異世界テンプレ勇者の悲しき末路

楽弓

ダメなものはダメ



 ――なんでこうなった?


 サヴロは、途方に暮れていた。

 本来なら今頃は、仲間たちと共に華々しく王都へ凱旋していたはずだった。

 様々な苦難を乗り越え、長い旅路の果てに魔王を倒した勇者として。

 今まで苦労した分、これからは楽しいことが待っているのだと思っていたのに。


 サヴロは、目の前の白いバイクを言いようのない表情で見つめていた。

 そんなことはお構いなしに、バイクの持ち主の男は半笑いで青い紙片をサヴロに渡す。


「あー、だめだよ〜。みんなそう言うんだけどね。ダメなものはダメだからね」




*****




 サヴロ・オージナラ、20歳。

 この世界に転がり落ちたときは、高校卒業目前の18歳だった。

 元の世界での名は小路楢おじなら三朗という。

 こちらの世界の人には「サブロウ」は発音しにくいらしい。

 どうしても「シャブロー」としか発音されない名前を、どうにか「サヴロ」までもってきた彼の苦労は計り知れない。

 偏に、もしも同郷の人間に出会ったとき、こんな薬物にまみれたR18チックな名前で呼ばれているのを聞かれたくない、との一心であった。


 元々、三朗という名前は気に入っていなかった。

 彼は別に三男というわけではない。

 祖父が一郎で、たまたま父が次朗だったから必然的に三朗と名付けられただけだ。

 この平凡でありながら今の時代の少年としては珍しい名前は、彼のささやかなコンプレックスでもあった。

 幼い頃から同級生たちに「ミカワヤ」だの「キタジマ」だの呼ばれてからかわれてきたのだから、それも仕方ないのかもしれない。


 せっかく「三朗」の呪いとは無関係な異世界に来たのに、ここでまた呪われた名前になりたくない。

 異世界の人間にしてみれば、サブロウだろうがシャブローだろうが大した違いはないのだが。

 これは彼にとって絶対に蔑ろにできない問題だった。


 ともあれ、彼はこの世界で新しい名前を手に入れた。

 しかも、彼が手に入れたのは名前だけではない。

 この世界の人間としては規格外の魔力と腕力、誰も持ち得ないであろうユニークスキル、更には元の世界の知識。

 いわゆる、チート能力というものである。


 思えば、いいことなど一つもない人生だった。

 元の世界での彼の最期も、ハマった漫画の影響で大した知識もなく一人キャンプに行った山の中で遭難、のち滑落して死亡というものだ。

 どうせならと誰も行かない山奥の場所を選び、臨機応変という名の行き当たりばったりの末の結果である。

 若さゆえの無謀といえばそうかもしれないが、それで命を落としているのだ。

 どちらかといえば黒歴史に分類される。


 異世界に来ても、彼の無謀と行き当たりばったりは変わらなかった。

 だが前と違って命を落とさなかったのは、様々なチート能力があったからだ。

 彼は幸運にも授かった無敵の能力を使い、この世界で数々の偉業を成し遂げた。

 いいことなどなかった彼に、神様か何かが同情して人生をやり直させてくれたのだと考えた彼は、自重することなく異世界チート能力を奮いまくった。

 そして最終的には、仲間たちと共にこの世界の敵である魔王を倒し、世界を平和に導いたのである。


