15:催眠術

 後ろの丸テーブルにいる兵士を見ると、兵士三人がカードゲームに興じていた。


「出さない出さない。ねぇ、あれってポーカーかな?」


「そうだよ。あいつらいつも仕事中も仕事終わりもやってやがる。気に入らねぇ」


 顎が長くガタイの良いのが特徴的な兵士に、長身で表情が硬い兵士と、爽やかな笑顔でベランナに注文している兵士達を見て悪態をつく。


 ザバの視線はあの爽やかな兵士を重点的に見ている。爽やかイケメンって嫌だよな、わかるぞ。と、心の中でうんうんと頷く。


 まぁその恋慕の感情と憎しみの感情を利用させてもらうのだけど。


「俺があの兵士達から勝って金を取り上げてきてやるよ。見てて」


「出来る訳ねぇだろ。お、おい」


 席を立って先ずはベランナに声をかけてから、同じ席へ戻ってくる。


「チクったんじゃねぇだろうな」


「用心深いなぁ、酒を奢れば友達だろ?」


「そんな言葉知らねぇよ」


 ベランナが酒を兵士達へと持っていき、兵士三人と何かを会話する。


 すると兵士達が驚いた表情でこちらを見た。


「お、おい。お前」


 ザバは焦るも、兵士達は笑顔で会釈をした。それを合図に俺はジョッキを持って再び席を立つ。


 ベランナに兵士達が注文した分の酒代は俺が払うと言ってある。それをベランナが伝えてくれて、笑顔で会釈してくれたのだ。


「こんばんは。楽しそうだ」


「奢ってもらっていいんすか?」


 最初に話しかけてきたのは爽やかイケメン兵士。顎が長い兵士は値踏みするような目で見て、表情の硬い兵士は疑念の目を向けていた。


「いいよいいよ。日々国民の為に働いている兵士さんを見ると、つい労いたくなっちゃうんでね」


「あざーっす。先輩らもお礼言いましょうよ」


「お、おう」


「ありがとうございます」


「ここ、俺も座ってもいいかな?」


 反応は三者三様で友好的なのは一人だけだった。


「大丈夫っすよ!ね、先輩」


「あ、あぁ」


 顎の長い兵士へと尋ねると、間の抜けた返事が返ってきた。


 了承と受け取って俺は爽やかイケメンが位置をずらして開けてくれた席へと座る。


「なんすかなんすか、まだ昼の事を引きずっているんすか?」


「いや、そうじゃないが」


「そうとしか思えん」


「差し出がましいようですけど、何かあったんですか?俺、そういう話を聞く仕事をしているのでお力になれますよ」


「あったんすよぉ、聞いてくださいよぉ。廃品回収隠者の子供を撃っちゃったんですよ。仕事とは言え心が削れますよ。んで先輩はずっと傷心で塞ぎ込んでいるんです」


「それは大変な事ですね。良ければ俺がもっと話を聞きますよ。塞ぎ込むよりも、話す方が楽になります」


 待て。ポーカーに辿り着く為に親身になる作戦に出たが、廃品回収隠者の子供を昼に撃った?


