第2話  コルテス討伐軍


 1519年11月8日。


 コルテスは、満を辞してアステカ王国に進軍。

 自らがケツァルコアトル神として、当時の国王モクテスマ二世に王宮に招き入れられた。


 周到な事前調査により知った古き予言の通り、「白き神が帰還し玉座を要求する」と、通訳を介して伝えたのである。


 アステカの王は、神が帰還されるまでの代理王とされていて、事がここに至ってモクテスマ二世王には為すすべなく、コルテスはそのまま王を軟禁し、一兵の犠牲もなく王宮を占拠。


 コルテス軍は、神の使いとして王宮にとどまるも、なぜかスペイン本国よりコルテス討伐軍が派兵され、その対応に追われることとなった。



 翌年6月24日。

 コルテスがテノチティトランの王宮に入って早、半年以上が過ぎた。


 スペイン軍にとって、はじめての夏が来ようとしている。

 深夜。

 コルテスは、玉座に深く座り大きく息を吐いた。


 持ってきた松明たいまつがチリチリと燃え、広間に不穏に揺れ動く光と影を投げかけていた。

 雨季に入ったメキシコ盆地の湿度は高く、まとわりつくような空気は心まで湿らせてくる。


「コルテスさま、どうかされたのですか?」


 書記官である、二十五歳の青年将校ベルナール・ディアスがやって来た。ディアスは、第一次遠征隊より参加していて、いつもコルテスの傍らにいる。


 ディアスが、自分で持ってきた松明を柱の松明立てにかけると、玉座の間の荒廃具合がいっそう顕著になった。


 埃が積もり、白漆喰はひび割れ、絢爛けんらんだった刺繍布の飾り付けも破れ、床に落ちている。


「ディアスか。ここに来るまで、俺たちは何万人の原住民を殺したんだったかな。そして、その行き着く先がこれか」


「弱気になられてはいけません」


 現在、王宮は怒り狂った五万のアステカの精鋭に取り囲まれている。

 しかもテノチティトランの住民は、全員が有事の際には戦士となるのだ。


 湖上の島の上で、コルテス軍約千名が三十万の敵に囲まれているようなものだ。


「蛮族とは言え、同じ人間だ。キリスト教の教えを伝え、生け贄などという風習をやめさせられればと思ったのだがな」


 アステカは、毎日多数の生け贄を太陽に捧げている。人間の血が太陽の活力となり、再び朝日となって昇るようにと。


「その思いに賛同する多数の原住民がおります。コルテスさまは、希望の星なのです」


 アステカの圧政に苦しむ多くの原住民は、生け贄の中止を標榜するコルテス軍に加わり、昨年には一万を越える原住民がコルテスの下に集まるほどになっていた。


「本当の敵が、仲間と思っていた人間たちだったというのは、存外こたえるものだ」


 アステカを征服したと、本国であるスペインに報告すると、何故か反乱軍とみなされ討伐隊が派遣されたのだ。こういうことは、スペインではよくある。


 船十一隻、総員千五百名、馬八十騎、砲十二門、小銃手八十名、射手百二十名。


 コロンブスの新大陸ヌエバ・エスパーニャ発見以来、最大規模の軍隊派遣である。


「そこまでして、成功しようとする者の足を引っ張るのが、自分の祖国と思うと嫌になるな」


 その大部隊は、今から2ヶ月前の4月23日にサン・ホアン・デ・ウルアと名付けたマヤ地方の海岸に上陸して来た。


 "討伐隊を討伐"するため、コルテスは直属部隊の百名と全砲門、騎馬、小銃隊を首都に残し、海岸線に向けて出発。


 捕虜にしている、アステカの王モクテスマ二世は副官であるペドロ・デ・アルバラードに任せることにした。


「ナルバエスなど、仲間ではございません」


 コルテス討伐隊はナルバエスという司令官に率いられていた。


 ナルバエスは、ごろつきの親分で、兵もアステカ王国の黄金に目が眩んだ雑兵だった。


「ナルバエスが雑魚だったとしたら、なおさら裏で糸を引いた貴族がいるはずだ。本国がそういう国であることは、十分承知しているつもりだったが甘かった」


 コルテスは、大きくため息を吐いて珍しく愚痴を言い始めた。



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