第27話 相談のようでただの雑談だ

 私の目の前では、随分と温度差のある会話が繰り広げられている。


「刺客を放ってきた貴族の家は取り潰したはいいが、そこの領地がまた酷く荒れててな。愚かな領主だから、領地経営だって、その程度だろう。それで、テオの意見を聞きたいんだ」


「知らねーよ。領主の信用がないせいで人が集まらないのなら、その山道整備の労働者向けに炊き出しでもしながら人を集めりゃいいだろ。腹空かしていたら、匂いに釣られて誰かくるだろ。後々採算がとれるなら、安い出費だ」


「ふむ。その炊き出しにも雇用が生まれるな。キーラ、おかわりを頼む」


「いい加減にしろ、カルロス。毎日毎日、人んちで朝飯食いやがって」


「ん?テオドールがいない昼に来てもいいのか?キーラと2人っきりだぞ?」


「いいわけないだろ!!!!」


 護衛の人が必ず1人いるから、別に2人っきりではない。


 ちなみに護衛はあの新人ではなくて、常に眉間に皺を寄せてカルロスを見つめている、三十路にほど近い男だ。


 言いたい事がきっとたくさんあるのだろうけど、その口は真一文字に結ばれている。


「まさか、すでに昼間にきているのか!?」


 テオはヤキモキした様子でカルロスを見て、そして私を見た。


「とんでもない。朝にしか来ていない」


 私達よりは年上、この護衛よりは年下のカルロスにみんな振り回されていた。


 テオが昼間不在になりだしてから、カルロスは毎朝うちに来て朝ごはんを食べている。


 やっぱり頭のネジが緩んでいるらしい。


 テオが言うには、皇宮から直接続く地下通路がここの裏にある家に通じているそうだ。


 いざという時の脱出経路の一つらしいけど、無駄遣いじゃないか?


 私達の前に、堂々と晒していいのか?


「秘密の多いお前達に、一つくらい秘密を見せたところで痛いものはないな」


 テオにヒソヒソと話していると、安いお茶を飲みながら掴み所がない顔でそんな事を言われた。


「ちょっと、この人、何を知っているの?」


 またテオにヒソヒソ尋ねたけど、


「ほっとけ」


 そんな素っ気ない言葉しか返ってこなかった。


 珍客を交えた朝食が済むと、カルロスは皇宮に帰って行き、私とテオは二人揃って冒険者ギルドへ向かう。


 テオはギルドの紹介で便利屋的な仕事を器用にこなしている。


 帝都外に行けば、それなりにまた報酬のよい討伐、採集依頼などがあるようだけど、その日に帰って来られる仕事を選んでいるようだ。


 ちなみに、帝国と聖獣の棲家があるディバロとの間には、人を襲うような生き物はいないけど、その反対側はそれなりに物騒なんだ。


 人を丸呑みするほど、巨大で獰猛な生き物もいる。


 私の方はギルド施設の片隅を借りて、登録冒険者の子供を預かるついでで、読み書きを教えている。


 意外と、冒険者には父子家庭が多かったから、なかなか需要がある。


 現金収入よりは、現物支給の方が多いけど、これはこれで食べる物に困らないから助かっていた。


「それでね!パパったら、何度言ってもくつ下をあっちこっちに脱ぎ捨てるの!」


 テーブルを間に挟んだ目の前では、8歳の可愛らしい女の子マリーがぷりぷりと頰を膨らませている。


 父親の、着ていたものを脱ぎ散らかす癖をどうにかしたいらしい。


 愚痴を言いながらも、父親の事が大好きなのだということは、その顔を見たら分かる。


 怒っているようで、全く怒っていない。


 私は家族との繋がりが希薄だから、羨ましい限りだ。


「マリーが3日間くらい口を利いてあげなかったら、なおるんじゃない?」


「前、それをしたら、パパが1日で廃人みたいになったからやめたの。ギルドの人に迷惑かけちゃったみたい」


 マリーの父親の顔を思い浮かべる。


 熊のような大男だったな。


 アレが、マリー、マリーと言いながらギルドの入り口に座り込んでうわ言を繰り返していたそうだ。


 邪魔だな。


「やっぱり、パパには私がまだまだ必要ね」


「そうね。しっかり者のマリーが必要なようね」


 ふふふっと、笑い合い、再び読み書きの練習を再開した。


 こんな感じでテオがいない間も、私は充実した1日を過ごすことができていた。




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