エデンの園の作り方

ミルク・リガー

第1話 プロローグ


白い空間。

 そこにいなかったことは覚えている。

物忘れの激しい人生だった俺でもきちんと覚えている。

生まれてこの方、神なんてものを信じた覚えはない。目に見えないものを信じ切ることはできなかった。でも、目の前の人は少なくとも人ではないとわかった。


「…こんにちは。」

『やあ。こんにちは。』


うちの実家、無宗教なんだけどな。どうしよう。



                *



 俺の人生は普通だった。「だった」という言葉が一番しっくりくるだろう。

裕福でも貧乏でもない両親のもとに生まれ、普通に育った。兄が一人と妹が一人。昔は喧嘩もしていたが高校生になったころには喧嘩なんてものはしなくなった。

 両親はとてもやさしかった。俺のやりたいことを尊重し、大学にも行かせてくれた。

そして、就職してサラリーマンになった。趣味はゲームとアニメや映画鑑賞。人外物が大好きでほとんどの作品は履修した。必修科目だからね。


 こうして振り返ると恵まれていたのかもしれない。自身の多弁が原因で仕事関係がうまくいかないことはあったが、恵まれていたかもしれない。もし次があるなら直そう。そうしよう。

普通の日常が過ぎていくと思っていた。


兄が失踪するまでは。


 兄が結婚を前提としていた彼女とともに旅行先で行方不明になった。


 そこから家族がおかしくなっていった。

物静かだったけどとてもやさしかった父は酒に溺れた。

口うるさいけど言葉の裏に優しさが表れる。そんなツンデレみたいな母はといえば、怪しい宗教に入信し、知らない男とつるむようになった。

それを見かねた親戚が妹を引き取った。

 俺が行動できたことはほとんどなかった。できたのは妹を普通に生活させるための資金援助くらいだった。「お兄ちゃんありがとう」という言葉だけで生きていけた。


しばらくして彼氏ができたと聞いた。うれしい。

これでもう大丈夫だと確信した次の日、俺が死んだ。



 その日は雨が降っていた。

会社の喫煙所から帰る階段。

それを踏み間違えた後、後頭部に衝撃を覚えたのが最後の記憶だった。

だから雨は嫌いだ。



               *




 最初に見えたのは白い空間。そして白と空色のストライプだった。

目の前で女性らしき人がゲームをしている。

ソウルでライクなマゾゲーだ。それも獣を狩るゲーム。神父様と戦っているようだ。

スフィンクス体勢でゲームをしている女性はこちらに気づくそぶりはない。

パーカーのようなぶかぶかとした服を羽織り、下半身はといえば下着のみという非常にけしからん格好だ。これはいけない。野生の変質者につかまりそうな格好だ。


 だからこそ、俺が絶滅危惧種ともいえるこのストライプ様を目に焼き付けておくべきだ。一部の界隈ではレッドリストにも載っている絶滅危惧種だという。


視姦。ニチャっとした視線で舐めるように観察だ。

水気を帯びた視線を向けてしばしの沈黙。


すると目の前の人物は急にコントローラーを投げ、ゲームの電源を落とした。


『あ゛あああっクソッ。やーめたやめた。こんなクソゲー。……ん?』

「あ…。」


バレた。しばしの沈黙が空間を覆う。


こんな時は挨拶だ。挨拶と笑顔は社会人の基本だ。と人事の人が言っていた。

基本というのは嘘だとは思う。仕事ができればそれだけで評価されるやつもいるのだ。そんな人生とは無縁だったが。


引き攣ったスマイルで挨拶。


「…こんにちは。」

『やあ。こんにちは。』


気さくに挨拶を返してくれた。うれしい。


『君、転生か何かかな?そーゆー話は聞いてないし、今日オフの日なんだけどねー。』




 綺麗で長い銀髪をかき分けながら気だるそうに、それでいてどこか明るく目の前の美少女は聞いてきた。目は金色だった。微妙に色が変化している。あら可愛い。

寝ていた体勢から立ち上がり、俺のことについて聞いてくる。


レッドリストが…。


「分かんないんですよね。階段で踏み間違えたらここにいました。」

『そうなんだー。変なこともあったもんだね。たぶん死んだんだね。』


そうか、死んだのか。あっけないな。なのにこの人楽しそう。

そこはかとなく非常に逆セクハラされたいタイプだ。

気さくにしていただきたい。


