第26話 あっさりと手に入った日常

 翌日も、もちろん、あの不味い解毒薬を飲まされた。


「さあ、この薬を飲んで」


 白髭の医者、クロム医師の診察が終わって手渡されたコップに視線を落として眉を寄せ、渋々口にした。


「不味い……」


 一瞬だけ、捨ててもいいだろうかと、ホントにちょっとだけ思っただけなのに、


「ちゃんと、全部、飲むんだ」


 仁王立ちしたテオから、また怖い顔で睨まれていた。


 苦い思いをしたさらに翌日には、拍子抜けするほどあっさりと身分証明書が手に入っていた。


 冒険者ギルドで仮の身分証を貰うつもりが、本物だ。


 これで、帝国市民権を得た事になる。


 しかも、遣いの者が来て、私達に用意された家に案内してくれた。


 そこは普通の民家だった。


 住むには十分すぎるほどの。


「何、これ。大丈夫なの?」


 つい、テオに聞いてしまう。


「様子は見られるようだけど、裏はないようだ。俺も、何でこんな事になったのか、探っておくよ」


 トントン拍子に事が進んで、テオも私も戸惑うばかりだ。


 クロム医師から今日服用する残りの解毒薬を持たされて、また明日診療所に来てくれたらいいからと、私達は早速その家に住める事になった。


 あれ?


 私は今ここで、重大な事実に行き当たった。


 よくよく考えたら、これからテオと一つ屋根の下で2人っきりで生活するってこと?


「まぁ、そうなるな」


 テオは、明後日の方を向いて髪の毛をいじっているけど、その顔は赤い。


 変な想像してないだろうな。


「してない。断じてしてない」


「怪しい」


 下から見上げてテオの目を覗き込むけど、すーっと視線はそれていく。


「ほら、キーラはどっちの部屋がいい?」


 何かを誤魔化すように、トントントンと二階へ上がっていく。


 その後ろ姿を見て、まず部屋に鍵が必要だなと思っていた。


 改めて室内を見回す。


 この家は、新しくはなくむしろ古いけど、かと言ってボロいわけでもない。


 手入れが行き届いている、状態のよい古民家だった。


 一階にはキッチンやリビング、トイレにお風呂もあり、二階には隣り合って部屋が二つある。


 ほどよい広さの素敵な家だ。


 私の横に戻ってきたテオと二人で、ガランとした部屋を見渡す。


「何もないけど、少しずつ揃えていったらいいか」


「うん。ここ、十分すぎるほどの家だよ。やっぱ、何かあるんじゃないの?」


「まぁ、そのうち何かあるのかもしれないけど、警戒しなくても大丈夫だ。本当にお礼とお詫びのつもりだと言っていたから」


「カルロスと言ったっけ。私達を騙すつもりなら、今度は私が毒殺してやる」


「それは、いいな」


 くくっと、肩を揺らしながらテオは笑っていた。


 私、本気なんだけど!


「金に換金できるものを少しなら持ってきたから、後で買い物に行こうな。何が必要か今から考えといてくれ。あと、俺は冒険者ギルドに登録してくるけど、キーラはどうする?」


「じゃあ、一緒に行く」


 用事を済ませる為と、初めての買い物に、ちょっとだけワクワクしながら二人で外出した。


 今まで経験出来なかったことができて、色んなことが予想以上に楽しかった。


 そして、結果を言うと。


 用意された家には、やっぱり裏があった。


「キーラの淹れるお茶は美味いな」


 帝国皇太子カルロスの、憩いの場として度々使われるようになったからだ。


 家賃がわりに、こうやって安い庶民のお茶を出してもてなすと、随分とくつろいだ様子で、買ったばかりのカップを傾けている。


 お茶を淹れるのは慣れているからいいけど、お世辞でも美味いと言うならいいけど、


「こんな安い茶で、よく怒らないな」


 3人揃って席に着いたところで、テオも、呆れた声をあげていた。


「ねぇ。皇太子って暇なの?何で、こんなのんびりしてるの?こんな距離近くていいものなの?てか、やっぱり暇な生き物なの?バカなの?あの人、もう一回殺されかけたいの?」


 ヒソヒソと、テオに耳打ちして尋ねたけど、


「知るか……」


 そんな言葉しか返ってこなくて、私をモヤモヤさせた。


 まぁ、でも、この珍客を除いたら、私達は帝都で平穏な生活を手に入れる事に成功していた。









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