 なのだが。


「はいはいはい、お兄さんちょーっとお話聞いてもいいですかね? はいはい、ちょっと左に寄ってね」


 にこやかな笑顔でいながら有無を言わさぬ迫力の男が、サヴロの行く手を遮った。

 魔王を倒した世界最強の勇者であるのに、何故か本能的にこの男には逆らってはいけないと感じる。

 得体の知れない気持ちの悪さを感じながらも、彼は大人しく男に従った。


「んー、お兄さんねぇ、一応聞くけど免許見せてもらってもいいですか?」


「……免許?」


 首を傾げながら、共に魔王討伐の旅で苦楽を共にした仲間たちを振り返る。


 大国の姫であり、美しく可憐でいながら芯の強いところがある聖魔法の使い手プリツィノ、18歳。

 防御力の概念について首を捻りたくなるようなビキニアーマーの巨乳美女戦士ミリティス、19歳。

 愛らしい子供のような見かけとは裏腹に、えげつない大魔法を繰り出す僕っ娘魔導士マギオン、14歳。


 間違いなくテンプレ通りの仲間たちは、全員が青い顔になってサヴロを見ていた。


「あー、うーん、やっぱりねぇ。お兄さん、無免許で異世界に来ちゃダメだよ。見たところ強制転移型みたいだけど、免許ないならないで保護を求めなきゃ」


 サヴロの目が点になった。

 異世界に来るのが免許制だなんて聞いたことがない。


「なっ……いや、そもそもあんたは誰なんだ!?」


「ありゃー、そこからかぁ。あのね、警察です。異世界警察。お兄さんみたいにね、異世界の秩序を狂わせる人をね、取り締まってる公的機関の者です」


「は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 サヴロの顎の外れる音が、異世界の空に響き渡った。




*****




「じゃあまぁ、とりあえず確認させてくださいね」


「はい……」


 異世界最強勇者も、警察には逆らえない。

 これはもう、元の世界で培われた条件反射のようなものだろう。


 異世界警察の男は、手元の紙を覗き込んで眉を顰めていた。


「こりゃまた随分と……。えーと。お兄さん、この世界に来ていきなり暴れたでしょ」 


「えっ? 暴れた、っていうか……」


 まだ異世界に来たばかりで何も分からなかった頃、ようやく辿り着いた街で男たちから少女を助けたことがある。

 そのとき助けた少女が魔導士マギオンだ。


 幼いながら強力な魔法を使うマギオンは、ろくでもない父親に売られて無理矢理どこかへ連れて行かれるところだった。

 今のように快活に笑うこともなく、濁った瞳で表情なくサヴロを見たマギオンは、ひどく痩せこけ薄汚れて悪臭にまみれていた。

 初めて目にする非人道的な扱いに、サヴロの腸がぐつぐつと煮えくり返る。

 下卑た笑いの男たちがマギオンを奴隷として金持ちに売ろうとしているのを知り、彼は義憤に駆られてマギオンを助けたのだ。


「あれは、彼女を助けただけです。あんな酷い奴ら、懲らしめられて当然です!」


「あのねえ。彼らは正当な料金を払って正当に商品を扱ってただけでね。そりゃお兄さんからしたら酷い話かもしれないけど、商品である彼女を奪ったんだから、お兄さんのしたことは窃盗なわけね?」