会話を続けよう。女性と話したのなんて久しぶりだ。

いや、朝に清掃員のおばさまと話しました。






「あなたは?」

『ボクかい?ボクは神様だよー。名前はいろいろあったけど、今はアフェトエール。アーフェとでも呼んでよ。』


ボクっ娘頂きました。これは逸材ですよ。しかも神様だそうだ。


「神様ですか…。天地とか開闢されてました?」


日本人の古事記ジョークでも話してみよう。日本人ジョークだ。


『昔ねー。ちょっと気分がノッて開闢しちゃった。』


…マジか。やっちゃったか。目の前の神様マジでゴッドさんだ。

ノリで世界創生ってすごいですね。


『さて、こっちは答えたよ。君についても教えてよ。神様インタビューってやつだね。』


 そういいつつ、目の前のボクっ娘はどこからか椅子とデスクを取り出し、それに腰かけた。足を組む瞬間を目で追った。

俺にもソファーを出してくれた。ふかふかだ。ぼふっと腰かけ、会社の社長室にあったソファに腰かけて怒られた記憶がよみがえる。


それにしてもインタビュー。少々サバを読んでもばれないだろう。


『じゃあまず年齢を教えてよ。』

「26歳です。」

『職業は?』

「学生でした。」

『…ふーん。』


なんだか不満げだ。

すると目の前のボクっ娘は足を組み替え、笑いながら言葉を投げかける。


あ、少し見えた気がします。


『あは。嘘はよくないねー。』


ばれてる。正直にいこう。


「すみません。冗談です。28歳でした。三条猛さんじょうたけるって言います。」

『あは。正直が一番だよー。』


よかった。怒っていないみたいだ。怒らせたらどうなるんだろう。

そのまま死亡とかは嫌だ。さっきやっていたゲームの内容から、過激なのはお好きそうだ。

そんなことを考えていると、


『そんなことしないよー。スプラッターなのはごめんだからねぇー。』


え、心読めるんですか?すごいっすね。

やーい、神様の美少女!


『あはは。照れるねぇ。えへへ。やめたまえよ~。もっほほ。』


これは…。先ほどからのセクハラも筒抜けだ。

神様チョロイですね。


『別にいいよー。慣れてるしね、君からだったら嫌な気もしないさ。あ、チョロくはないからね?』


そういって神様はほっぺを膨らませる。なんてあざとい。

結婚してください、贅沢は言わないので。

そんなことを考えていると、神様はつづけた。


『君さ、転生してみる?いや、異世界召喚ってやつか。』

「あ、はい。」


異世界行きが決まった。




かなり軽いノリで異世界行きが決まってしまったわけだが、大丈夫だったのだろうか。


不治の病や魔獣、そんなのが跋扈ばっこする世界だったらノーセンキューなのだが。


『それは大丈夫じゃないかな?行く世界も少しは希望を聞いてあげるよ。』


マジっすか。てか思考を覗かれてるのって恥ずかしいな。思考が読めるのは便利だろうけど会話が一方通行だよ。会話は双方向なのが大切なんだ。


現場の思い違いがきっかけでプロジェクトがビミョーな感じで終わるなんてよくある。と思う。


「ありがとうございます。助かります。」


こっちの思考が読めるのなら直接話しかけたりもできるのだろう。神様すごい。


///////////////////////////////////////////////////////////////

/////////////////『ファ〇チキください』////////////////////////

///////////////////////////////////////////////////////////////


こいつッ直接脳内に!

俗世に汚れすぎではないだろうか。

すると急に真面目な顔になって神様は言った。


『はい。遊びはここまで。行く世界とスキルについて話そうか。』


頭を切り替えよう。ごめんなさい。

スキルがあるのならレベルなどもあるのだろう。


「スキルがあるのであればレベルなどもあるんですか?」

『ご明察。基本的には3つの中からスキル関係の構成を選んでもらうよ。レベルなどは行った先で自由に上げるといいよ。』


お、当たった。嬉しい。


『まず、一つ目。これは輪廻転生って感じだね。君がいた元の世界で記憶をなくした状態でコンティニュー。新しい人生を送るって感じだね。これはあまり好きそうじゃないね。』


