16:強襲

 軽い足取りで宿屋まで戻り、とった部屋の扉を、鍵を使って開ける。


「おかえりなさい」


 俺の帰還を労ったのはイリヤではなく、冷たい声の女性であった。


 彼女は寝息を立てて寝ているイリヤの隣に宿屋の安い椅子を置いて座り、扉のドアノブを握りながら硬直している俺に拳銃型の魔遺物を向けていた。


 彼女は白と銀を基調とした服を着ており、胸に記章をつけ、腕章を幾つも腕に付けているところを見るに何かしらに属している人間である。恐らく騎士団か?


 階級は上の方の人間だろう。綺麗に後頭部にまとめ上げられた黒髪、光を全くと言って捉えていない死んだ魚のような目。その上に眼鏡型魔遺物を着用した清楚美人。


 俺が人間だった頃だったら縮み上がって、挙動不審になるくらいの美人さんだった。


「ただいま。招いた覚えはないんだけど?」


 本日二度目の敵意はない意志を見せる為に両手を軽く上げつつ探りを入れる。


「えぇ。招かねざる客ですから。とりあえず入ってもらえますか?」


 拳銃を突き付けられている時点で武力行使されているのだけど、あの四人よりも話す意思はあるようなので、言われた通りに扉を閉める。


「俺の名前はリヴェン。君は?」


「時間が惜しいので単刀直入にお聞きします。貴方が昼間の隠者の森においての魔力反応の原因であることは間違いありませんか?」


 自己紹介をしてくれない人間が多い事だ。


 廃品回収隠者にバレた時点で彼女のような人間が近々来るのは予想していた。


 玉座と俺がセットでいると状況的に俺が不利になる。一刻も早く魔力を補充しなければならない状況でもあり、追手からも身を隠さなければならない身。


 だから玉座から離れて、イリヤを連れて王国内へとやってきた。そうすれば追手の人数を減らせると思ったからだ。


 それにしても見つかるのが早過ぎる。これは予想外だった。


 王国の現状を考えて博物館見学が終わった辺りで、追手が来る傾向かなと予想していたのだがな。恐らく、彼女が優秀なのだろう。


「そうだね、俺だ」


 はぐらかしても良かったが、ここまで辿り着いているって事はある程度の情報を持っているとみていい。


「ではその魔遺物を渡して貰えますか?」


「あー、ごめん。それは無理なんだ」


「なぜ?」


「言っても激昂しない?前に理由を言ったんだけど、急に怒って攻撃されてね」


「魔遺物に思想を持ち込んだりはしません。私を侮辱する言葉でなければどうぞ」


「侮辱に当たるかどうかは君次第だけど、言っておくよ。君に言っている訳じゃないからね。俺の身体の中にその魔遺物があるから渡せない」


 その言葉で初めて彼女は表情を動かした。微々たる変化だが眉が少しだけ上がった。


 前と同じように銃を撃たれるかと思ったが、彼女は冷静に応対する。


「ではそれを取り出してください。でなければこうです」


 彼女はイリヤに銃口を向けた。イリヤみたいな少女は言わば人質になりやすい。


 非道だが、手段を選ばない人種ならそうするだろう。それが一番手っ取り早いからだ。俺も手段は選ばない人種だ。


「取り出すのも無理だ。あと、その娘に人質の価値はないよ。撃ちたいなら撃って。俺は気にしない」


「では、そうしましょう」


 俺のハッタリだと予想したのか、彼女の持つ銃の引き金に力が入る。


 それでも俺は止めようとしない。彼女と目を合わせながら黙って見つめ合うだけ。


 だって彼女は小さい子供を犠牲に出来ないって理解しているから。


「貴方がどういう人間か理解しました」


 彼女の腕がこちらへと向き、発砲する。


 魔力吸収を使用したが、矢と同じ仕様で鉛玉自体は装填されており、そこに魔力を帯びさせているようだ。魔力吸収したのはいいが、拳銃とは思えない威力で身体は後方へと吹き飛び、扉を壊して、廊下へ扉と共に倒れ込んだ。


「取り出せないと言うのなら解剖するまでです」


 彼女は椅子から立ち上がり、ヒールの高い靴をカツカツと鳴らしながらこちらへと近づいてくる。


「開きにされるのは嫌だな」


 彼女が生死を確認する為に俺の近くまで来た瞬間に足払いをして起き上がる。


 彼女の脚に岩壁を壊すくらいの勢いで足払いをしたので、彼女は空中で二回転する。足が捥げていてもおかしくないのに、彼女の脚は無事で、黒い瞳が俺を捉えていた。


 回転する彼女が持つ銃が赤く光り続けていた。まるで高速回転する星空のように光の軌道を残しながら弧を描いている。狙う先は俺の脳天だと言うのは、しっかりとそこを見つめているので理解できた。


 パスパスパスと乾いた銃声が六発。


 俺はしゃがんで避けるのと彼女が片足を地につけるのは同時だった。


 ピンと伸ばされた片足は平衡感覚を保ち、しゃがんでいる俺に対して、もう片方の足を天井まで伸ばして、関節が入っているのかと疑いたくなる程に足首が曲がり、俺へとつま先を向けた。


