18:続・強襲

「リヴェンさんどこへ向かっているんですか?門はあちらですよ!?」


 門とは反対側へと馬を走らせていることに気づいたイリヤは上を向いて俺に言った。


「目指すは魔遺物博物館だ。行きたいって言っていただろう?」


「閉館してますよ!もしかして侵入するんですか!犯罪は駄目だって言ったじゃないですか!」


「安心しろ、もっと豪快な方法だよ。突撃だ」


「何も安心できません!」


 法には逆らいたくない気持ちは重々承知している。


 イリヤが法を犯せば、ガラルド達にも迷惑がかかるからな。


 イリヤは優しいから自分の身よりもガラルド達の身を案じているだろう。しかして現状打てる手はこれぐらいしかないのだ。


「既に王国の軍や騎士団に追われている時点で犯罪者だよ。俺は自分の身体を研究機関に渡すつもりはない。捕まれば知っていようが知らないと言いはろうがイリヤも色々と拷問されるだろう。だって俺みたいなのは世界に滅多にないんだろう?そんな俺と行動を共にしている時点でイリヤも重要参考人物だよ。俺とイリヤは一蓮托生なんだよ、起動した責任ってやつだ」


 イリヤは返す言葉なく俯いてしまった。


 イリヤに非を強く置いた事実を言ったまでだが、俺にだって間違いはある。


 本当はイリヤを王都に連れてくるのはやめたかった。イリヤをガラルド達の集落へ置いておき、ヨーグジャ部族と廃品回収隠者達の間で事を片付けられるはずだと思う。


 ヨーグジャ部族の力はイリヤの話を聞く限り大きい。しかし王国や他国の人間が介入してくるとなれば、ガラルド達を大きく巻き込んでしまう。


 俺とイリヤが一緒にいれば結局はガラルドらが紐づけられて関連性が明らかになる。約束した手前イリヤを守るとなれば、手元にいてくれないといけなかった。


 約束なんて反故にしてしまえばいいのに、あいつの面影が重なってしまうのだ。


「約束を果たす為にもイリヤも協力してくれ。でなければ、悪い未来しか訪れない」


「私は・・・」


 イリヤが俯きながら呟いていると馬が嘶きを上げてから首を下げた。


 キラリと街灯に反射する糸が眼前へと迫って手綱を離して両手でガードする。


 俺だけが落馬し、イリヤを乗せた馬は止まることを知らずに走り去っていく。


「リヴェンさん!」


 遠くなっていくイリヤが俺を呼んだ気がした。


「行け!追いつく!」


 背中から叩きつけられるように落ちたがそれ程痛くはなかったので、闇夜の暗闇へとそう投げかけた。それと同時に複数の人間が現れる。


 普通の服を着ていたり、冒険者の恰好をしていたりする。王国軍や騎士団でないのは見ただけでわかる。


 魔力感知で感じるのはただの人間。それも三百年前によく見かけた魔力の流れを持つ人間だ。


 警戒はずっとしていた。辺りにあった反応は普通だった。ただの民家に住まう人間の反応だけ。


 普通だからこそ、虚を突かれたと言える。


「獲物はかかったようだな」


 俺を囲む人間達とは風貌が違う。ゆったりとしたマント、その下には胴着?のようなものを着ている女性並みの黒長髪で流し目が似合いそうな男。風貌の他にもこの男だけ、魔力の質が違う。


 勇者の仲間の魔法使いには及ばないが手練れだ。


「善良な人間にこの仕打ちは酷くない?」


 腕に食い込んだ糸を取り払いながら立ち上がり言う。


「私の魔糸をあのスピードで受けておいて胴体が切断されていないのが善良な人間と言えないな」


 魔術教会の人間か。こいつらなら昔の戦い方と何ら変わらないな。


 集団で有利を取っているけど、実質目の前の男との一対一。なぜなら、周りにいる人間の魔力を俺が吸収するから。


 周りにいる人間が体内にある魔力を俺に奪い取られて、ある者は気絶し、ある者は痙攣してその場に蹲る。


 目の前の男だけが依然としている。それよりか男からは魔力を吸収できていない。


「遺物人間は滅殺だ」


 魔術教会の人間は六派大行という修行をして体の中に眠る気孔を刺激し、体内から魔力を生成することが出来る。


 体外にある魔力を身体に取り入れて、中和し、己の魔力に変化させることも修行すればできる。この男は六派大行の一つ封を使用して体内の魔力を逃がさない様に留めた。


 封は体の気孔を閉じる事で魔力を出さない様に出来る行の一つ。魔力を身体に閉じ込める事は難しく、天賦の才があれば直ぐにでも修得できるが、凡人ならば四年から十年は要する。