家族や友人に未練はあるが、記憶がなくなるのならこれはパスだな。


妹、元気でやってるかな。お兄ちゃんは死にました。



「すみません次のをお願いしていいですか?」

『おっけー、次に行くよ。二つ目は今の君にスキルを追加。勇者みたいな感じで、オーバーパワーで世界を救う。王道だね。結構人気なんだよ?。』


お、それらしい感じのが来た。俺TUEEEしてみたいのはヲタクの性だ。

…ん?少し気になる単語があった。人気?…ほかにも同じような境遇の人がいるのだろうか。


「あの、人気っていうのは他にも俺みたいな境遇の人がいるんでしょうか。行った先で異世界人同士ドンパチとかは嫌なのですが…。」


すると目の前の神様はニヤッと表情を変えた。あ、知ってたな。


『君、ちゃんと気づいたね。そうだよ、時々いるんだよ。君みたいな境遇の人。細かく聞かずにこれに決めて、行った先で血みどろの戦争。時々一緒に戦ってるのも見かけるけど、大体は次の転生者が来て戦争開始だね。』


やっぱり知ってたな。神様も人が悪い。まあ、話を聞いてたら気づくよな。

最後の一つについて聞く。


「じゃあ、最後の一つはどうなんですか?」

『一応あるけど、あまりお勧めはできないよ?これを選ぶ人なんてほとんどいないんだから。』


ええ、何それ。すごい嫌なんだけど…。でも聞いておくべきだろう。


「聞かせてください。」


『わかったよ。三つ目は一言でいうと、デバフ高ステータスだね。呪いを持った状態でスタート。すごく偏ったステータスになるけど、さっきの2つ目のスキル構成ステータスよりも高ステータスになるよ。』


なるほど。ハイリスクハイリターン。マゾゲーは結構好きだったけど、現実世界でやるとなるときつそうだな。ほかの人が選ばないのも頷ける。


『そうなんだよ。だからみんな一つ目を選ぶ。なんだかんだ言ったって、君の元居た世界はまだ平和だからね。争いや辛さの中で戦うより、元の世界で普通に過ごしたいんだよ。』



分からなくもない。人種差別や紛争もあるが日常生活すら難しい国は大多数というわけではない。世界平和を目指して団結するという国連があったが、結局のところ陰での争いは絶えない。情報戦になっただけ血は流れなくなったが、尊厳や権利など、目に見えない部分の力が大きくなりすぎて手に負えない状況だ。


だからこそ選ぼう。


「3つ目でお願いします。」

『えぇ、良いの?結構ハードモードだと思うけど。』



不安はないといえば嘘になる。やってやろうじゃないか。

俺のモットーは 清く正しくアブノーマルに。なのだ。


『ふぅん。わかった。君も面白いね。興味がわいてきたよ。』


興味だそうだ。神様ルートも夢じゃない。目指せ天地開闢ックス。


『あは。君も素直だね。嫌いじゃないよ。』


と言って神様は一冊の本を取り出してペラペラとめくる。

本の分厚さは漫画ほどしか無いのに随分とページが多い。辞書以上のペラペラ度だ。


『世界の希望などはあるかい?科学でサイエンスな世界から宇宙銀河大戦までいろいろあるよ。』


科学でサイエンスって、それ同じじゃないですか。まあいい。

やっぱり剣と魔法のファンタジーは譲れない。ハードモードでやるのなら戦いの場は地上がいいよね。ニュータイプみたいな戦闘は俺にはできない。


あと、譲れない部分がある。


「剣と魔法のファンタジーで。可能ならいろんな種族で接触可能な生物がいる世界がいいです。」


譲れない。決して譲れないのは人外娘である。脱皮や触手なんて最高じゃん。

俺がそう考えていると、神様は手元の本で何やら探すそぶりを見せる。


『うーんと、ちょっと待ってね。…あった。一応あるよー。…げ。あいつらいるのかぁ。』


何だろう。神様の宿敵のようなものでも?


