第5話 妹の入学

 その日が近付くにつれて、屋敷中が浮き足立っていた。


 公爵家の愛し子、ローザが学園へ入学する。


 使用人達でさえローザの事を自慢げに話し、その子の入学を楽しみにしているようだった。


 そんな浮かれた様子が鬱陶しくて仕方がない。


 随分前から色々と張り切って準備をしていたし、その日は、朝から両親が真新しい制服を着た彼女を囲んで、楽しそうにしていた。


 私はできるだけその視界に入らないようにしていたのに、


「お姉様!」


 あの子は、わざわざ話しかけてきた。


「私も、お姉様と一緒に行きたいわ」


 胸の前で両手を組んで、身長差はないのに、上目遣いに私を見てくる。


 他の男には効果があるかもしれないけど、私の前でやられても気持ちが悪いだけだ。


「私のような下賎なものと、一緒にいるべきではありません」


 そう言うと、ローザの向こうであの男が満足そうに頷いているのが見えた。


「そんなことを言わないで!貴女は私の大切な姉なのだから。例え、半分しか血が繋がっていないとしても。どんな血が流れているのだとしても、貴女と私は平等な姉妹だわ」


 吹き出しそうになった。


 両親に吹き込まれた事を、真に受けている。


 私の元の髪の色を知っているクセに、どんな思考回路なら、こんな、無条件に嘘を信じられるのか。


 優しい両親が私に嘘をつくわけないと、思っているのだろう。


「お気遣い感謝いたしますが、先に行かせてもらいます。では、失礼します。ローザ様」


 さっさと馬車に乗り込む。


 腹を抱えて笑ってしまいそうだったから、無理矢理ローザを視界から追い出していた。


 私とローザはギリギリ歳が1年離れていないのと、生まれたタイミング的に学年は同じになってしまっている。


 ローザの入学は、つまり私の入学でもある。


 アレと4年もの間同じ学園で過ごすなど、どれだけ私にとって不幸な事は続くのか。ほんと、忌々しい家族達だ。家族とも呼びたくはないな。


 忌々しいことは、まだあった。


 入学するにあたって、直前に行われた試験では苦労させられた。


 文字だって全て自分一人で覚えなければならなかったから、試験勉強など尚更難しかった。結果は散々だった。


 それがあの男や、使用人を含む他の貴族から、バカにされる要因になった。


 私よりもはるかに成績のいい妹にいたっては、


「お勉強が理解できないだなんて、お姉様、可哀想……」


 と、憐れみを込めた目でみられる始末だ。


 腑が煮えくりかえった。


 絶対にこの国から出て行ってやるんだと、心に決めた瞬間だった。


 12~16歳までの4年間、貴族の子供は学園に通う義務がある。


 1,2学年は基礎知識を学び、15歳となる3年生からは希望者は騎士科に進むこともできる。


 家を継ぐ予定のない殆どの男子学生は、騎士科へ進む。


 聖獣の加護である防護壁がこの国を守る以上、他国に攻め込まれる事はないから、国内の治安維持に努めればいい、人気の職業でもあった。


 だから絶対にソレを壊して嘲笑ってやるんだと、決意を固める。


 体の中を巡る煮えたぎった思いを抱えて、付き添いも誰もいない私は、家から一人で馬車に乗り、学園の門から少し離れた所で馬車から降りると一人で門をくぐり、そして一人で校舎へ向かった。


 ヒソヒソと、私を見て何かを言っている声が聞こえるけど、聞く気はない。


 どうせ、この髪の色の事だ。


 石畳の上を少し進むと、今来た方向、校門の方が騒がしかった。


 そっちを見ると、人に囲まれながら、王太子であるリュシアンが立っていた。


 ローザの乗る馬車が到着したから、婚約者を出迎えに来たらしい。お優しいことで。


 私はそれを冷めた目で見て、そしてローザの姿が見える前に建物の中に入っていた。












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