 男は構えをとる。魔術教会の人間は武芸者がする型を作って魔力を練って自分の得意な魔術を発動させる。上方の構えやら下方の構えやら人それぞれバラバラだが、型を取らないと魔術を発動させることは少ない。


 型はルーティンみたいなもので、型を取ることで魔術の精度や威力も上がるらしい。


 男の型は両手を重ねるように前に突き出して指を大きく広げ、右足を引いている型。


 魔術教会の魔術師との戦いは型を見て、相手がどのような魔術を使ってくるかを予想できるが、その予想に反する型を作る魔術師もいるので型で判断するのは命取りである。因みに経験上この男の型は手を中心に扱う魔術である。


 男はゆらりと横へ移動する。封印される前の俺であればスキルで見抜けただろうが、今は男の一挙手一投足全てを疑う事しかできない。


 だから風に漂って魔力で練られた糸が俺の首に巻き付けられているのに気づけなかった。


 男の右手の五指が第二関節から力強く曲がり、糸が俺の首を絞める。


 普通の糸ならば千切れる、魔力を帯びた糸ならば魔力吸収でただの糸に出来る。しかしこれは封を応用して魔力で出来た糸。あの男の身体と繋がっているならば魔力を吸収する事は出来ない。


 そうなれば単純な力比べ。


 首に絡んだ糸の元を掴んで男を引き寄せる。その際に魔力を手に集中させる。俺だって昔は魔族だったし、人族が魔族に対抗する手段である六派大行を研究していた。


 魔族だから六派大行の幾つかはスキルで補っていたが、実際にやろうと思えば練度は低いが幾つかはできる。


 その一つの清。清は練った魔力を体内のどこかへ移動させる。これには集中力がいるが、さっきの手が長い奴らにしたように、魔力を拳に込める程度なら俺にもできる。ちなみに魔術を素手で触ると火傷の比ではないくらい皮膚が爛れる。


 この男も俺の馬鹿力で引き寄せられるはずだったが、体重を後方へと乗せて耐えた。封まで極めているのならば耐えるのもあり得るし、相手が耐えた事により俺の力がどの程度のものなのかも指標にできてよかった。


 小波動魔器を使用する。俺の指に穴が出来て、そこから魔力弾が発射される仕組み。


 ザバの言う通り魔術教会の人間が魔遺物を使う人間に対して教育するならば、相手に与える攻撃のラインを痛めつける程度ではなく、殺しにかかるへと上げなければいけない。


 それに今はイリヤを追う事の方が先決。


 魔力弾をフルバーストで発射する。男は左脚を高く上げて自分へと着弾する魔力弾を全て払い蹴った。


 どうにかして払われるのは予想済み。魔力弾を払わせるのに集中させて、俺は男の懐へと拳が届く間合いへと移動する。目で追われていたが、体は反応出来てはいなかった。


「ぐっ」


 俺が右腕を突き出して男の鳩尾に入るのと、男が幾本もの魔糸を捻じれさせて作り上げた槍を左手から伸ばして俺の胸へと突き刺したのは同時だった。緑色の血が胸から飛び出して、男の顔や身体にかかる。


