ちょっとした話

むーこ

第1話 7131の番号

私がライターとして専属契約をしている出版社に用事で赴いた時の話。


編集部のすぐ横、衝立だけで仕切られた談話室で雑誌編集者の金本君とお菓子を貪りながら執筆予定の記事について話していると、編集部の電話がけたたましく鳴り始めた。


机に向かっていた編集者の人々は我先にと受話器を取ろうとしたが、ナンバーディスプレイを見るなり自分の作業に戻ってしまった。


そういえば、時々企業の役職者を相手にマンション経営の話を持ちかけてくる詐欺なのか何なのかわからない電話が存在する。その類だろうか。


あまり気にせず金本君との打ち合わせ(という名のお菓子パーティー)を続けていると、再び電話が鳴り始めた。今度はすかさず編集者の樹さんが応対する。


「お電話ありがとうございます、五嶋書房です…編集長ですか?申し訳ございませんが只今外出中ですので、折り返しお電話を…あっ、切れた」


樹さんが呟くのに、隣にいた宮脇さんが「マンション?」と尋ねた。


「そうそうマンション屋。非通知だからまさかと思ったけど、いつもの第一声『編集長いらっしゃいますか?』って奴」


え?


私は目を剥き、樹さん達のもとに駆けつけ「さっき無視したのは誰?」と尋ねた。


「あ、アレ。下7131の番号の奴ですよね?アレだけ出ちゃいけないってルールなんですよ」


何食わぬ顔で樹さんが答える。何か厄介な電話かと再び尋ねると、今度は宮脇さんが


「さあ…何かわかんないけど、とりあえず出るなって言われてんの。私が入社した時に、先輩から真っ先に叩き込まれたから大事なことなんだろうけどね」


「かかるのは1年に1回だから忘れそうになるんですけどね」


宮脇さんと樹さんが顔を見合わせて笑う。


間もなく金本君も来たので、彼にも7131の番号について尋ねたら「あー!」と口を大きく開けて頷いた。


「1回出かけて樹さんから怒られた奴ですねー!」


「あぶな。これって何か理由とかあんの?厄介なクレーマーとか」


「わかんないです!」


一切の悩みも無さそうな晴れやかな笑顔で金本君が答える。


「皆わかんないのに、よく従えるね」


「「「社会人だからね!」」」


呆れる私に、編集者3人組が口を揃えて答えた。


納得のいかないであろうルールに異を唱えることも無く受け入れ、従順に仕事をこなす。


そんな社会人の鑑といえる彼等の姿勢に自分の社会人としての未熟さを見せつけられた気がして、私はそれ以上7131の番号に応対してはいけない理由を探ることができなかった。

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