アンドロイドとステロイド

アズマライト

第1話 老夫婦と菊の庭園

 2035年4月24日火曜日。午前9時55分。

 東京都日野市にある。目的地の一軒家に到着。

 

 まばらに家が立ち並ぶ住宅街に、一台の白いバンと軽トラが到着する。

 音もなく停止し、白いバンからは四人、トラックからは二人、同じ作業着を着た屈強な男達が、次々と降りていく。

 私たちはリーダーを先頭に隊列を組み、静かに、目的地の民家に接近する。

 平日の午前中。子供は学校に、大人は仕事に行っている時間だが、この辺りは、高齢者が多い。そのため、余計な物音を出さないように注意する。  

 

 玄関前に到着。リーダーがインターホンを鳴らす。

 数秒の後、住人と思われる女性の、皺がれながらも、落ち着いたトーンの返事が返って来る。

「はぁい? どちら様ですか?」

 リーダーの男は息を吸い、マイクに向かって笑顔を向けて、元気よく、はっきりと挨拶をする。


「おはようございます! レンタルマッチョです! ご依頼を受けて参りました!」



********************



「ごめんなさいねぇ……自分で電話しておいて、今日がその日だって、すっかり忘れちゃって。お茶くらいしか出せずに申し訳ないねぇ」

「いえ、前回のヒアリングの時に十分おもてなしして頂きましから! 橘さんもお変わりなく、元気そうで何よりです」

「あら? そうだったからしら、そんなことも忘れちゃって。ええと、他の方は中に入らないくていいいのかしら?」

 今回の依頼人、橘婦人が部屋の中からこちらを見ている。事前に伝えてあったとは言え、こうして実際に屈強な男たちが並んでいる光景は、さぞ愉快に映るだろう。

「はい、今日は作業を済ませるだけですので。それにマッチョは日光が好きですから」

「若くていいわねぇ。よろしくお願いするわ」

 深々と丁寧なお辞儀をする橘婦人に合わせ、リーダーも一礼する。それから、掌サイズの端末を取り出し、彼女に向けながら、今回の依頼内容の最終確認を行なう。

「今回のご依頼は、庭に植えてある菊のしょ……片付け、で、よろしいですね? お変わりなければ、こちらに指紋で印をお願いします」

「はい、綺麗さっぱり処分しちゃって下さい」

 そう言いながら、橘婦人は、震える指を画面に押し付ける。

 その震えは、機械への不慣れによるものか、それとも……。

 リーダーは、用事の済んだ端末をポケットに仕舞い庭に目を向ける。

 視線の先にあるのは、雑草の生い茂るレンガ作りの花壇と、土しか見えない植木鉢だった。

「あの植木鉢もですよね? 見たところ、かなりの数がありますが……全て?」

「ええ、全部、お願いします。少し前までは、主人が毎日、それこそ我が子のように世話をしていましたが、最近は認知症がひどくて、とても手が回りません。私も歳ですし、このまま放置しても虫の住処になってしまいますから、綺麗さっぱり、片付けて下さい」

「了解しました。それでは作業に移らせていただきます。何かございましたら、すぐにお声がけください!」


 リーダーが庭に戻り、五人の部下を前に作業内容を伝える。もちろん、全員事前に仕事内容は知っているので、こちらも、こちらの、最終確認をしただけだ。

「それでは各自、作業開始!」

「「よろしくお願いします!」」

 いつも通りの掛け声と同時に、作業を始める。


 

********************



「これって、僕たちがするべき仕事なんでしょうか?」

 開始して数分、隣で作業する、鳥羽に疑問を投げかられる。

 彼はまだ入社して日が浅いが、素直でよく働くため、リーダーからの信頼も厚い。

 この疑問も、ただの世間話ではなく、彼が仕事に集中する中で浮かび上がった、本質的な問いなのだろう。

 私は、手元では植木鉢の土を袋に詰める作業を続けながら、答えを返す。

「『レンタルマッチョ』はなんでも屋だ。株の運用やバグの修正はできないが、このような簡単な力仕事であれば、むしろ一番の得意分野だろう」

「それはそうなんですが……僕が言いたいのは、庭の片付けって、普通であれば庭師とか、もしくはリサイクル業者に依頼する仕事ではないでしょうか? どうして僕たちマッチョに? もしかして、依頼人の趣味だったり……なんて」

