第7話 稜ちゃんと私達
退院をした母は身体が一回り小さくなった様に感じてしまった。
そして家の中をずっと伝い歩きしている。
また入院中に下肢の筋力もやや低下した様にも認められた。
日がな一日家事をしつつ母の見守りと話し相手をする毎日。
入院中に要介護の申請をし出た結果は要介護度3だった。
まあ妥当な所なのかもしれない。
ただ昼夜問わずに目が離せないけれどもね。
ケアマネさんが介入してくれて介護プランが立案される。
母の担当となったケアマネさんは優し気で親切な女性だった。
それにめっちゃ気さくで話し易い。
先ず週に二日のデイサービスが開始となる。
元気な頃は絶対に行きたくはないと豪語していたのだが、今では大人しく……あの一昔前にあった壮絶な暴言暴力や妄想症状はもう認められない。
認知の低下に伴い色々忘れる事は多いけれども家族と弥生の事だけを忘れないでいてくれればそれだけで善しとしよう。
ただ目下問題は徘徊である。
下肢の筋力低下により一番心配なのは転倒し易い状況にある事なのだ。
単に転ぶだけならばいい。
そう骨折さえしなければ……いやいやそれでも極力は避けたいと思っていたのだが……。
あれは4月の半ばの事だった。
その日に限って二階の部屋でクイーンのコンサートDVDを楽しげに見ていたから、私はその間に台所で食事を作っていたのであるすると――――。
ゴン
真上の、母の部屋より地味に響く音がした。
慌てて部屋へと行けば母は転倒していた。
何かあったのかと訊いても『わからへんの』と直前の行動を全く覚えている様子はない。
暫く様子を見てまたTVを見ている間に今度は洗濯を見に行けば――――。
ゴン
慌てて部屋へと戻れば二度目の転倒をしていた。
外傷部位を確認しバイタルチェックを行い暫く傍で見守る事にした。
その内眠くなったらしくベッドへ移動し母が眠ったのを確認してから一階へ残りの用事を手早く済ませようとすればである。
勿論転倒防止に二点のベッド柵とポータブルトイレも横付けしているから簡単にはベッドより落ちないだろう。
高さも一番下までに下ろしてある。
直ぐに戻れば……とそう思ったのは甘かった。
ゴン
本日三回目の転倒ってちょっと多くない。
明日は兎に角病院へ行かなければ、レントゲンを撮ってもらい骨折の有無を確認して貰おうと思ったのである。
そうして部屋へ行けば落ちないだろうと思っている側からのずり落ち状態での転落をしている母を見て絶対にもう目が離せないと思った。
翌日病院へ行くと何とか骨折は免れほっと安堵する。
だがその日より何故なのか母は何も出来なくなっていた。
いや、それだけではない。
母は幼い子供へと戻ってしまった。
食事や排泄だけでなく歯を磨く事もだがその他思いつく限り全てに全介助を要した。
つい昨日まできちんとお箸を持って一人でご飯を食べていたと言うのにである。
排泄も見守りと一部介助は必要だけれどもそれなりに自立出来ていた。
なのに一晩明ければ何もかもが出来なくなったばかりか、話す内容の全てが子供そのものとなってしまった。
母の推定年齢は7歳~10歳。
母はこの日よりママではなく
浅田
「稜ちゃんお早う」
そう挨拶をすれば――――。
「お早う雪ちゃん」
朗らかに満面の笑みで答えてくれる。
穏やかな笑顔にホッとする反面、何とも言えない切なさが胸の中を支配する。
それでも稜ちゃん自身今の状態は決して幸せだとは言えないけれども、このまま穏やかに過ごす事が出来るのであればそれもいいのかもしれないと思ったのだ。
かくして稜ちゃん私達の最期のひと時がスタートしたのである。
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