「私の真骨頂は糸を使った反撃技。魔糸を使う魔術師だと思って接近すると痛い目を見る。まぁ遅かったがな」


 身体は反応できていなかったが、至る所に糸を設置し、俺が近づくと糸が縮み男のどこかの部位が反撃する仕組みで胸を貫かれていた。


 決定打を撃って決着がついたと思ったのか男は話し出したことに、俺は可笑しくてつい笑顔を作ってしまった。


「何が可笑しい?」


 口から出てきた血を拭いてから、震わせた手で魔糸の槍を握る。


「君は師範代だろ?」


「それが?お前を屠った事により師範へと上り詰められるだろうな」


「無理だよ」


「何?」


 男は表情を歪ませる。


「君じゃ師範には到底なれない」


「遺物人間に何が分かる。命の灯も後わずかだというのに戯言をのたまうな」


「血清禍封距喫。全部熟せるくらいじゃ師範にはなれない。全て極めてやっと師範だ。更にはその先がある。今の俺に一撃で止めをさせないようなら一生かかっても師範にはなれないよ」


「遺物人間風情が言わせておけば!ならば望み通り殺してやる!」


 この男は勝利と確信して自分の能力を話す怠慢を働いた。それだけで性格を予想した。


 男が一番気にしているのは自分が師範になれない事。そこを抉り傷つけるように煽り、相手の冷静さを奪う。


 男が魔糸槍を奥深くに差し込もうとするも、それはかなわなかった。


 男が貫いた場所は俺が保存で魔力を保存していた場所。その魔力が溢れ、男の魔力を上回って俺の身体を貫くことは無かった。


 魔糸が俺の体内にあるならば俺が封を使えば魔力を逃すことは無い。


 封と封同士の決着の方法は基本的にない。ただ魔術が相手の体内にある場合は魔力の総量で決まる。このまま魔力吸収はできないが、ここに留めておくことはこちらの任意でできる。そんな事が出来る人間は少ないが。


「な、なんだこの魔力」


「なれない理由、その身に教えてあげる」


 溢れかえった魔力を右手に集める。先程とは比べ物にはならない程の莫大な魔力が右手へと集中する。


 男は魔糸を全て解いて腕でバッテンを作って防御態勢に入る。それを見てから俺は右手を男へと突き出し、退いた男に軽く触れた。


 男は上空へと吹き飛んで城の方へと吹き飛んで夜の闇へと消えた。


 あの男は運が良かったね。男の魔力じゃ直撃したら死んでいたはずだから。にしてもあれから三百年後の世界なのに、人族は退化するかはおろか進化に励んでいるなぁ。


 これは魔族探しも骨が折れそうだ。


 保存を使って魔力を留めて、怪我した部分を魔分子修復で治してからイリヤを追う。


 馬とほぼほぼ同じ速度で走っても追いつけるのは十五分後くらいだろう。


 その速さで郊外から中心街の中心までは一時間ほど、既に噴水広場から十分は走った。


 王国騎士団に魔術教会。末端に会っても対処できるが時間が惜しい。全て無視できるなら無視しよう。


 十五分後、街の景観が少しだけ変わり豪華になり、城も大きくなってきた。中心街に入ったとみていいただろう。


 魔力を吸収して体力が甚大に増えたはずなのだろうが、少しだけ精神的な疲れが見えてきた。


 騎士団が扱う拳銃型魔遺物を胸に受け、魔術教会師範代の扱う魔術で胸を貫かれたが、かなりの痛みが伴うだけで身体機能が低下したり、生命活動が停止する訳でもない。無事帰還して玉座と接続したら訊ねてみるか。


 そろそろイリヤに追いついてもおかしくない時間なのだけども一向に姿は見えない。


 馬を操縦した事がなくても奇跡的に遺物博物館へ辿り着いているはずだと考えていたのだが、遺物博物館に向かえない事が奇跡じゃない場合もある。少しスピードを上げるか。


 更に二十分後一軒一軒の敷地が大きくなり、明らかに郊外とは格が違う屋敷が目に入った。


 偶に頭上に大看板が掲げられていて、大き目の建物へ行く道が記入されていた。この看板のおかげで迷うことなくやってこられた。


 遺物博物館はこちらですとの案内に従って角を右へと曲がる。


 道の奥からイリヤが馬に乗りながら駆けてくるのが見えた。イリヤの後ろに誰かが乗っているが、とにかくイリヤが無事な事を確認して俺は安堵する。



 その隙をそいつは見逃さなかった。

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