同じ空の下でも

夏野レイジ

きっと、違う景色を見ている。

 ──別れのきっかけは高校卒業だった。

 でもなんとなくだけど、それはきっかけにすぎなかったんだと思ってる。


「あれからもう一年かぁ」


 卒業から一年、わたしは告白した桜並木の下へとやってきていた。

 他にはないレベルで有名な観光名所のせいか、家族連れやカップルが至る所に見える。


 独りぼっちなのはわたしぐらい。

 おしゃれ見てくれる人は誰もいない。

 ひゅるりと桜の香りを運ぶ風が、いたずらにロングスカートを揺らした。


「……今頃何してるんだろう」


 大学で彼女が出来てたりするのかな?

 そんな考えが頭をよぎり、胸の痛みにかき消される。


 卒業したら離れ離れになるって知った時、酷くショックだった。

 わたしの中でマサキはいつまでも一緒にいてくれる相手だったし、それはマサキも同じ考えだと思っていたから。


 マサキは冷たいわけじゃなかったし、何度もデートを楽しんだ。誕生日にはプレゼントを用意してサプライズもしてくれた。多分、彼なりに大切にしてくれたんだとは思う。


 でも、なんていうんだろう。

 わたしが想っているほど彼はわたしを想っていなかったんだなって。

 そう気づいたのは、別れて半年ぐらいの頃だった。


「未練がましいよね、わたしも」


 苦笑いが漏れる。

 どれだけ好きなんだか。 

 好きだった、にならないあたり相当でしょ。


 最初は部活中のかっこよさと可愛い笑顔のギャップにときめいた。

 いざ付き合ってみたら意外と器用なところやマメさに驚いた。


 マサキと付き合っていた一年は、大学で過ごした一年よりも鮮明で。

 だからわたしはここに来た。


「すぅ……はぁ……」


 ネイルを整えた手でスマホを握る。

 肺いっぱいにパステル色の風を込める。

 そして、ゆっくりと通話ボタンを押した。


「久しぶり、マサキ。元気にしてた? ……って、すごく寝起きな声だね」


 コールが終わったのは十秒ほど後。 

 帰ってきたのは、ガサガサに掠れた声だった。


 もしかしてこの時間まで寝てたの?

 あたしの友だちにも生活リズムが崩れてる子はいるけど、さすがに午後も回ってるよ?

 少し、心配になる。

 

「なんとなく声が聞きたくなっちゃって。近況報告、みたいな」


 桜の幹にもたれかかって、いくらかたわいもない話を繰り広げる。

 大学で一年過ごしてどうだったとか、面白い友だちの話とか。

 付き合ってる相手はいるのかとか。


 返ってきた答えはノー。

 心臓が跳ねる。唇が乾く。

 そして、


「じゃあさ、あたしたちもう一回付き合わない?」


 言った。

 あの時と同じ状況、あの時と似た言葉。

 違うのはマサキがここにいないだけ。


「……」


 ここではないどこかで彼が押し黙る。

 スマホを当てていない反対側の耳から、人々の喧騒がやけに大きく聞こえてくる。


 ──直観。


 そういうものが動物にはあるらしい。

 これまでの経験から来る考えだったり、思いつきだったり。

 

 なんとなく、なんとなくだけど。

 今、マサキが言葉を選んでいるのが分かった。

 それは多分私を傷つけないための言葉で。


「──」


 告げられた言葉は、聞き間違えるはずもない謝罪だった。

 スマホを持つ手から力が抜ける。


「冗談だよ」


 じゃあ、またね。

 そう言ったのは最後の意地。

 通話を切った途端、全身を支えていたものがなくなった。


 とさり。その場に座り込む。

 泣くつもりじゃなかったのに。

 どうせ今言ったって断られることは分かっていたはずなのに。


 ぼやけた視界で見上げた空は、一面花弁色に染まっていた。


 きっとこの空をマサキは見ていない。

 きっとこれから先も同じ想いを抱くことはない。


 それでも、あたしはまだ君に恋してる。

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