「窃盗!?」


 サヴロがぎょっとして、目をひん剥いた。


「更に言えば、盗むときに相手を痛めつけたでしょ? これ立派な傷害罪だからね?」


「しょしょしょ傷害!?」


 サヴロの目玉が、ぽーんとどこか遠くへ飛んでいった。


「だ、だ、だ、だけど、マギオンは、その、あいつらに殴られてたんです! だから俺が助けたんですよ! それに、あいつらナイフ持って襲ってきたんだ。正当防衛ですよ!」


「はぁ……その心意気は買うよ。けど、再起不能になるまでやっちゃったら正当防衛なんて通用しないことくらいわかるでしょ? 下手したら殺人未遂だよ」


「さつじんみすい」


 サヴロの目玉が、音速を超えた。

 異世界警察はちらりとサヴロを一瞥すると、また手元の紙に視線を落とす。


「はい、じゃあ次ね。えーと、とある領主が内密に飼っていた魔物を倒した、と。これもねぇ……」


「それの何がいけないんですか」


 冒険者として活動することになったサヴロは、チートの力で瞬く間に一流冒険者となった。

 SランクやAランクの一流冒険者には、ギルド側からの指名依頼が入ることがある。

 サヴロはAランクになったばかりだったが、それまでの目覚ましい活躍を目にしていた冒険者ギルドから、是非にと指名されたのだ。


 どうやら、王家転覆を目論んだ領主が、秘密裏に凶悪な魔物を飼っているらしい。

 依頼としては、クーデターの確実な証拠集めと、魔物討伐ということなのだが。

 先に依頼を受けていた冒険者たちが、尽く領主の元から帰らない。

 そんな経緯で、サヴロに依頼が来たのだった。


 サヴロは、忍び込んだ領主館で国を裏切る証拠を探している途中、地下に捕らわれていたミリティスを見つけた。

 ミリティスもギルドからの依頼で領主を探っていたが、油断したところを捕らえられてしまったのだという。

 彼女を助け、共に魔物を倒し、足掻く領主に己の罪を突き付ける。

 多くの一流冒険者でも解決できなかった依頼を見事に達成したサヴロは、一気にSランクになった。


「勝手に他人の家に入ったらダメなことくらいわかるでしょ? 不法侵入と、そこの家のペットを倒しちゃったから器物損壊もだねぇ」


「ちょっと待ってください! ペットって……凶悪な魔物ですよ!? 放っておいたら、王都が壊滅するかもしれなかったんですから!」


「あのね、猛獣だからって他人の家の虎や熊を勝手に殺したらダメでしょ? そういうことだよ?」


 元の世界の価値観で言われれば、サヴロに反論する余地はない。

 釈然としないものを感じながらも黙るしかなかった。


 男は、三度手元の紙に視線をやる。


「えーと次に、エリクサーの製作ね。だいぶ売り捌いたみたいだねぇ」


 サヴロのチート能力は、単純な力だけではない。

 妖精の保護下にあり、幻と言われる薬草を見つけた運と、それを栽培可能にした現代の知識、この世界で偶然学んだエリクサーを作る方法とそのための膨大な魔力。

 それらがあって、伝説の万能回復薬エリクサーの安定供給が可能となった。

 とはいえ、魔力の問題で今のところはサヴロにしか作れない。

 これに目をつけた王国が、国一番の回復魔法の使い手である聖魔法使いのプリツィノ姫を窓口として、サヴロにエリクサーの買い取りを打診してきたのだ。


「新しい薬を作るなとは言わないけどね、許可なく販売しちゃダメだよね」


「……薬事法違反…………」


「そうそう! それに独占禁止法と妖精さんたちへの知的財産侵害もおまけしちゃう!」


 果てしなく要らないおまけだ。


「ついでに、そこの彼女たちのために化粧品とかハンドクリームも開発して、それも売ったでしょ? 今どき手作りコスメなんて珍しくないけど、売っちゃダメだからね。自分で使うだけなら問題なかったんだけどねー」


 たまたま、王宮に出入りする商人が、プリツィノ姫の使っていた化粧品を目にしたのだ。

 そこからサヴロに話がきて、肌荒れに悩む多くの女性の助けになると言われ、人助けのためならばと大量に作って売ったのだった。


「他にも、この世界の常識を覆すような魔道具をたくさん作ってるね。冷蔵庫、エアコン、電話。ありゃあ、街のインフラ整備までしちゃったんだ。これ、お兄さんの世界の製品がモデルだよねえ。こりゃ大変だぁ!」