 それってもしかしてイリヤの事じゃないのか?だとすれば非常に不味い。


 俺とイリヤの繋がりがバレれば、イリヤは生きていることになって、再び処刑されてしまう。なんとか、繋がりは隠しておこう。


「俺達に話せないなら、その職に就いている、この人に聞いてもらえ。トイレ、付き合え」


「ウイーっす」


 表情の硬い兵士は俺に任せて爽やかイケメン兵士を連れて、店内にあるトイレへと行った。


 顎の長い兵士はジョッキに並々と入ったエールを見つめている。


 イリヤを撃ったことによる心的外傷か。軍人や兵士にはよくあることだな。


「俺はリヴェン。貴方は?」


「マルコだ。よろしく」


「よろしくマルコ。先ずは心境を聞かせてくれたら嬉しいな。誰にも他言はしないよ」


 真剣な目付きでマルコを見つめる。


 マルコは一度俺に視線を向けて、エールに戻し、そしてまた俺に視線を向けてから口を開いた。


「俺には妻と子供がいる。いつも俺の事を支えてくれるいい妻だ。


 その妻との間に生まれた俺達の可愛い子供。その子供と同じような子を俺は、今日、撃った。


 跡形もなくなる程だ。信じられるか?その場にいたのに跡形もなくなるんだぞ。元からそこにいなかったような。そんな風にいなくなったんだ」


 マルコは心情を怒りの籠った声で吐き出した。


 そして自分の頭を押さえて、打ちひしがれた。自分の子供とイリヤを重ねて考えているのだろう。良くない傾向だ。


「辛いね。・・・リラックスをしよう。この火を見て。揺れている。ゆーらゆーら揺れてる。暖かく、綺麗だ。ほら、よーく見て」


 机の上にあった蝋燭に小火で火を灯して、マルコに見せる。


 マルコはゆらゆらと揺れている火を見つめ続けて、口を少し開けて、トロンとした目になっていく。


「この綺麗で暖かい火は、浄化の火だ。君の嫌なものを、この火にくべていこう。嫌いな食べ物は?」


「ピーマン」


「くべちゃおう。ポイッと。くべれた?」


「あぁ、燃えていく」


「じゃあ次だ。嫌いな虫は?」


「ゴキブリだ」


「入れちゃおう。続けて、今日の嫌な記憶も入れよう」


「あぁ、入れた。どっちも燃えていく」


「綺麗さっぱり浄化された?」


「あぁ、浄化された」


「じゃあ休憩は終わりだよ。ほら」


 そう言うと同時にマルコの肩を叩くと、マルコはハッとしたように我に返った。


「気分はどう?」


「あ、あぁ何だかスッキリした。ん?俺は何を話していたんだ?」


「何って、俺がマルコに二人の愚痴を聞いていたんじゃないか。もしかして酔ってるの?」


「え?あぁそうだった。そうだったな。やっぱりため込むより吐き出すに限るな!」


 マルコはゴクゴクとエールを飲み始める。


 荒療治だけど催眠術は上手くいったようだ。勇者の強さに絶望してしまったが、まだ戦いに必要な魔族に使って心を癒し、戦わせた道徳的に反する最終手段だ。


 心的状況と、誠実な性格をしているマルコは催眠にかかり易いだろうという経験則で、それなりにすんなりとかかってくれた。


 元々持っていた催眠スキルがあるなら、もっとすんなりかかり、色々と聞き出せただろう。


「先輩、元気になりました?」


 爽やかイケメン兵士がトイレから戻ってきた。


「おう、リヴェンさんに聞いてもらったらスッキリだよ。お前も何か話しとけ」


「あ、自己紹介がまだでしたね。俺はサマティッシっす。よろしくですリヴェンさん」


「俺はジャガロニだ」


 続けて表情の硬い兵士も帰ってくる。


 自己紹介も終えて楽しく酒を飲み交わし、やっとポーカーにありつけた。


 カードゲームやボードゲームで俺は負ける要素は滅多にない。チェスなら誰かと会話しながら頭の中に盤上を作って出来る。勝率は高い。


 ポーカーの休憩中の会話で王国兵士が知りえる情報を聞いた。


 何でも近々昇給試験と入隊試験があるようだ。だけど腐った体制なので昇給は見込めないとか。兵士を集める理由は、庶民の反乱を防ぐためであるらしい。その庶民に兵士が含まれているのにな。


 それに軍上層部が魔遺物博物館から魔遺物が盗まれたのを隠しているらしい。義賊が取ったやら、他国のスパイに取られたやら、王国が盗んだやらと、誰が盗んだのかは分からない状態だが、王国内では旬な話題になっている。


 これはザバが言っていたのと同じで噂程度のようだが、兵士内では怪盗を名乗る者が盗んだ説が濃厚のようだった。


 あとはドレイズ王の評価や評判。これはイリヤが言っていたのと相違は無かった。


 夜も更け、最終戦となったポーカーはカマの掛け合いで狙い撃ちしたサマティッシの掛け金を全て掻っ攫って、俺の勝ちで終わった。


 かなりの掛け金と接戦だったので、酒場の客やベランナも見物していた。


「じゃあ、俺はここらでお開きとするよ」


 かなり放心状態のサマティッシに耳打ちする。


「ザバの指示でやったんだ。君とベランナがくっつくのが嫌なんだろうね」


 目に生気を取り戻したサマティッシは声を荒げてザバに突っかかっていった。


 ベランナに釣りはいらないと言って会計代と迷惑料込の金貨一枚を支払って、サマティッシとザバが取っ組み合いの喧嘩をするのを尻目に俺は悪戯な笑顔で早足に酒場を後にした。


 掛け金の半分はサマティッシのポケットに戻しておいたし、悪い奴は痛い目を見る。


 いやぁイリヤがいないと楽しいことが出来ていいね。いい夜だよ。


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