王の読書
高麗楼*鶏林書笈
第1話
山積みになった書籍を脇に置いて王は読書に没頭していた。
もともと書物を読むことは好きで、少年時代は暇さえあれば本を開いていたものだが、王位に就いてからは多忙になり以前のようには出来なくなった。それでも一日一回は書物を紐解くようにしている。
さて、このところ王が読んでいるのは清国で刊行された西域の学術書である。清国では宣教師によって多くの西域の学術がもたらされ、それらを漢訳した書物が多数刊行されていた。現在、若手の士大夫の間でこうした書物が流行していることを知り王も読んでみることにしたのである。
まず手にしたのは天文関係の本だった。表紙をめくり、さっそく読んでみる。
「これは有益な内容だろう」
“地動説”に関する書籍だった。古来、我が国いや唐土でも倭国でも天は丸く地は方形であるという「天円地方説」が普及していた。だが月蝕を見れば分かるようにこの地は球形である。書物を読み進めていくと、このことについて詳細に記されていた。
「この書物は問題ないだろう」
王は脇に置くと別の本を取る。「聖経」と記されていた。
「天主教のものか‥」
頁をめくって最初の一文を読む。思わず笑ってしまった。
「天と地は神が作っただと、世の中は理と気で成り立っているというのに」
これは悪書だと王は思った。最後まで読み終えてこの判断は正しいと確信した。
「昨今、士大夫層の中にも天主教を信じる者が増えたというが彼らは勉強不足だな」
清国に使節として行った者が持ち帰った天主教は少しづつ朝鮮の地にも広まって行った。ただ聖経を読むくらいなら問題はないが、その教えに心奪われ先祖の位牌まで燃やしてしまう者まで現れてしまったのだ。
今回、改めて聖経を読んでみて思ったのは、性理学(朱子学)をきちんと学べば、このようなものに魅かれることはないということだ。
「明日の経筵では四書の再読をしよう」
本来、経筵は王が師を招いて学問を習う場だった。だが、彼の場合は逆である。王が師となって臣下を教えるのである。
現在の朝廷の勢力争いには、それぞれの学派が結びついている。各派閥は我こそは正当だと主張しているが、王はそれらを抑え自身が学問の面でも頂点に立とうとした。誰よりも多く学び臣下たちの“師”になろうしたのだった。
聞くところによると天主教は非士大夫層にも広まっているらしい。こちらの方は暫く放っておこう。庶民たちはただ物珍しさに惹かれているだけだろう。
そして‥、王族女性にも天主教を信仰している者がいるという話も耳にした。それが誰だか見当はついている。彼女たちについてもそのままにしておこう。王は彼女たちの境遇をよく分かっていた。もとはといえば自身の力不足が招いたことだからである。
あれこれ思案しているうちに周囲は薄明るくなっていく。また夜明かししてしまった。
王は立ち上がると窓を開けた。薄闇の中に木々の姿が見える。花は既に終わり、緑の時期が過ぎれば実を結ぶだろう。自身が行なっていることもやがて実を結ぶ、いや結実せねばならない、この国の民のために。
王の読書 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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