戦乱の帝国と、我が謀略 ~貴族の悩みと根回し合戦~

温泉文太

前章

主人公が存在する二十四時間前

前書き


これから登場するのは主人公ではありません。

―――――――――――――――――




「おいあそこに行き倒れっぽいのが見えねぇか。どうする?」


 ん……男の声と馬のいななき? 幾ら田舎だからって馬を飼ってる人なんて居なかったよな? 男も知らない声だ。あれ? なんで顔に草が当たってるのだろう。昨夜は家で寝て、それから……。

 ……眠い。


「とりあえず足でも刺して生きてるか確かめちゃどうだ」


 刺す? 誰の足を?

 ! 足音がこっちに近づいて来る。何かやばい、起きないと!


「あ? なんだ寝たふり―――こいつ女……いや、男か。……すげぇな」


 え……。なんだこの二人。古代を題材にした映画でしか見ないような恰好で、後ろには二頭の馬。鞍と鐙が無い? こんなのに乗ってるのか?

 不味い事に背中に剣を背負っている。握りを見るだけで分かるくらい刀とは比べるべくもない粗雑な剣だけど……。

 凄く粗暴な感じがする。はっきり言って山賊にしか見えない。それに、さっき俺の足を刺そうとしてたよな?

 心臓が、痛い。意味が分からない。爺さん、俺はどうしたらいいんだ。


「おい、すげぇぞこいつ。なぁどうする。姉御の所に持っていくか? きっと喜ぶぜ」


「馬鹿かおめー。こんな奴持って行って姉御が夢中になったらどうする。第一面倒だ殺そうぜ。小僧とはいえ高耳。油断すんじゃねぇぞ」


 あ……れ。こいつらが喋ってるのは何語だ? 聞いた事が無い。なのに意味は分かる……。


「はっ! よく見ろこいつを。怯えて震えてやがる。油断しようと関係あるもんか。まぁ勿体ねぇ気もするが、一度高耳を殺してみたかったしいいか」


 殺す、ってのは俺だよな。殺される? こんな意味の分からない状態で? って、剣を抜いて振りかぶって……きた!


「うわっ、情けねぇやつ。避けられてやんの」


「黙れよクソが。……小僧楽に死なせてやろうとしたのに恥かかせやがって……」


 楽も何も殺されるなんて嫌に決まってんだろ。そうだ。こんな時爺さんだったら何ていうだろうか?

 ……爺さんは剣術を習う以上、自分が人を斬らなければならなくなった時、どうするかを考えておけと言っていた。

 殺意を向けられてるこの状況なら、覚悟を決めろと言うはずだ。―――本当に? 分からない。

 ただこいつらは俺の命をどうだって良いと思ってる。

 逃げられるなら逃げたい。でもあっちには馬が居る……。


「おい、あんたら何なんだ。俺は何もしてないはずだぞ。だってのに何で俺は殺されないといけないんだ」


「……声まで美形とはムカ付くやつだな。うるさいよ小僧。お前は俺様に恥をかかせた。だからここで死ぬんだよ」


「おい、喋ってねぇでさっさとヤルぞ。あんまり油売ってるとそろそろ村を攻めてる姉御から、どんな目に合わされるか分かったもんじゃねぇ。偵察行ってこいと言われたの忘れてんのか」


「うるっせぇよ! 分かってんよ! じゃあそう言う事だ。さっさと死ねや」


「……はっ、はぁぁぁ……。分かった。あんたらに殺されるつもりはない」


 意味が分からない、夢にしか思えない。でも肌に当たってる風が現実だと教えてくれる。

 である以上、一番マシに思える対応をしよう。爺さん、俺に力を与えてくれ。言え。口にしろ。覚悟を決めるんだ。


「俺は真田流古流剣術師範代、真田総一郎。―――。あんたらを、殺す」


「おいおい。名乗りだってよ。どこの貴族のぼっちゃんだ。なぁやっぱり殺すのやめにしねぇ? 高く売れるぜこいつ」


「阿呆。こんな場所でお付きも無しに素手の馬鹿が貴族な訳あるか。ソウイチロウ家なんて家名聞いた覚えがねぇし自称だろ。だが高耳は油断したらやばい。中には姉御みたいな奴も居るからな。欲張ってないで確実に殺すぞ」


「ちっ……しゃーねぇな。素手相手に其処まで気を入れなくても良いと思うんだけどよぉ」


 呼吸を整えろ。まず武器を奪う事。二人のうちこっちを明らかに舐めてる方の陰に、もう一人が来るよう立ち位置を変えて一対一の状況を作れ。

 手前の男がこちらへ突進しつつ片手で剣を振り上げた。

 やっぱりこいつ素人だ。振り上げただけで剣の軌道が分かる。こいつが俺は此処から一歩も動かないと決めつけてるのも。

 相手の最後の踏み込みと同時に、こちらも一歩前へ。それだけで俺の肩に当たるとしても剣ではなく持ち手に。

 その持ち手を左手で受け止め、同時に右手の掌で肘をくじく!?