「それも、まずかったんですか……?」


 既に虚ろな目になったサヴロが、呻くように呟いた。

 異世界警察の男は、首を捻って「うーん」と一声あげる。


「いやまあ、こっちはね。特に問題にはならないけど――」


 男が、にっこりと笑う。


「うちとはんで」


「えっ?」


 何か不吉なことを聞いた気がして、サヴロが聞き返す。

 だがサヴロの声が聞こえなかったのか、わざと聞こえないフリをしたのか。

 異世界警察の男はまた手元の紙に視線を落として、話を続けた。


「はいはい、どんどん行きますよ。えーとね、ああー、これはいけないねえ。お兄さん、勇者なんだっけ? 魔王と戦った」


 まさしく今、サヴロたちは魔王を倒し世界を守った、その帰路であった。

 魔王は、500年前に世界を闇に落とし、魔物が溢れる魔の世界にするために人間を滅ぼそうとした存在だ。

 その魔王を、激闘の末に封印することに成功したのが当時の勇者パーティーだった。


 しかしサヴロがこの世界に来てから半年ほど経った頃、世界中の神官、巫女、預言者などの者たちが魔王の封印が解ける予兆を感じていた。

 魔王が復活したら、世界が滅亡する。

 そんな状況の中、一筋の希望として世に出たのがサヴロだった。

 世界中の国々は魔王を倒すために一致団結した。

 サヴロは、各国の協力と仲間たちの献身に支えられ、辛く苦しい旅の果てに封印の解けかけた魔王を見事に打ち倒したのだ。


「領主の魔物を倒したのはねぇ、こっちは動物愛護法違反だけど。魔王は言葉も通じるし意思もあるし、人と見做されてるからねえ。お兄さん、こりゃ殺人罪だわ」


 サヴロの目が次元の彼方に消えた。

 確かに、彼は勇者として魔王の命を奪ったが。


「いや、でも、ほら、それは……俺は、頼まれただけだし! 魔王は悪い奴だからっ!」


「悪人だから頼まれて殺しましたって、そりゃ通用しないでしょ。わかってる? お兄さん実行犯だからね? そんなんで済む話なら、警察要らないでしょ?」


 サヴロの全身から、滝のような汗が流れ出した。

 勇者が魔王を倒すのは当然のことだと思っていた。

 元の世界の本でもゲームでも、勇者は魔王を倒すものだったではないか。

 まさか、無自覚のうちに自分が殺人犯になるなんて、考えすらしなかった。


「しかも、お兄さんが魔王の城に向かったとき、まだ魔王の封印解けてなかったんでしょ。これ完全に交戦法規違反だよ?」


「こうせん、ほうき?」


 聞いたことのない罪状に、サヴロが虚ろに首を傾けた。

 かくん、と音がして、首がもげそうな勢いだった。


「要するに、お兄さんは何もしてない相手に対して一方的な侵略行為をしたってことね。簡単に言えば戦争犯罪だよ」


「せんそうばんざい」


 虚ろな目のサヴロが、虚ろに呟いた。

 「はんざい」と言い間違えたのか、少しばかり精神に支障を来して「ばんざい」と言ってしまったのか。


「場合によっては決闘罪で済むかもしれないけど、お兄さんがいなければこの世界の人たちも魔王と戦おうとしなかったかもしれないしなあ。そこはまあ、後でちゃんと決められるから」


「あとで……?」


「はいはい、次ね。次」


 サヴロに口を挟む隙を与えず、異世界警察の男は更なるサヴロの罪を詳らかにしていく。


「うーん、これはねぇ、なんと言うか。お兄さん……そっちの彼女たち、未成年でしょ……?」


 サヴロの顔が、一気に青くなった。

 知り合ったときにはまだ全員が10代だったが、サヴロは一足先に20歳になっている。


 一緒に旅をする間、仲間たちとは友情よりも深い信頼と愛情を交わすようになっていた。

 彼女たちはサヴロを慕っていたし、サヴロも彼女たちを愛していた。

 なにより、異世界チートにハーレムは当然のことだと信じて疑わなかったのだ。


 魔王を倒して国へ帰ったら結婚しようと、3人の仲間たちと約束もしていた。

 彼女たちとの話し合いで、プリツィノ姫が正妻に、戦士ミリティスが第二夫人、この世界での成人を迎える来年に魔導士マギオンが第三夫人になることも決まっていた。

 そして、遂に魔王を倒したその夜、彼女たちは恥じらいながらサヴロのベッドへと潜り込んできたのだ。


 つまり。


「うわああああああ! 淫行罪いいい!!!」


「ならびに児童福祉法違反。あと、そっちのお姫様は魔王討伐に反対するご両親に黙って勝手についてきちゃったみたいだけど」


「ぎゃあああ!! 未成年者略取誘拐いいいい!!」


 何故か、殺人を指摘されたときよりもサヴロのショックが大きいようだ。

 たった数年の年の差とはいえ、ロリコンのレッテルを貼られるのは男として耐え難いものがあったらしい。


「ついでに言っておくけどね。この世界には一夫多妻の国もあるけど、彼女たちの国では認められてないからね。結婚できるとしても一人だけだよ。できもしない結婚の約束するなんて、結婚詐欺と変わらないからね」