 他の業者を引き合いに出したことが、自分たちの価値の否定に捉えられると思ったのか、鳥羽は冗談めかして語尾を濁す。

 確かに、それは私も当初は疑問に思っていたことだった。そこで、事実を交えて納得できる説明をする。

「庭師は『作る』仕事メインだ。それに、高齢化と人手不足で、ちょっとした依頼でも非常に高額だと聞く。リサイクル業者にも連絡をしたそうだが、回収しか請け負わないそうだ。あの老夫婦に、この片付けと分別を自力で行うのは難しいだろう」

「なるほど……つまりは力持ちの、ちょっとした雑用係が欲しかった訳ですね」

「その需要に応えることが、俺たちの存在意義そのものだ」

 それからは、二人して、黙々と作業を続けた。   

 こちらの植木鉢班は、予定よりも早く、作業が終わりそうだった。 


********************


「おい巻野お! 何やってんだ!」

 土で満杯になった袋の口を縛って閉じている時に、花壇の方から、リーダーの怒声が聞こえて来た。

 見れば、巻野の足先に、レンガが転がっていた。

 あちらの班は、雑草と土の除去、並びに、レンガ組みの花壇の解体を行っていたはずだ。

 なるほど、恐らくレンガの解体作業を足で行い

、リーダーの逆鱗に触れたのだろう。

 他の三人の男は、我関せずといった風に、中腰の姿勢で花壇の解体を続けている。

 地面に敷いてある分や、埋まっている部分も掘り起こす必要があるため、想像以上に大変そうだ。

 疲労か、地道な作業への飽きか。

 巻野は悪びれることなく、真っ直ぐリーダーに向き合って反論する。

「何って、効率化ですよ。遊んでいた訳でもサボっていた訳でもありません。依頼は、庭にある物の処分でしょう? その目的さえ達成できれば、手段は自由なはずです。足で片付けて何が悪いんですか?」

「本当に手段を問わないのなら、ブルドーザーでも持ってきて更地にすればいいだろう! どうして人間に、俺たちに依頼して下さったのか考えろ! この花壇は……この家の夫婦が若い時に、仕事の合間を縫って、丹精込めて作ったんだぞ! それを足蹴にするのか!」

「だったら丁寧に作業する人達に依頼すればいい。俺たちみたいな力自慢の集団じゃなくて」

「丁寧に作業するのに力が必要だから、俺たちに依頼が来たんだ!」

「リーダー、植木鉢の作業が粗方終わったので、こちらの作業を手伝います」

 私は、なおも食ってかかる巻野に、今にも殴りかかりそうになっているリーダーに、後ろから声をかける。

「ああ、ご苦労様……ちょっと、橘婦人に進捗を報告をして来るから、この場を頼む」

「了解」

 私はリーダーの背中を見送りながら、地面に散らばったレンガを拾い集め、端に寄せて置く。

「そんなことしても意味ないだろ。それよりも、早く仕事を終わらせた方がお互いの為じゃないのか?」

「このレンガは、もう何十年と雨風に晒されて脆なっている、乱暴に扱われ、砕けたりしたら、後片付けが面倒だ」

「……後でまとめて拾い集めればいいだろう」

「そうか? ではその仕事は巻野に任せよう。リサイクル業者に回収して貰えなくなるから、土との分別もしっかり頼む」

 その言葉を聞くと、巻野は、その場にしゃがみ、レンガ集めを手伝い始める。

「それから、回収したレンガの状態が良ければ、業者からキャッシュバックが受け取れる。それは回り回って私たちの給料に反映させるのだが、それも要らないと言うのなら……」