『えっとね、あるはあるけど、魔王って呼ばれてるのがいるけどいいかな?』


魔王か。結構ありきたりだな。魔王という種族は尻穴が弱いという伝承がある。


『この世界では魔王って呼ばれてるんだけど、実際は邪神ね。僕の知り合いでもある。少し前にトラブってこの世界で反省中だね。』


邪神さんか。攻撃力無限とかのチートでボコボコにされたりするのはごめんだ。


「それ、かなりの脅威だったりします?世界滅ぼしたり。」


破壊行動にアグレッシブな神様であれば困るんだけど。


『うーん、わかんない。あんまりそういうのは好きそうじゃなかったねー。』


なら・・・いいか。その邪神さんが男か女かわからないが、異種族は歓迎である。

俺には男色の気はない。モフるのに性別は関係ないが、同性に襲われるのはまっぴらごめんである。魔王様が男色家だったら逃走だ。


でも、神様なら襲われてもウェルカムです。

…攻めだ。これは攻めの一手だ。


『……』

「……」


ごめんなさい。


『…あはは。』


申し訳ない気分になってきた。


『で、スキルやステータスはこっちで決めていいかな?君の性格とかに合ったというか、合うものをチョイスしてあげよう。なに、悪くはしないさぁ。』


神様が話を持ち直してくれた。ありがとう。

これ以上我が儘を言うのは申し訳ない。そのようにさせて頂こう。


「それでお願いします。」

『うん、おっけー。君は結構ポジティブでメンタル強いからね。それと人当たりは良さそうだから、そこと…。君の多弁な部分も追加しておいてあげよう。』


何から何までお見通しだそうだ。悪いことはないだろう。


そう思っていた時期が俺にもありました。






あれこれと本に書き込んだ後、神様は頭を上げて言った。


『よし、大体は終わったね!君から何か質問などは?あるかな?』


 質問タイムだ。いろいろと聞いておこう。


「ステータスや言語はどうなるのでしょう?確認できるんでしょうか?」


ステータス確認画面は必要だ。言語力や識字力などは種族が多いと必要そうだ。


『大丈夫だよ。言語はスキルであるしね。うまくスキルポイントを振り分けるんだよー。ステータスは確認できるけど、これは他の人には見えないし、使えない能力だから気を付けるんだよっ。』


と言って神様は人差し指を向けて注意喚起してくれる。

あざと可愛いあんちくしょうめ。

呪いについても聞いておこう。


「呪いは今確認できますか?あと、呪いは僕固有のものなんですか?」


ああそうだったと、そんな表情をして神様は答えてくれた。


『今確認は無しで!楽しみは行った後だよ。呪いは他の人でも持ってるよ。そんなに多くはないけど、一般化してると考えてもらってもいい。』


確認は後で、楽しみは取っておこう。

呪いに対して強い忌避感がないのはいいな。迫害されたら悲しいからね。


「わかりました。後で確認します。」


しかし、何から何まで教えていただいてありがたい。

中学生の時の俺だったら自分に気があるのではないかと思っていたところだ。童貞の持つ永遠の病だ。

素数を数えて落ち着こう。


『落ち着くのはいいけど、少しお願いがあるんだ。聞いてくれるかい?』


愛しのラブリーゴッドからのお願いだ。聞きましょうとも。


「はい。聞きましょう。」


神様は椅子に腰かけて言う。


『一つね、お願いがあるんだ。これは少し大変だけど、手伝ってよ。…さっき言った魔王様。あれと僕とを仲直りさせてほしいんだ。いわゆる仲介ってやつだね。』


仲直りの仲介。別にいいだろう。話が通じない相手ではなさそうだ。

良い邪神だったらいいな。良い邪神ってなんだ?


「わかりました。友好的な関係を結ぶことを目指します。」

『うん、ありがとう。』


ゲームで言うところのキャラメイクが今終わったのだろう。

そろそろ次の世界に行きたいな。


「…さて。そろそろ行きます。」

『そう?少し遊んでいってもいいんだよ?』


神様は首をかしげて言う。

可愛いこと言ってくれるじゃないか。


「いえ、行きますね。」


かっこよく告げてみる。…とはいっても顔の造形には自信がない。

締まらないな。


『そっか、行ってらっしゃい。頑張ってね。ここに来るのを待ってるよ。』


と言って神様は俺に向けて手をかざす。

急激に目の前が白くなる。


これが転送か~。なんて呑気に考えた。


…ん?ここに来る?話がおかしくないですか?


振り返って神様の顔を見る。

そこにはひどく歪んだ、それでいてはにかんだような少女の笑顔があった。


これ何か仕組まれた気がする。

知ってるぞこの顔。ヤンデレ様のする笑顔だ。


地雷系だったか…。


ここに来ない選択も取れるかもしれない。何かあるのは確実な気がするが。

ポジティブに行こうじゃないか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る