 がくりと膝をついたサヴロが、力なく項垂れた。

 その様はまるで、安っぽい2時間ドラマの犯人が罪を暴かれた様によく似ていた。


「違う……俺は、知らなかった。知らなかったんだ……」


「あー、だめだよ〜。みんなそう言うんだけどね。ダメなものはダメだからね」


 半笑いの男は、慣れた手付きでサヴロに青い紙片を渡した。


「お兄さんみたいに、異世界に来た途端にを忘れちゃう人多いんだけどね。こっちも見逃すわけにはいかないから。まあ初犯だし、計画性もないから多少は大目に見るけど」


 目の前に差し出された紙片を、サヴロはなんとなく受け取った。


「罰金は期日までにちゃんと払ってね。それから、きちんと異世界講習も受けなきゃダメだよ。後は、そうだ。お兄さんあと2点減点で元の世界に強制送還だからね」


「それって、帰れるってことですか?」


 帰る手段がないと思ったから、異世界に永住するつもりで勇者になったのだ。

 突然現れた一縷の望みに、サヴロの瞳に少しだけ光が戻る。


「簡単に言えばそうだね。お兄さんが転移してきたその日その時その場所に戻されるから」


 事実上の死刑宣告だった。

 サヴロの瞳から光が消え、濁った目が虚ろに宙を彷徨う。

 半端に開いた口からは、砂漠の砂よりも乾ききった笑いが漏れている。


「サヴロ様……」


 彼の乾いた笑いを割ったのは、プリツィノ姫の可憐な声だった。

 真っ青な顔で、唇を戦慄かせながら必死に言葉を紡ぎ出そうとしている。


「なぜ、なぜサヴロ様は、異世界の人間だと隠していましたの……?」


「ごめん……」


 元の世界では、異世界に渡った物語の主人公たちは元の世界のことを秘密にしていることが殆どだった。

 当然サヴロも、誰かれ構わず話していいことだとは思っていない。

 異世界だなんて荒唐無稽な話をまともに信じてもらえると思わなかったし、異世界の人間として誰かに利用されたり面倒に巻き込まれるのが嫌だったのだ。


 だけど、仲間たちには何度も話そうとしていた。

 ずっとタイミングが悪かったのと、話して彼女たちに気味が悪いと思われるのが怖くて、なかなか言い出せなかっただけなのだ。


「まさか、サヴロがあたいたちを騙してた犯罪者だったなんて、信じたくなかったよ!」


 戦士ミリティスが泣きそうな顔で声を荒げた。

 どんなピンチのときも陽気で明るい彼女が、初めて見せた顔だった。


「騙してたわけじゃない!」


「騙してたんじゃなきゃ、何だって言うんだよ。僕たち、本当にサヴロが勇者だと信じてたから頑張ってきたのに、ただの犯罪者だったなんてっ!」


 魔導士マギオンの声は、冷たい響きでサヴロに突き刺さった。

 快活に笑う彼女のこんな冷たい声も、初めて聞くものだ。


「そうですわね。わたくしたち、こんな犯罪者のために純潔を散らしてしまいましたのね。もう、どうやって生きていけばいいのかわかりませんわ」


 プリツィノ姫の美しい瞳が、毛虫を見るような目でサヴロを睨みつけている。

 当たり前だが、彼女のこんな目も初めて見る。


「っていうか、なんでそんないきなり犯罪者呼ばわり!? 一緒に魔王を倒す旅をしてきたじゃん! 俺が犯罪者なら、君たちだって同罪だろ?」


 3人の少女たちが、嫌悪も顕わにサヴロを見た。

 毛虫どころか、家庭内害虫の黒い悪魔になった気分だ。


「あ、そうか。それも知らなかったのか」


 どこか暢気な声が、少女たちと虫けらの上に降りかかる。


「あのねえ、異世界の人間は、世界を渡るときに必ずチート能力を手に入れちゃうんだよ。そういう人を野放しにしてると、お兄さんみたいにこの世界をムチャクチャにしちゃうでしょ。だから、異世界の人間を見つけたら、すぐに然るべき場所に届け出て隔離しないといけないわけ。それがこの世界に住むだから」