「もういいよ!」

 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、巻野の手つきは劇的に、丁寧なそれへと変化した。

「安堂さん!」

 突然、植木鉢の方で作業をしていた鳥羽に呼ばれる。

 鳥羽がこれほど取り乱した声を出すのは珍しい。

 私は、すぐに戻った。



********************



「どうした?」

「これ……どうしましょう、依頼では、全て処分

、ですよね?」

 そういって鳥羽が差し出した植木鉢を覗き込むと、明らかに雑草でない命が、芽吹いていた。

「……リーダーに判断を仰ごう、今なら依頼人と一緒に居るはず……」

 そう言って家に振り向いた、その瞬間。

 私の顔目掛けて、長い柄のついた枝切り鋏の、鋭利な先端が、突き立てられた。

「安堂さん!」

「大丈夫だ」

 私は、口を開いた猛獣の牙のように迫る刃先を、軍手を嵌めた両手でもって、しっかりと掴み取る。

「わしの……わしの子供を返せええええええ!」

 声の主は、依頼人の主人だった。

 認知症を患い、車椅子がないと出歩けないと聞かされていたが、なかなかどうして、元気じゃないか。

 齢七十を過ぎた老人の力とは思えない。

「この泥棒! 庭を滅茶苦茶にしおって! わしの命よりも大事な菊を……よくも……!」

「あなた! やめて!」

 騒ぎを聞きつけ、橘婦人が慌てて止めに入る。

 先に着いたリーダーが体を押さえると、老人は

力尽きたように、その場に座り込む。

 それから、彼の表情が怒りから悲しみへと変化し、目には涙を溜めて、懇願を始める。

「お願いだ……やめてくれ、息子がいなくなった今、それが唯一の……連れて、連れて行かないでくれぇ……」

「本当にごめんなさい! 主人が取り乱し、大変あな迷惑をお掛けして。事前に説明はしたんですけれど……それにしても、こんなに動けるなんて」

「私は大丈夫です、それよりもご主人を」

「今、車椅子を持ってきますね! 安堂、こっちは任せて、お前は手の治療を」

「了解しましたリーダー。……鳥羽、『それ』を頼む」

「え? あ、わかりました!」

 鳥羽は、床に落ちて割れた鉢の中身を、丁寧に拾い集める。



********************



 その後の作業は順調に進み、予定通りの時間で

、仕事を終えることができた。

 庭はきれいさっぱり更地になり、土やレンガや植木鉢は、軽トラの荷台に積んである。

 本来であればこのまま撤収するのだが、橘婦人からどうしてもお詫びがしたいと迫られ、私とリーダーが、少しだけ家にお邪魔することとなった。

「本当に申し訳ございませんでした! そちらのマッチョの方、お怪我の程は……?」

「どちらもマッチョですが、私は大丈夫です」

 そう言って、傷一つない手のひらを見せる。

「あの軍手のおかげです。土の中にはガラスの破片や金属片が埋まっていることも多いので、こういう作業の際は、防刃処理の施されている軍手を着用するんですよ」

「良かった……ですが、これはお詫びの気持ちとして受け取ってください」

 手渡されたのはスイカだった。

「この季節に、珍しいですね」

「屋内プラント? 野菜工場? だったかに勤務する親戚から、よく送られれてくるんです、見た目は少し悪いですが、味は絶品ですよ」

「ありがたく、頂戴します」

 私は受け取ったスイカを、そのままリーダーに手渡す。

 そして、空いた手で、土の入った植木鉢を机の上に置く。

「これは……?」

「芽が出ているのを、庭で発見しました。それだけなら、室内で育てられるのではないでしょうか?」

 その植木鉢を手に取った婦人は、驚きの声を上げる。

「おやまあ? 随分と軽いですね? この植木鉢、うちにあった物ではないのですか?」

「はい、元々の鉢は落として割ってしまいました。それは、セラミック製の非常に軽いタイプです。表面の四角い部分を触ってみて下さい」

 婦人は言われた通り、表面を指でなぞる。すると、その場所がぼんやり光り、水玉のマークが点滅する。

「え? なんでしょうか? これは」

「その鉢にはセンサーが内蔵されていまして、水分や日射、肥料の不足をそうやって知らせてくれるんです。太陽電池も内蔵されているので、日の当たる場所においておけば、ずっと使えます」

「こんな素晴らしいものを……どうしてですか?」

 そこで、リーダーが私に代わって説明する。

「すみません、『全て処分』というご依頼でしたが……先日、この家を訪れた時から、大切な菊を、一輪でも残せないかと考えてたんです。そこで、そのポットを、こっそり持ってきてしまいました。依頼料に、勝手に上乗せまでして。余計でしたら、もちろん返金いたしますが……」

 リーダーの言葉に、婦人は、涙を押し殺して首を振る。

「そんな……とんでもございません! そんなところにまで気を回して頂いて……! 実は、私も最後まで迷っていたんです。本当に、一つ残らず処分してしまって良いのかと……今では主人の、唯一の生き甲斐のようなものですから」

「……失礼ですが、息子さんは?」

「専門学校に通うため都心で一人暮らしを始めてから、音沙汰がありません。プログラミングの勉強をすると言っていましたが……このご時世、立派な職は得られているんでしょうか?」

