忘却の焔

陰東 愛香音

プロローグ

お披露目

 この日、同盟国家や親睦関係の深い貴族や近隣国の王族達が招かれ、デルフォス王国はいつになく賑やかさを極めていた。


 中庭やダンスホール、城内の廊下、さらには城を出た市街地さえも、多くの人々に埋め尽くされて国全体がお祝いムード一色になっていた。


 それもこれも、今日と言う日が私の誕生日だからだ。しかも、20歳と言う大きな節目に当たる年齢の誕生日だからといって、養母が随分前から張り切ってこの生誕祭に力を注いできたせいでもある。


 養母と言うのは読んで字の如く、彼女は私の実の母ではない。彼女の夫である人も私の養父だ。そしてこのデルフォス王国の王様と王妃様であり、必然的に私の立ち位置は“王女”と言う事になる。


「マーヴェラ。この生誕祭はあなたにとって大きな節目となるパーティよ。同時に、あなたの正式なお披露目の場でもあるの。あなたは持病の関係もあってこれまで人前に出る事はなかったけど、今日は出席してもらうわ。大丈夫、席に座ってるだけでいいの。あとはあたしとレルムさんで何とかするから」


 艶やかな黒髪を綺麗に結い上げ、嬉々として微笑む養母に思わず苦笑いを浮かべた。


 私は昔から心を許した相手としかまともに話をする事ができず、人一倍、いや、人の何倍も人見知りが激しい。それが、いきなりこんな大勢の人の前に出る事になるなんて……。もちろん、皆が誕生日を祝おうとしてくれる気持ちはありがたいのだけど……。


 これまでは本人不在で行われていた誕生日パーティ。

 でも今日は私が初めて人前に出る本人在籍のパーティである為か、当然ながら皆の注目を集める。


 どこを見ても人、人、人……。沢山の人で普段は広々としているはずの部屋も狭く見えた。


 うんざりするのは何もこの人の多さだけじゃなかった。他ではまず見る事のない、この少し癖のある赤毛に緋色の瞳をした自分を、数奇な目で見てくる人々の視線が嫌だったのだ。


「マーヴェラ様。ご機嫌麗しく存じ上げます。私はシュメール・グリッセン公爵と申します。この度は20歳の誕生日、誠におめでとうございます。我らボンダム王国よりマーヴェラ様への贈呈品として、この金の髪飾りを贈らせて頂きます」


 恭しく頭を下げるシュメール公爵を玉座から見下ろし、私は言われていた通りニコリと作り物の笑みを浮かべ静かに会釈をして見せた。


 あぁ嫌だ。この男も同じだ……。


 顔を上げたシュメール公爵の視線に、珍しいものを見るような、それでいて絡みつくようなねっとりとした物を感じて寒気がした。


 珍しい身形をしたこの王女を、何としてでも我がものにしてやろう。


 先ほどから挨拶に来る男達の表情からは、そんな下心が隠す事無く駄々漏れだ。言わば、話題性のためだけに狙っているようなものだ。


 何も言わずただ微笑んで座っているだけでいいと言われても、嫌が応にもそんな人間達の相手をしなければならないのだから、自分にかかるストレスは途方も無い。


 いつ終わるとも分からない各国からの貴族達の挨拶と、用意された贈呈品が山のように積み上がる中で仮面のように笑みを見せていた。


 早く終わればいいのに。


 一体何人の人々の相手をしてきただろう。半ば疲れ始めた頃にそれとなく気を紛らわせる為、何気なく顔を上げると周りの人間達が送ってくる視線とは別の視線を感じ取り、首を傾げた。


「……?」

 

 挨拶をしている貴族から視線を僅かにずらし、そっと視線の感じる方へ顔を向ける。

 自分を見つめる男達の人垣の向こう側から、目元を緩めて微笑む男の姿があった。

 長く緩やかなくせっ毛の金髪の男。暖かなオレンジ色のその瞳は真っ直ぐこちらを見つめている。

 

「!」

 

 思いがけず、かち合ったその眼差しにギクリとなり、顔を強ばらせて慌てて視線を目の前にいる貴族へ戻した。


 あの男を知っている。

 王族ながらその自覚がなく、いつもふらふらと共も連れずに出歩き、庶民や貴族など関係なく毎日のように違う女を連れて歩いていると言う、女にだらしのないと噂に名高いリディル王子だ。


 デルフォス管下にあるトルバトス王国の第一王子でありながら、どういう訳か王位継承権を持たない彼は、日頃好き勝手に出歩いているという話は聞いている。記憶が正しければ、こんな他国に招かれるようなパーティは毛嫌いして近寄らなかったはず。滅多に顔を見せることがないと定評のあるそのリディルが、なぜここにいるのだろう……?


 もう一度おそるおそる視線を上げると、またリディルと視線がかち合った。

 彼があどけない少年のような笑みを浮かべて微笑み、ひらひらと手を振った瞬間再び視線をそらした。


 何なのだろう。知り合いでも何でもない、ただ噂話を聞いた事があるという程度の人間が、さも仲の良い友人に会ったような素振りで馴れ馴れしく手を振ってくるなんて……。

 あんな人間に目をつけられたとあっては、何かと面倒な問題が起きる。出来れば関わりたくない。


 そう思っていたが、この彼との出会いが私の人生を大きく動かすことになるとは、当然ながらこの時は思っても見なかった。


 一体自分が何者で、どんな人間なのか。そして彼と関わる事でそれまで知らなかった事を、自分を含めて周りも知っていく事になる。

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