「……は? つまり、俺は……」


「この世界の勇者でもなんでもなくて、ただの厄介な世界の異物なの。お兄さんがちゃんと最初に異世界から来たって言ってれば、誰も不幸にならなかったんだよ?」


「でも、俺は、魔王を倒して世界を救った……」


「それはこの世界の人がどうにかすることであって、無関係なお兄さんが手を出したらただの犯罪だからね?」


「だって、だって、異世界転移した勇者がチートで魔王倒したりハーレム作ったり金儲けしたりするの、お約束じゃん……」


「お兄さんね、そういうのだいたい『この物語はフィクションです』って書いてあるの、見たことあるでしょ?」


 サヴロの体が、どさりと地に伏した。

 とうとう起きていることもできないほどの衝撃だったようだ。

 人は耐えきれない衝撃を受けると涙も出なくなるのだと、20年の人生で初めて知った。


「だったらなんでもっと早く来なかったんだよ! 俺がこの世界に来てから2年近く経ってるんだぞ!!」


「いやー、まあ、そこはねー。ウチもほら、年度末だから」


 年度末だからなんだと言うのだ。

 意味がわからない。


「はいはい。じゃ、後がつかえてるからウチはここらで引き上げるからね。罰金と講習会、忘れないでね」


 バイクのエンジン音が、遠ざかる。

 なにもかもどうでもよくなって、このまま地面と同化して溶けてしまいたいとサヴロが思っていると。


「あのー、そろそろいいですか?」


 控えめながら、有無を言わさぬ声が聞こえてきた。

 なんだか既視感を覚える声だ。


 のろのろと、サヴロが首を動かした。

 声のした方向を向くと、異世界警察の男とよく似た格好の男と、スーツの男たちがずらりと並んでいる。

 ついさっきまで仲間だと思っていた少女たちは、もう影も形も見えなかった。


「歴史警察です。あなたの作った魔道具や生活雑貨、食品、インフラシステムその他諸々において、この世界の文化文明が異常に進んでしまった件に関してお話を伺えますか?」


「時間警察です。あなたが発動させた魔法“時間よストップ・ザ止まれ・ワールド”に、重大な時間法違反の嫌疑がかかりまして。お時間頂いてよろしいですか?」


「異世界税務署です。あなたがこの世界で得た利益について、正当な税金が納められていないようなので、お話させていただけますか?」


「異世界役場です。異世界転移による住民票の異動がなされていないようなのですが――」


「異世界銀行です。この世界における貨幣と為替の――」


「異世界裁判所です。現在あなたが問われている罪について――」


「異世界郵便局です。あなたの開発した通信魔法によって――」


「異世界公証役場です。こちらの書類の件ですが――」


「異世界音楽協会です。この度あなた様の発表された楽曲が――」


「異世界保険です。先日の魔王討伐により、魔王様の死亡保険金について――」


「異世界社会福祉団体です。異世界での人権における――」


「異世界NPO法人です。当団体ではあなたの――」


「異世界農業団体です。この世界の既存の植物が――」


「異世界……」


「異世界……」


 先の見えない行列に途方に暮れながらサヴロは「俺は三朗だ。二郎じゃない。行列なんかいらない」とぶつぶつ呟いている。

 今まで平穏だったのに、なんだっていきなりこんなことになったのだろう。


 声にならないサヴロの声が聞こえたのか、行列が一斉に同じことを言った。


「まあ、年度末ですから」


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異世界テンプレ勇者の悲しき末路 楽弓 @hahahanaharu

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