――実はさっきからずっと死ぬほど痛いのを我慢してるんだ。この短剣で楽にしておくれ」


「……ああ、分かった」


 アマンダさんの頭を持ち上げ、胸に抱く。短剣が目に入らないように。


「……有難とう。ソウイチロウ、死ぬんじゃないよ」


「うん。頑張るよ」


 ………………。なんで、俺はこんな事をしてるんだっけ。

 ああ、村を助ける為だったな。……様子を確かめないと。その為にはまず顔を上げて……ん、 馬に乗った三人がゆっくりこっちへ向かってきている。

 多分中心となって門を守ってた三人だ。


 三人は近くまで来ると馬を降りた。少なくとも敵対する意思は感じない。……助かったんだろうか。

 それにしても派手な人たちだ。美人だし髪の色がプラチナブロンド、明るい紫、オレンジ。あ、耳なんて長く尖ってる。アマンダさんもか……。気づかなかったな。


「恩人様、村を救って頂き感謝申し上げます。貴方様がそのアマンダを倒したのを見て賊が動揺し、何とか追い返す事が出来ました。わたしはユリア・ケイ。幾つかの村で作った自警団の長です」


「そう。村は大丈夫だったんだ……それは良かった」


 ……何と言ったら良いのだろうか。頭が回らなくて言葉が見つからない。


「―――ロクサーネと申します恩人様。一つお尋ねしたいのですが、泣いておられるのはその者の為ですよね? 何故? その者は何処かの領主兵として働いていた過去があるとかで、大変手ごわく悪名高い山賊だった者ですのに」


「……そうなんだろうね。でも、俺にはそんな悪い人に見えなかった。この人には、この人なりの事情があって、そうしたんだと思えて……」


「それは……そうかもしれません。世は乱れ、領主同士の領地争いが発生して土地から逃げる者も多く、山賊に身を落とさざるを得ない者も居るとは聞きます……。……同情して泣いておられるのですか?」


「……正直な所分からない。俺は単に人を殺したのが辛くて泣いてるのかもしれない。だとすると、アマンダさんを騙してしまったかな……彼女は自分の為に俺が泣いてると思ってたのに」


「……例えそうであってもいいのではないでしょうか。その者の表情は討ち取られた者とは思えないくらい穏やかです。きっと最後に大きく慰められたのです」


「……そうだといいな」


 幾つも教えてもらった。その恩を少しでも返せただろうか。


「……何と言う仁徳の人だろうか……あのアマンダに勝つほどの強さを持ちながらこのような……」


「うん……凄いね。それに見た事もない綺麗な顔……」


「お、おーい。どうしたんだロクサーネ姉貴にユリア姉貴。顔が赤いぜ?」


「い、いや、なんでもない!」


「う、うん。なんでもないから! えっと、恩人様、出来ましたらお名前を教えて頂けませんか? そして是非村で歓待させてください」


「ああ……有難う。実は水が欲しくて……助かるよ。俺の名は……こっち風に言うと総一郎真田。日本から来た迷子だ」


 三人が良く分からないという顔をしている。……やっぱり日本を聞いた事も無さそうだ。

 俺は何処に来たのだろう。……どうやって生きて行こう。

 そして、何が出来るんだろうか……。

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