 靴からも魔力反応が増大している。


 上から撃ちおろすのと、両手に握られた拳銃で平行に撃たれる。


 次に俺が取れる行動は限られている。突進だ。


 身体を屈めたまま、母指球に力を込める。そしてクラウチングスタートの要領で片方の足で壁を蹴り、彼女の軸足を掴むように突進する。


 彼女は軸足で地を蹴り上げて空中で円を描いて回転する。


 その下を潜り抜けて、寝ているイリヤを抱いて、宿屋の窓を割って飛び出た。


 飛び出たと同時に背後から撃たれた銃弾が奇跡的に全て窓枠に命中した。


 ガラスの破片からイリヤを守りつつ華麗に着地を決めて、中心街に向けて走り出す。


「ふぇ?リヴェンさ、ん?・・・え?え?どうなっているんですか!?」


 夜風に当たられたのと、飛び降りた振動でイリヤが目を覚ました。


「舌噛むぞ。王国の奴から逃げているんだよ。頭下げて」


「軍ですか?騎士団ですか?」


「騎士団だと思う」


 話している最中に頭の中の魔力感知に俺へと近づいてくる反応を見つける。


 嘘だろ、俺、馬相当の速さで走っているんだが?


 反応は二つ、民家の屋根を伝って走ってくるのが一つと、背後から近づいてくるのが一つ。


 最初に戦った彼女とはまた違う派閥の奴らか?それとも彼女の部下か?どちらでも構わないが、追いついてきているのが厄介だった。


「り、リヴェンさん」


 イリヤの顔は蒼白であった。酔いやすい体質なのではなく、俺の運ぶ質が悪いのだ。


 対抗できる魔遺物が少なすぎる。博物館であわよくば盗んだり、購入したりするつもりだったから、予定外過ぎるのだ。仕方ない、あるものだけで対処しよう。


 噴水広場までやってくる。


 広場にあるベンチにイリヤを降ろして、振り返ると、屋根の上にいる腕が身長の半分くらいある、異常に長い黒い覆面と黒い制服を着た人物と、俺達が逃げてきた道に首を四十五度曲げて、これまた腕が異常に長い黒い覆面と黒い制服を着た人物が逃がすまいと待っていた。


 魔力の反応が魔遺物というよりも、魔族に近い。あそこまで異常に手の長い人族は、俺は見た事がない。


「イリヤ、動かないで待って。俺が何とかする」


「なんとかって、相手は騎士団ですよ」


「騎士団なんて焼き討ちだよ」


 屋根の上にいた奴の気配が消えた。


 位置、熱感知を使用していて、右目だけに熱分付図望遠を使用しているにも関わらずに相手の攻撃を受ける間合いまで詰められていた。


 鉤爪のような長い手が振り下ろされる。


 避けようと思えば避けられた、が、例によってイリヤが側にいるので避けるのは得策じゃないので左腕で受ける。


 身体に振動を感じた後に地面がひび割れた。


 覆面の奥の目が見開いていることから、受け止められるのは相手として予想外だったのだろう。渾身の力と微々たる魔力を溜めて右手を突き出す。


 メキメキと何かが折れる音と空気を破裂させたような音と共に目の前にいた黒覆面1は吹き飛び、街灯を二本、三本と壊して目抜き通りまで飛んで行き、横たわり、動かなくなった。


 残った黒い覆面2は反対側に首を四十五度曲げた。


 黒覆面1の惨状を見て、襲わずに俺を観察している。観察してくれるのは構わないが、あの美人騎士団員に追いつかれては更に厄介だ。


 手を軽く横へと広げて、戻す。


 パンと掌と掌が重なった衝撃で音が鳴り、その瞬間に相手の意表を突いて、同じように右手の拳で鳩尾に拳をめり込ませる。


 注意深く観察していた黒覆面2は対応できずに同じように目抜き通りまで吹き飛んで行った。


 俺がパワー系になっている理由を自分なりに考察してみたが、あいつの魔力が加わったことで力の魔王である、あいつの力を受け継いだと考えていいだろう。


 どれくらい引き継いだかは知らないけど、普通の人間なんかは小指で対処できるだろう。黒覆面は人間程脆くないと判断したので全力でやってみた。


「リヴェンさん、あれ」


 顔色が少し良くなったイリヤが噴水広場の裏手に止めてある馬車を指差した。


「お兄ちゃんと呼んでくれ。・・・まぁ、でかした。イリヤは馬車を操縦したことある?」


 緊張を解す為に冗談を仄めかしたのに笑ってくれなかった。


「ないですよ。リヴェンさんは?」


「普通の馬はない。八脚馬ならある。変わらんだろ」


 馬と荷車を切り離して、馬を落ち着かせながら跨る。


 イリヤへと手を伸ばして、俺の前へと乗せてから、手綱を握って、馬を走らせる。


 このまま次の目的を果たそう。既にお尋ね者だから、何をしても罪が上乗せされるだけだ。

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