「ここ数年で、銀行や不動産を含め、ほとんどの職業は機械に置き換わってしまいましたからね。定職に就けるのは、ほんの一握りの天才だけですよ。しかし、世の中には、まだまだ人の手でしかできない、立派でなくとも、誰かにとって必要な、そんな仕事もあると、私は信じています」

 


********************



 それから数週間後。

 『レンタルマッチョ』西東京支店にて。

 私は、リーダーから唐突に話しかけられた。

「安堂、少し前に、庭の片付けを依頼してきた老夫婦、覚えてるか?」

「はい、鉢をプレゼンントした……何かあったんでしょうか?」

「息子がひょっこり帰ってきたらしい。どうやら定職に就けずフラついていて、それを恥じて家に帰れなかったそうだ」

「では、庭の片付けをする必要はありませんでしたね」

「いや、それが顔だけ見せてまた出て行ったようでな。仕事探し、また再開するらしい」

「……いっそ、うちに誘ってみたらどうです?」

「老夫婦が既に提案したそうだ。そうしたら『そんな変な仕事は勘弁』だそうだ」

「変な仕事。まあ、そうですね」

「と言うことで安堂、少し付き合え、もっと変なことをしに行くぞ」

「はい」

 一体何が『と言うことで』なのか分からなかったが、こちらが本題のようなので、素直に従う。

 リーダーはレジャーシートのようなものを抱えて、外に止めてある社用車に乗り込んだ。

 行き先は、あの老夫婦の家だ。



********************



「はい? どなたでしょうか?」

「レンタルマッチョです! この前はどーも!」

「ああ! マッチョさん! どうぞお入りください」

 出向かえた婦人は、前に会った時よりも、すっきりとした表情だった。

 まるで、長年の憑き物が落ちたように。



「それで、今日はどういったご用件です?」

「営業じゃありませんよ。プレゼントを持って来ました!」

 そう言ってリーダーは、机の上に、そのレジャーシートのような物体を折り畳んだまま乗せる。

 ちょうど、座布団くらいのサイズだ。

「これは……? レジャーシートですか? せっかく持って来ていただいで恐縮ですが、もう主人にはピクニックをするような体力はありません……」

「いえ、これはレジャーシートではなく、立体ホログラム発生装置です」

 そう言ってリーダーは手元のリモコンを操作する。

 すると、シートの上に、植木鉢と、満開に咲き誇った菊が浮かび上がる。

「うわあ……! すごくきれいですね! 遠目では本物と見分けがつきません!」

「手入れする楽しみはありませんが……その代わり、天候に左右されず、一年を通して、鑑賞することができます」

「いいんですか? こんなものを頂いて……? お代なら払います」

「それには及びません。実はこの前回収した、土やレンガをリサイクルした対価で得たものです。さらにまだこれは試作品の製品でして……お宅のお庭でテストさせてもらっても構いませんか? それとも、室内で?」

「お庭に、お願いします。菊は、日光が好きですから。それに、室内には、本物がありますので」

 婦人の目の先には、最新式のセラミック製のポットがある。その中には、長い時代、挿し芽によって生き長らえた菊が、芽を伸ばしていた。



 帰りの車にて。私は、世間話のつもりでリーダーに話しかける。

「これは私が鳥羽に聞かれたことなのですが……どうして、彼女は私たちマッチョに依頼したのでしょう? より優れた適任は、大勢いる思いますが」

「物事は大抵、最高じゃなくて、最適で十分なんだよ。少し至らない部分があるからこそ、それを他の部分で補おうとする。全員のボーナスを寄せ集めてホログラムシートを買ってプレゼントする。もし、巻野が一部の隙もなく完璧に仕事をこなすタイプだったら、この発想には至らないだろう」

「そうですね」

「お前もだよ。ウチに来た当初だったら、きっと菊の芽も関係なく捨てていた、気づくこともなく。そして枝切り鋏の件で慰謝料まで請求していた」

「そこまではしませんよ。しかし、ポットのプレゼントはしなかったでしょうね」

「成長するには余裕がないとな。人も、菊も。あ、そうそう、あこれは聞いて驚いた話なんだが、あの認知症のご主人、昔は競技カヌーで日本代表に選ばれたこともあったそうだ」

「競技カヌー……」

 私は聞き慣れない単語に、検索をかける。出て来た画像には、どれも、ボートを抱えた筋骨隆々とした男性写っていた。

 なんだ、やはりあのご婦人の趣味ではないか。









 






 

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