不揃いの目、揃いの目

ヘイ

四人の目


 この世界には闇の部分と光の部分がある、らしい。

 因みに俺は闇の方の人間だったみたいだ。

 それに気がついたのはいつだっただろうな。でも、いつか気がつくことだったのは確かで、こうして俺が今、闇の方の住人であると自覚していることが大事なんだよ。

 さて、闇だの光だの何だの語ったのは良いが、結局光と闇をどう分けるかって話なんだが。まあ、結局のところは心の持ち用だ。

 幾ら努力しても報われない人間がいると言うことは闇であるし、誰かのためになったと言うならきっと光であったはずだし。

 ただ、問題は闇の方で、俺たちの善意はねじ曲がってマイナスな影響を与えるみたいだ。

 誰かを助けることと、誰かを助けないことという問題ではない。飯を余して、捨てる。それでどれほどの人間が救えたかを問う問題ではない。

 もっと純粋な問題なんだ。

 誰かを助けようと手を伸ばすと、俺たちの手が原因で相手は死んでしまう。

 だけど、助けないと言う選択を俺たちは取れなかった。次こそはと思い、また手を伸ばす。

 まあ、心の何処かでは分かり切ってはいたんだ。

 でも、またやる。

 次こそは。

 明日こそは。

 大丈夫だ。

 そんなポジティブを捨てきれないから俺たちは闇の人間なんだと思う。

 自分の善意の在り方を見つめ直せず、ただ眼を逸らしている。


 闇だと思えない?


 そうかもな。

 俺もそう思うよ。

 でも、俺たちは結果的に人を殺してる。そこには善悪なんて関係ない。

 業の深い人種だよ。

 俺と同じ様な奴は決まって片目が青い。

 何でかは知らない。

 

 ……俺の目は普通の色に見える?

 

 そっか、なら俺たちだけの認識だ。忘れてくれ。なんて言っても忘れられないか。

 まあ、感染する様なもんでもないし安心してくれ。

 アンタの両目は綺麗なオレンジ色をしてるよ。

 

 意味がわからない?

 自分は日本人だって?

 

 ああ、悪い。

 時々、普通の人の目も色が変わって見えるんだ。うん、悪かったよ。

 

 色覚異常?

 

 そうかもしれないな。否定はしないよ。でも、目の色だけなんだ。俺たちが見えるのは。他のものは普通に見えるし、血の色だって赤色に見える。

 赤を同じ赤だと認識しているか、だって?

 厄介なことを聞くなぁ。

 それを証明する手立てはないが、気にし始めたら終わらないだろ。

 まあ、俺には青い目以外の事なんて全く分からないんだけどな。


 ……ああ、そう言えばこの施設の中にも青色の目をしてた人なら、もう一人居たな。


 カウンセラーの三神みかみと言ったか。アレも自覚はあるだろうし、相談するなら別の人にしておくと良い。

 それでも彼は救おうとすると思うけど。

 青の血は高貴な血であると言う事もあるらしいが、俺たちの青色の眼はそんな立派なもんでもない。

 三神への相談は止しといた方がいいとは言ったが、興味があるなら話してみるといい。話をする程度なら俺も止めはしないさ。

 

 

 

***

 

 

 

 何だい、私に相談かね?

 違う?

 なら、どんな用件で……ああ、彼からの紹介か。相談にでも乗ってあげようと思っていたが全く違う事だったか。

 で、何を話すべきか。いや、私には見当もつかなくてね。

 

 何か話したいことでも有るのかい?

 

 紹介されただけだから特には無いと。成る程。そう言われて仕舞えば困ったものだ。私にできるのはカウンセリングだけだ。

 とは言っても君のメンタル面には特別悪い点も見つからない。勿論、彼もだよ。ただ、問題なのは彼のその性質であって……ああ、私も人のことは言えないか。

 まあ、手を伸ばしたいと思うのは個人差があるし、私も彼も持ち前の善意の所為と言うのも強いだろう。

 君は両目とも明るい色をしてるね。まるで太陽みたいな……。

 私らは欠陥品の様に片目だけが青色をしている。どうせなら両目ともそうだったら……。いや、もしかしたらそれは良く無いことかもしれないね。

 君と同じ眼をしている人を私は知らないけど……何? 両目とも日本人らしい茶色の目?

 そうだったのか。

 

 彼もオレンジと言っていたと?

 

 時々あるんだよ、色が変わって見えること。

 

 これも彼が言っていた?

