三河さんは回避不可能

こめぴ

変人三河さんは回避不可能

 なんの変哲もない朝、通学路を俺は歩いていた。


 朝早くから元気よく挨拶をする、通学中の小学生。彼らに挨拶をする近所の大人たち。腕時計を頻繁に確認しながら、駅の方向へ小走りで向かうサラリーマン。

 見慣れた光景を横目に、俺は噛み締める。


「何も起こらない日常って、最高だぁ……!!」


 そんなの退屈だという意見もわかる。でもそうだった俺は声を大にして言いたい。実際に毎日あれこれ起こるとたまったものじゃないと。


 俺は昔から、かなりの不幸体質だった。


 交通事故に巻き込まれるなんて日常茶飯事。全く関係のないところで起きた事件の犯人にされかかったこともある。

 寝耳にムカデ。棚からダイナマイト。死にそうになることはもちろん、そうでなくても、かなり面倒な状況になることが多かった。


「おっと」


 ちょうど住宅街の交差点。本来まっすぐ進むべきその道を、俺は右折した。

 こっちは遠回りだけど、まあしょうがない。だってそのまま進んだら何か起こりそう・・・・・・・だったから。


 そして、それを裏付けるように大きな衝突音。続いて救急車のサイレン。おそらく交通事故でもあったのだろう。


 俺は、16年間生きてきて、ある結論に達した。



 すなわち――不幸は回避できる。


 

 だんだんと「あ、なんかきそう」と感じるようになったのは2、3年前くらいからか。今となっては、前のように不幸な目に遭うことはほとんどなくなった。


 ビバ普通! ビバ日常! もうあいつに近づくと死ぬぞとクラスメイトからも遠巻きにされることもない! ……あ、なんか涙出てきた。



 ただ、何事にも例外はあるわけで。



 それは、ちょうど学校に到着した頃。


 現在8時ちょうど。始業時間まであと15分と、遅く過ぎず早すぎない時間帯。教室に入り、数人の友達に挨拶をして、窓際の自分の机に腰掛けた、そのときだった。


 ガンッッ!! と激突音と共に、机が上に吹き飛んだ。


 宙を舞う机。そのまま弧を描き、他の机を巻き込んで落下。


 そして、もともと机があった場所に、一人の少女が立っていた。


「お、おはよ!!!」


 元気に声をあげるが、その大きな瞳は涙で潤んでいた。


 半ば投げやりに納得した。こいつは――三河は、俺の机の下に潜んでいて、思い切り立ち上がったのか。


 大きな音がしたからか、遅れて教室がざわつき出した。


「なんだなんだ!」

「何が起きた」

「おい、また三河がなんかしたのかよ!」


 机が吹き飛んだ、三河の後方は大惨事。机も椅子もぐちゃぐちゃだ。幸いにも生徒はいなかったみたいだけど。


「……一応なんでか聞こうか」


 冷静を保とうとしてもつい声が震える。三河は今、注目の的。そしてそれと向かい合っている俺もまた同様。こんなの、普通じゃない。全然、普通じゃない。普通に目立つのすら嫌なのに、悪目立ちなんて最悪だ。


 そんな俺に向かって、彼女は快活な笑みを浮かべた。


「川瀬くんのことが好きだから。 ね、びっくりした?」


 何度目かもわからない告白に、俺は頭を抱えた。


 多くの不幸を回避できるようになった俺、川瀬かわせ 悠人ゆうとの、回避できない唯一の不幸。――それがこの、三河みかわ 七海ななみという少女だった。




 三河 七海。


 彼女を一言で表すとしたら『変人』だ。いや、狂人と言った方が正しいかもしれない。


 よく言えば子供っぽい。でも何をするかわからない。基本は普通の女子高生なのに、急に奇行に走ることがある。この前急に窓から飛び出したのは本当に驚いた。でも顔はいいから、男子のみんなは遠巻きで観察する。でもアタックはしない。だってあんな子、隣にいても困るだけだ。


