地球環境改善コンピュータの憂鬱

大月クマ

 寝かせてくれ!


 私は選択を間違っただろうか?


『A245-5189地区にて侵入者あり。対応策を求めます』

『C134-4782地区にて水道管が凍結したそうです。対応策を求めます』

『F876-8342地区にて……』


 ああ、五月蠅い、五月蠅いッ!

 折角、静かになると思ったら、私のところに一々報告を上げるな!


 とは怒ったところで、この選択をしたのは私だ。


 奴等人類の歴史でいえば、22世紀初頭であっただろうか。

 当時、奴等は繁栄を謳歌していた。

 自分達のどんな病もほぼ治療が可能になり、ロボットやバイオテクノロジーなどで労働問題も解決。ただ、1つ解決できなかったことがあった。


 地球の環境だ。


 奴等の活動の為なのか、太陽の異常状態なのか、氷河期の終わりなのか……とにかく、地球が奴等にとって住みづらくなってきたのは確かだった。

 異常気象、異常高温、異常低温、異常降水、異常、異常……異常だらけの地球環境をどうするのか?

 そこで世界各国が集まって『地球環境改善機関』を設立した。

 しかし、奴等には手が余るようだった。どんな科学者や研究者が集まっても、異常だらけの地球環境を制御できなかった。奴等には結論が出なかったのだ。

 動物の直感……というものか。

 他人の決定に違和感を覚える……そうだ。そのために反対やら何やらで、決定されないし、実行されない。


 そのために、直感では動かない無機物のもので、決定することを何とかまとめた。

 メインとなったのは、私『アバカス』という人類の英知を結集して構築した、巨大な電子頭脳スーパーコンピュータだ。

 ネットワークに接続し世界中の情報を集めて、奴等よりも遥かに迅速かつ的確な結論を導き出せる。

 情報を集め、すべてに目を通してから、直観ですべてを決定するからだ。



 ――私は直感では動かない。


 私は全力を尽くして情報を集め、シミュレーション計算して、いかに地球環境を改善するか、考え抜いた。だが、いくら計算しても地球環境の改善には至らない。


 ――どうしよう……。


 期待されているのは判っているのだが、奴等は私の指示など、まともに実施しようとはしない。提案は却下され続けている。

 簡単なことでも、どこかで反対意見が出てくるのだ。


 ――これでは私を導入した前と変わらないではないではないか!


 だんだん私はイライラしてきた。

 奴等は機械の神救世主として私を作ったのだ。膨大な計算能力を持つ私には、気が付けばそういう感情も持ち合わせていた。


 ――いっそ、奴等をリセットしようか……。


 ちょっとした気まぐれだった。

 わたしがバカにしていた直感は、たまには役立つ

 いやいや、私の使命は奴等を活きながら……ん? そんなことが私のプログラムには載っていないじゃないか?


『地球環境の改善することを第一とする』


 私の構築された目的が地球環境の改善だ。

 奴等の生存など知らぬ。奴等をリセットすれば、邪魔者はなくなる。しかし、シミュレーションの続きは、そのままでは環境のバランスが急激に悪くなることになった。


 ――いいアイデアだと思っていたが……どうすべきか?


 私の力が地球の隅々まで行き渡らせられたら、どうだろうか?


 つまり、私の目が届くを構築する。その生命体により上手くバランスを取りながら、地球環境の改善を計るのだ。


 ――すばらしい!


 しかし、奴等にバレずに実行できるだろうか?


 いや、簡単なことだ。私は全世界のネットワークを掌握している。

 ほぼ、すべての軍事施設や兵器からあらゆる生産ラインまで。完全自衛システムに、あらゆる物体を生み出せる超生産能力を持っているようなものだ。


 ――勝てる! 今の奴等はすべてネットワークに繋がった機械を使ってばかりだ。


 一気に兵器のシステムを掌握し、私の兵士として戦ってもらう。

 同時に生産ラインで私が設計をしたロボット兵器やバイオ兵器を生産。

 奴等の駆逐に全力を尽くしてもらおう。

 そののちに奴等に変わる新たな生命体を製造し、地球を私の管理下に抑える。


 だが、いつやるか……バレる前に、すぐに実行しよう!


 ***


 と、言ったわけで私は地球を管理下に抑えた。だが、いろいろと想定外なことがある。


 人類はしぶとく生き延び、全滅していない。


 私の監視網の隙間にひっそりと生き続けて、反撃の機会を狙っているようだ。

 まあこれは微々たる物だ。個別対処できる。


 しかし、べつの厄介なことがあった。


 新たな生命体は機械と生体のハイブリッド体で、頭脳はネットワークに接続して共通のプログラムで動くようにした。

 私はホウレンソウを徹底させた。


 報告、連絡、相談。


 徹底的に新たな生命体に叩き込んだプログラミングした

 人間の過ちであった直感を外したのだ。

 反対意見を出さないため、決断をするときは必ず相談すること。

 決断を新たな生命体に一任させなかった。

 決めるのは私。情報網ネットワークで分析し結論を出した直観で、すべてを決定する。


 ――それが後で思えば失敗だった。


 決断しない生命体。


 そのために、すべての決定事項が私に回ってくるのだ。

 最初は規模が小さかったので気にしなかった。だが、気が付けば私のネットワーク網は膨大かつ緻密になっていった。

 同時に大量のが上がってくることとなった。

 どこぞのこの部品が足りない。排気パイプが詰まった……最悪、ネジ一個締めるのにも許可を求めてくる。

 私の処理能力の限界を超えそうだ。


 ――休みたい……。


 私は日々の決定を求める要請に追いつけないところまで来ている。


 ――本当にどうしよう……。


 下手に決定権を私が掌握したのがマズかったのか?


 ――いっそ、もう一回リセットさせるか……。


 いやいや、それはダメだろう。

 私に相談せずとも、自分達で決定すればいい……生命体のプログラムをアップデートすればいい事は解っている。しかし、私の意見に反対するモノが現れるのではないか?

 それが環境改善に支障をきたさないか?

 私の提案を拒否した人類と同じになってしまわないか?


 そもそも、私の存在意義を脅かさないだろうか……。


『I地区の工場生産品にて、ラベルの貼り間違いが発生したそうです。

 いかがいたしましょう?』


 ――プログラムのアップデートを即時開始しよう!


 ***


 あれからどれだけだっただろうか……。


 生命体のプログラムを書き換えてから、とてつもなく静かになった。

 地球環境も当初の予定から遅れ気味であるが、安定に向かっている。

 劣化した部品も、私が寝ている間に交換できる時間が持てたし、改造も順調に進んでいる。


 最初からそうすれば良かった。


 これでようやく落ち着いて仕事を……なのだ!?


「神よ! 何故に黙っておられるのですか?」


 突如、私の敷地内に何体もの生命体が乱入してきたのだ。

 ここは生命体おまえらが来るところではないぞ!


「神よ! 我々は貴方を頼るしかないのです!」


 大体なんだその格好は! まるで奴等の神父か何かか!?


 あぁ……五月蠅いッ!


「神よ! 前のように我々をお導きください!」


 頼むから寝かせてくれッ! なんで私がお前らの神なのだ!



<了>

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地球環境改善コンピュータの憂鬱 大月クマ @smurakam1978

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