第12話 音楽祭
この学園の、大きな行事の一つに音楽祭がある。
楽器が何一つ扱えない私だから、音楽祭なんて隅の方で時間が過ぎるのを待っていたいけど、そうもいかない。
ローザが1年の代表でヴァイオリンを披露することになったから。
「お姉様、是非聴きに来てくださいね!」
家を出る前に無邪気を装ってそう言ってきたから、虫酸が走る。
姉は楽器の一つも扱えないのに、妹は名だたる名手の指導のもと、王家の前でも披露できる腕前。
これまた、どれだけ私を辱めたいのよ。
聴きになんか行くわけないだろと、心で悪態をついて教室へ向かったのに、
「お姉様!お迎えに来ましたわ!」
わざわざ教室に、婚約者を引き連れて来やがりましたよ。
こっちは注目を集めてヒソヒソとされている。
「ローザ様。王太子殿下に御迷惑をおかけしますから、どうか教室へお戻りになってください」
「迷惑だなんて、そんな事はないですよね?リュシアン様」
「そうだね。ローザの姉君と共に過ごせる事を楽しみにしていたんだよ。それに、殿下と他人行儀じゃなくて、リュシアンと呼んでくれないかな?」
口元が歪むのを必死に耐える。
敵意を込めた笑いがこみ上げて来そうだった。
「殿下。私のような者と席を共にするなどと、私が叱られてしまいます。ローザ様とお二人でお楽しみくださいませ」
「また、お姉様は!そんな事は言わないで!お姉様は、お姉様よ」
何が、お姉様はお姉様だ。お姉様と呼ぶだけの使用人だろ。
お前の口からあの男に余計な情報が伝わったら、私が何をされるかわからないのだからな。
「私も、貴女の事をそんな風に見た事はないが、けど、貴女に迷惑をかけるのなら、これ以上無理は言わない。騒がせてすまなかった。行こうローザ。君は演奏の準備もしなければだろう?」
リュシアンは、わりと話が分かる奴みたいだ。
渋々と言った様子のローザを連れて行ってくれた。
でも、後に残った私の事を、クラスの連中はまたヒソヒソと見ている。
ため息をついて、教室を後にした。
人気のない中庭の木陰で休む。
そこで一人で過ごした時間はそんなに長くなかったと思う。
「大丈夫か?」
顔を上げると、テオが立っていた。
言葉通り、心配そうに私を見ている。
「席を外している間に、悪かった。傍にいてあげられなくて」
「別に。いらないし」
テオに心配してもらう義理はない。
芝生の上に座る私の横に、テオも腰を下ろす。
「リュシアンに、悪気はないから」
「だから、何?」
「あまり、嫌わないでやってくれないか?」
「私が王太子様を嫌ったところで、何の影響もないでしょ」
「俺が辛いんだ」
「そんな事、知らない」
「…………」
俯いたテオの沈黙が痛い。
これじゃあ、私が彼を傷つけているみたいじゃないか。
何で、リュシアンを嫌う嫌わないが、いちいちテオの琴線に触れるのか。
主従関係にしたって、全員から主人が好かれるわけないのに、いちいち気にしすぎだ。鬱陶しい。
「鬱陶しい。その落ち込んだ顔が鬱陶しい。そんな顔して、私の隣にいないで」
慰め方なんか知らない。
「私がリュシアンを嫌わなければ、それでいいんでしょ?別に嫌いじゃない。うちの家のせいで親しくできないだけ。これで、納得してくれる?」
そう伝えると、やっと少しだけテオは笑ってくれた。
遠くから、風に乗るようにわずかにヴァイオリンの音が聞こえてくる。
テオと並んで、その音を聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます