第4話 行き倒れにパンを供えてみた

「これはどこに売っていますか?」


 私は女性に詰め寄って聞いた。


「売っていません。これは私が作ったものです。」


 作った?このお貴族様の女性が?しかし、この女性はパンのレシピを知っているということ


「子供の私には支払える物はこれぐらいしかありませんが、パンのレシピを私に教えてください。」


 今までお手伝いで貯めた全財産を女性の前に出した。お貴族様の女性からしてみればはした金でしかないだろうが、私からすれば全財産だ。

 しかし、女性はそのお金を私の方に戻してきて


「お金はいりません。」


 はぁ。やっぱり子供にそんな貴重なレシピを教えてくれないよな。


「レシピは提示しましょう。」


 え?


「クリームパン。カレーパン。チョココロネ。」


 ん?


「それらを作って売ってください。食べたいと思ってもパン生地以外を用意しなければならないので、諦めるのです。」


 はぁ。


「後日、レシピをお渡しします。誰か彼女を家まで送ってもらえますか?」


 ・・・。

 気がつけば、赤い髪の男性に抱えられ、もと来た道を戻っていた。もしかして、あの女性も転生者なのか!


 そうして、本当に後日あの女性が庶民の家である我が家に来て、レシピと酵母をくれたのだ。そう、酵母!イースト菌しかオタクの頭の中には存在しなかったが、果物からの酵母を育てることで、パンを発酵させるのだ!素晴らしい!

 そしてなんと、女性から木の箱も送られたのだ。中を開けると米が!米だ。米が存在したのだ。私は女性に土下座をして『一生付いて行きます!姐さん!』と思わず日本語で言ってしまった。


 酵母と米を手に入れた私は無敵だった。試作に試作を重ね、2年後には4種類を商品化するまでに至った。ふかふかのロールパン。クリームパン。アンパン。チョコパン・・・ロールパン以外が私の苦手な菓子パンだった。しかし、家族に受けが良かったのも菓子パンだった。くっ。家族全員、あの甘党の母親属性だったのだ。


 更に3年後にはコッペパンに惣菜を挟んだ惣菜パンを作るまでに至った。しかし、カレーパンは商品化までいたっていない。なぜなら、中に入れるカレーが満足したものができないのだ。 


 その惣菜パンを移動販売のように、お店以外で売り始めたのだ。朝は南門前で、お昼は商業区で、いつも完売御礼で家に帰るのだった。


 そして、弟の口喧嘩に戻るのだが、なぜ、喧嘩になったかというと、私がもうすぐ16歳の成人を迎えるからだ。そこで、跡取りを決めなければならないのだが、私はもとから家を継ぐ気は無いと両親には言っている。私が作って商品にしたものはレシピ化して商業ギルドに登録しているので、誰でも作れるようになっている。弟が継いでも問題ないはずだ。


 しかし、弟としては新たなパンを作り出し、種類も増やした私が跡を継ぐべきだと言い出したのだ。

 確かに普通ならそうだろうが、最初に言ったように私はパンはそんなに好きではない。お米LOVEなのだ。出来れば、毎日お米を食べたいぐらいなのだ。


 残り少なくなった米櫃の中身が頭を過る。お昼の販売がてら、庶民の私にお米を恵んでもらえるように頼んでみようか。


 そう思い店の裏口から、販売用の籠を持って外に出ると、ムニっと何かを踏んづける感触がした。なんだと思い足元を見ると、外套らしきものが人の形をしてる。間違えた。人がボロボロになった外套を着て倒れていた。そして、ギュルルルルと腹に何を飼っているんだと言わんばかりの音が響いている。

 行き倒れのようだ。フードを被っているので、どういう状態かわからないが、腹の音がしているということは生きているのだろう。フードを被った頭の横に油紙を敷いて、パンを一つ置いてみた。

 食べる元気があるなら食べるだろうし、そんな元気がないのなら、死ぬだけだ。行き倒れを助けることほど面倒なことはない。この世は厳しいのだよ。そう、思いながら私は今日の販売所に向かったのだった。


 今日のお昼の販売は冒険者ギルドで行った。あの私に無敵の力を与えてくれた女性からの要望だった。庶民でしか無い私は『ははー!』と従って惣菜パンと試作のカレーパンとコロネ(販売未定)を献上するのであった。

 そうあの女性はSランクの冒険者でここ20年大陸中を行き来している聖女様だったのだ。


「中のカレー。少し甘すぎないですか?」


「やはりそうですか。家族にこれぐらいの甘さがいいと言われたのです。私にとって甘すぎでしたが、一般受けするにはこれぐらいなのかと妥協したのです。」


 やはり、聖女様に甘いと言われてしまった。あの甘党家族に意見を求めたのが失敗だったか。そして、もう一つのカレーパンを差し出す。これは私好みのピリ辛ウマカレー&ゆで卵入のカレーパンだ。


 聖女様が一口食べ、感想をドキドキしながら待つ。 


「スジ肉ですか?こちらの方が美味しいですね。」


 おお!美味しいをいただきました。



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