 

 そうか。なら、そう言うことだ。彼と私で見ている風景はきっと同じな筈だ。君の目は橙色をしてる。私には、私と彼にはそう映るんだ。別にどんな意味合いがあるかは分からないが、少なくとも人を不安にさせる様なものでは無いだろう。

 ああ、呉々もあの奥の扉には近づかない様に。あそこは私と彼とは違ってもっと酷い事になっているからね。

 死にたく無いと思うなら近づかない方が身のためだ。別に彼女が悪いと言うわけでは無いんだ。ただ、これもまた彼女の性質の問題というべきかな。

 君に通じるかは分からないが彼女は薄い青紫の目をしているよ。とは言っても私たちと同じく片目だけなんだけどね。そもそも、君が彼女の目を薄紫と認識するかは分からない。

 君が彼女と合わないことを祈るよ。

 

 

*** 

 

 

 アナタは?

 

 ……そう。

 私はアリス。よろしくね。三神は来ない様にって言ってなかった?

 でも来ちゃったものは仕方ないよね。

 そうだ、アナタは私とは違う目をしてるね。

 ただ、……その色はあまり好きじゃ無いのよ。だからどうして欲しいってわけでも無いけど。

 私の目は薄紫らしいけど、あんまりよく分からないの。まあ、少しは考えてみたんだけど合ってるかは分からないから。

 私ってどうにもその人の心の底にある欲望を引き出すらしいのよ。それが誰かを害すると言うものであっても。

 私としてはおしゃべりは好きだけど、話し相手がいないのは困るの。でも話したら相手は壊れてしまう。なら、丁度いい相手は死刑囚くらい。と言っても、死刑囚が欲望を刺激されたらどうなるかなんて分からないでしょ?

 存外、彼らって死にたいって言う願望があるものだったりしてね。

 冗談よ。


 それで私と話しても問題ないのは三神と彼くらい。アナタは大丈夫?


 問題ないなら良いけど。

 アナタって目の色と同じで好奇心が旺盛なのかもしれないわね。平気で虫を捕まえられそうなタイプ。もし捕まえても連れてこないでね。

 でも…………いえ、これは余計な話ね。何でもない。何でもないの。

 アナタに言っても無意味だろうから。

 アナタは多分自覚してる筈だし、その上で自分の性質と向き合ってると思う。たぶんだけど、彼らも気がついてるはず。

 口にしなかったのは、そうね。アナタの好奇心を恐れたからだと思うわ。

 

 なら、私がどうして話したのかって?

 

 この檻の中にいる間、私にはアナタは危害を加えられないもの。だから、私は安全圏から言葉を投げつけるの。

 どうしたの。

 私を訝しむ様な目をして。申し訳ないとは思ってないよ。私はアナタのその目、嫌いだもの。

 退屈しのぎにはなったと思ってるわ。

 あまり睨まないで欲しいわね。アナタはアナタの欲望を埋めるために私と話にきた。

 

 なら、私も私のお喋りしたいと言う欲求を埋めても文句なんて付けられないでしょう?

 

 ズルいなんて言わないでちょうだいね。アナタだってズルさでいったら私と同じくらいなんだから。

 

 

***

 

 

 戻ってきたか。

 何だ。

 

 俺がアンタのその目のことを知っていたってこと?

 

 悪いけど知らないな。

 誰に聞いたんだか。

 ……ああ、アリスか。話に行ったのか。三神は止めたと思うんだが。

 アレはアレで闇の人間だよ。

 良い様に転がされてたんじゃないか。アレは言葉遊びが大好きでね。俺も良い様に遊ばれたモンだ。

 

 ん?

 自覚はあったって?

 

 ……アンタがそう言うなら、俺も認めようか。そうだな、俺は知っていたさ。その目の意味。それだけじゃなくて両方にそんな目があるって意味。

 本来的にこの色のついた眼は完成してはいけないんだ。完成ってのは両目が揃うってことだな。

 俺も三神も、そしてアリスも。

 俺たちは未完成で居たから、思考の安全性を保っている。善意というもので行動をできる。誰かを害そうとはしていないのさ。

 ただ、思考とは真逆に誰かを害してしまうものであったわけだけど。

 アンタのその眼はオレンジで左右揃ってるだろ。片目だけなら良かったんだよ。大凡に想像はつくよ。

 アンタは好奇心で動物を殺すタイプの人間だ。愛猫がどんな声で泣くのかを気になって痛ぶるやつ。人の体の断面が気になって真っ二つに切り裂くやつ。内臓の形が気になって解剖を始めるやつ。

 そんなタイプの。

 アンタの性質は世間に知れたら、誰も君のことを認めたくないし、殺してしまった方が世の中安全になると思うんだ。まあ、アンタが生きていたいならそれで良いんだけどな。


 ……まあ、俺はアンタを助けたいとも思ってる。

 

 それが俺の善意な訳だ。だから、俺のことは出来れば信じて欲しい。俺にアンタを助けさせてくれ。

 

 

 

 

 救いの手が差し伸べられた。

 だから、死んだ。

 どういった話か、近づいた瞬間に身体を何かが貫通した。

 

「ああ、悪いな。俺には救えなかった」

 

 黒色の瞳が赤の液体を流す男を見下ろしていた。片目に青は分からない。

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