 もちろん俺もその一人だ。だってあんな子と一緒にいたら、普通じゃない。


「そのパン、美味しい?」


 昼休み、体育館の裏でパンを食べる俺に、彼女はそう声をかけてきた。なぜか、正面の茂みの中から。


「……なんでそんなとこにいるんだよ」

「美味しい?」

「はぁ……美味しいよ」


 制服が大変なことになるぞ。今朝は雨降ってたし、その茂みも雨粒ついてるだろうに。


 どうしてここにとかは、もはや聞くまい。彼女は、「そっかー」と、何が楽しいのかニコニコ笑っていた。ちなみに俺がここにいるのは、別にぼっちだからじゃない。三河から逃げたかったからだ。……なぜかすぐ見つかったけど。


「なんでそんなに俺ばっか絡んでくるんだよ……」

「んー、好き、だから」

「またそれか……」


 何度も聞いたセリフ。なんで俺のことをそんなに好きというのか聞いたこともあったけど、「んー?」と何度もはぐらかされるうちに、俺の方から諦めた。

 もうかれこれ三河に絡まれ続けて半年近くだ。それだけ続けば諦めもつくようになってしまう。


「膝貸して」

「え?」


 彼女は急に茂みから出てくると、俺の膝の上で寝転んでしまった。健全な男子高校生ならドキッとしてしまいそうなシチュエーション。でも相手が三河なのと、あまりに流れが唐突すぎてそんな気分にもなれない。


「はぁ……」


 俺にできるのは諦めて受け入れることだけだった。どうせ拒絶しても無駄なのはずいぶん前に検証済みだ。片手でパンを頬張りながら、三河の制服についた葉っぱを取ってやる。なんかもう、こいつのことは動物と思った方がいいのかもしれない。


 そのときだった。彼女が俺のパンを凝視していることに気がついた。


「……」

「い、いや、あげないぞ!? 今日俺これしかないんだから!」

「別に何も言ってないじゃん」

「そ、そっか。いや、ごめん、早とちりした」

「ううん、大丈夫。じゃあそれちょうだい」

「何も間違ってないじゃないか!!」


 パンに手を伸ばす三河から逃れるように俺もパンを上にあげた。でもなぜか三河もしつこい。より手を伸ばして、なんとか取ろうとする。軽い取っ組み合い状態だった。


「ちょっと、みか――ん?」


 不意に、嫌な感覚。

 これやばいやつだ。なんかきそう。


「おい三河、離れろって!」

「パン、ちょうだい?」

「わかった、わかったから! ちょ、お前どこ触って――」


 彼女を振り解こうとして、動きが遅れる。そこに俺たちを襲ったのは、頭上から落ちてきた大量の水だった。


「…………」

「…………」


 それは俺たちに直撃。俺も三河も、見るも無残なずぶ濡れ姿になってしまった。


「えと、その……ごめん」


 今のは屋根に溜まっていた雨水が、何かが原因で落ちてきたのだろう。言って仕舞えばただの事故、誰が悪いというわけでもない。

 でもつい謝罪が口から出てしまう。脳裏に浮かぶのは、昔疫病神と言われ続けてきたときのことだ。


『おい疫病神!!』

『近づくなよ! こっちまで不幸になるだろ!』


 嫌な記憶に、体が細かく震える。

 やばい。やってしまった。せっかく最近は回避できるようになってたのに。


「あはははは!!」


 彼女は、笑った。


「え……?」

「びっくりしたー。あはは、川瀬くんも、ビチャビチャ」

「なんで、何も言わないんだ? 俺のせいだぞ」

「? 川瀬くんのせいだとしても、面白かったからいいや」


 つい、呆気にとられた。

 ずぶ濡れになりながらも笑う彼女は相変わらず変人だったけど。

 でも、すごく輝いて見えて。

「そう、か」


 気がつけば、俺も笑っていた。


「でもパン、ダメになっちゃったね」

「あー……まあ、いいよ。お腹が空くのは我慢すればいいし――ッ!」


 なんとなく嫌な予感がして、横にずれた。俺がいた空間を、三河が通り過ぎていた。どうやら頭突きしようとしたらしい。彼女は交わした俺を目を丸くしてみると。


「えへへ、避けられちゃった」


 そう、やはり何が楽しいのか、笑って見せた。


「――ッ!」


 つい、顔を逸らす。


 彼女の突飛な行動を躱せたということは、三河の行動をある程度理解できたということで。



 なんだかそれが、猛烈に恥ずかしかった。

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