「ぎぃいいいやぁぁあああ!!!?!」


 折れた!? あ、そのお陰で膝をついてる。顎に足が届く。


「おおおおおああああぁぁぁあっ!!」


 足に予想よりずっと強く奇妙な感触。戸惑う程に。が、今は剣を。

 手前の男が完全に倒れるより先、こいつの体で俺が隠れるよう伏せながら剣を拾い上げっ! 何か飛んでき、

 剣に軽い手ごたえ。半分勘で急所を守ったけど何とか防げた……。


「ちぃいいっ! 今のを避けやがるとは……っ!」


 あいつナイフ投げか! 距離を詰めないと。全力で走る。男がナイフを構えて投げ……頭に来たっ。

 剣で弾きつつ振り上げる。相手も剣を構えようとするが、遅い。


「つっぅぅあああっ!」


「ぎょごっぉ……」


 剣が、横隔膜まで……死んだ。……殺した。―――あっ。まだだ。もう一人の奴は……。

 頭が、背中に付いてる。止めを……刺さないと。

 ――――――うぐっ。


「おぼっおえええぇぇぇっ」


 呼吸が定まらず、胃液しか出ないのに吐き気が止まらない。落ち着け、他にどうしようもなかっただろ。息をゆっくり吐いて、大きく吸うんだ。

 はっ、ははっ俺もやるじゃないか。怯えてたのに動けた……ビビってる時は叫べと教えてくれた爺さんのお陰ではあるが立派なもんだ。やっぱり鍛錬は裏切らないな。体が勝手に動いた感じがする。

 ―――だから、落ち着けよ俺の呼吸……。


*******

 数十分は経っただろうか、やっと落ち着いてきた。―――結局此処は何処なんだ。

 一面の草原、人工物は全く見えない。電柱の一本さえ。

 昨日俺は家で寝たはずなのに……。夢にしか思えないような出来事だけど夢じゃない。夢であんな人を斬る感触味わってたまるか。


 今必要なのは……衣食住、そして情報か。人のいる所に行かないと。

 しかし……俺の体はどうなったんだ? 寝巻だったはずの服がこいつらより少し質が良い程度の物になってるし。……今は置いておこう問題になる事じゃない。

 困るのはさっきの戦いで感じた自分の筋力への違和感。昨日までよりかなり力が強くなっている。

 完全に決まっても脱臼だと思った肘への掌で骨折したし、顎への蹴りで成人男性の首の骨を完全に折るなんて俺には無理なはずだった。

 それに昔刀で鹿を斬らされた時はあれほど深く斬れなかった。なのにこんな質の悪い剣で……。


 今頼れるのは自分だけ。筋力がより強いと喜んでいいかもしれない。でも、体に覚えさせた技とのズレがあるのはまずい。

 違和感を修正出来るまで荒事はもうしたくない……でもこいつらは今村を囲んでる所だと言ってた。

 水と食料を手に入れようとしたら其処が一番近いのだろうな。

 二人の体を探ろう。死体から奪うのは気が進まないなんて言ってられない。同時に二人の剣を改めて確かめる。


 これは片手で使う為の物か。まぁ二刀流も幾らか教えられたし一応使えるはず。

 二人の剣を背中に背負い、投げる為に作られてるっぽい短剣も二人合わせて六本取る。食料は……持ってないか。この竹筒は水筒だろうけど空。……ちょっと変な匂いがする。流石に持っていくのはよそう。病気とかうつったら嫌だ。

 丸っ切り強盗殺人だな俺。許してくれよ。もしも何処かの村に落ち着けたら弔うからさ。

 馬は……置いていこう。かえって邪魔になる。

 それで村はどっちだ。……とりあえず二人が気にしてた方向を確かめて、その後ここを中心として円を描くように歩いて探すか。



 三十分ほど歩いたかな? あ、前方にある高い丘の向こうから煙が……ここからは慎重に。

 丘の頂上に登る。―――村だ。……やっぱり此処は二十一世紀の日本じゃないんだな。

 木と土壁で作られた家の周りを、木で作られた人の身長より高い柵が囲い見張り台まである村なんて日本には無い。

 どの国でもまず無いと思う。しかもその周りを剣と弓で武装した多分二百人くらいの人間が囲んで攻めてる状況なんて……。


 村の入り口は三つ。その内小さい二つの門に女と男が一人で立ち、後ろに居る幾人かの村人が手助けして守って来たようだ。その二人の前にはそれぞれ五人くらいの死体があり、焼けた見張り台だったらしき物も見える。

 もう一つの大きい入り口には五十人ほどが槍や弓らしき物を構え、中心に立つ長い紫色の髪の女性が指揮を執ってる。


 押されてるのは村側。小さい門を守っている男女は相当強いみたいだけど、相手もそれが分かってるらしく遠くから弓を射ったり石を投げるだけ。それに網を構えてる奴も居る。あれじゃあどんなに強かろうが前に出られない。

 大きな門の方も大体一緒だ。こっちは囲んでる方がもう少し積極的に長物で攻勢に出てる。

 急ごしらえらしき柵の向こう側から何とか対処してるけど多勢に無勢だな。


 どうしたもんかな……。この村と囲んでる奴らの争ってる事情が分からないのに関わるのは正直遠慮したい。

 俺の殺した二人は言動から言って攻めてる側の人間だとは思うけど、それだって絶対じゃない。

 攻めてる側は悪党に見える。だけど実はここの領主か何かの軍で、村を助けたらお尋ね者になってしまった。なんて可能性もあるだろう。

 だけど―――今俺は喉が渇いてる。此処で水と食料を得なければ野垂れ死にだ。

 どちらの側に付くべきかと言えば、襲ってる方だろうな。善行をしたいとは思うけど、俺が村側に付いたって死体が一人増えるだけ……あ。

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