第2話 迷走台風
ある意味この頃の母は迷走台風そのものだった。
そして母の認知症は私の今までに看護してきただろう症例とは全く異なっていた。
勿論その中で直前の行動や覚えているだろう物や人の名前を忘れると言った記憶障害。
また生年月日や自分の置かれている状況や周囲の人達との関係性が分からなくなる見当識障害。
ちょっとした事等自分で判断が出来なくなる判断能力の低下に、徘徊から暴言暴力行為からの様々な精神障害が認知症の症状として挙げられれば、その人によってどの症状がチョイスされるかはわからない。
この地上で数多いるだろう人間の数だけその症状も千差万別なのである。
また認知症の画期的な治療法は未だないけれどもその進行を遅らせだり症状を緩和する事は行われている。
だが何度も言うが何れの症状についても大小はあるし症状の進行もはっきりって個人差はある。
しかし幾ら進行が早いとは言ってもそれはあくまで年単位の筈だった。
2月に異変を察知し夏になる頃にはもう母は一人での外出は出来なくなった。
何故なら自宅が、自分の今いるであろう場所が分からなくなっていた。
そんな進行状態を見守る中で8月になり、四ヶ月毎の糖尿病の受診日となる前の日に私は田中先生へ連絡をした。
明らかに春より認知症は進行していると――――。
そうして電話で先生と話し合った結果母を藤寺先生へ、私と同じ診察日で一緒に診て貰う事にした。
何より藤寺先生は元気だった頃の母を知っている。
だから病状変化にも気づいて貰えると考えた。
田中先生は忙しいのにも拘らず情報提供書やMRIのデーターもちゃんと用意してくれたばかりか、母へそれとなくクリニックへ受診する様にも促してくれた。
でもだからと言って直ぐには診て貰う事は出来ない。
そう藤寺先生のクリニックは何時も満員御礼。
私の母だからと言う理由だけでその順番は変えられない。
しかし認知症の進行は私達の事情について待ってはくれない。
9月に入る頃には我が家へ敵が隣より侵入してくると言う妄想と幻聴からの暴言暴力が始まった。
敵が侵入してきたと目を三角にして訴えながらその手に持つ武器は園芸用の支柱。
だがこの支柱は約180㎝はある。
これを槍の様に持って玄関で仁王立ちをするかと思えば急にその敵となる対象が私達となり、その支柱で問答無用とばかりに突っ突くのである。
力加減は一切ない。
そして結構痛い。
またそれ以外にも手に持ったであろうものを所構わずに投げつけてくる。
流石にしっかりと重さのあるガラスの入れ物を投げられた時は一瞬ヒヤッとした。
抓られ叩かれ蹴られる事もあった。
先ず夜中はほぼほぼ寝かせては貰えない。
うつら~とした時に行き成り部屋へ入ったかと思えばぎゅっと髪の毛を掴み上げるのだ。
ほぼ万年不眠の私は外で働いていないからまだいい。
夜間で一番の被害者は妹だった。
会社勤めなのに夜中にしっかりと寝かせて貰えない。
次第にイライラが募りつい怒鳴ってしまいえば後になって自己嫌悪へと陥っていく。
そうして妹の精神がガリガリと結構なスピードで削られていく。
昼間は私がガリガリと精神を削られる。
そんな問題行動ありまくりの中でも私のポンコツ心臓は時を選ばずに発作を起こす。
ニトロを舌下しほんの10分休んでいればである。
何やら気配を感じない。
外は雨も降っている。
まさかと思えば……それが徘徊の始まりだった。
母一人だけでも大変なのに何故か最後に残ったお姫を連れての徘徊。
痛む心臓に喝を入れながら自転車へ乗り周囲を探し回る。
見つけた時にはおまわりさんのお世話になっていた。
スリッパにパジャマを着てからのコートを羽織ってのいで立ちだ。
家に帰ると主張する母。
だがその進行方向は真逆である。
そして腕の中には悲壮な表情をしたお姫が一人。
めっちゃ吃驚しただろうね。
すっごく不安だっただろうね。
でも君がわんわんと大きな声で叫んでくれたから母の場所がわかって大助かりだよ。
そうしておまわりさんと通報してくれた人へお礼を言って雨の中ゆっくりと時間を掛けて帰路へつく。
もう余りの展開の速さに私達の理解が先ず追い付かない。
でも怒ってはいけない。
そう、認知症は当たり前の事が出来ない事を私達が理解しなければいけない。
わかってはいる。
頭の中ではわかってはいるけれども時を構わず大声で怒鳴る母へ近所迷惑だからもう少し静かにして欲しいとつい思ってしまう。
そうしてあっという間に10月となればそこで
これで何とかお薬を調節して貰えればせめて夜だけでもいい。
少しはお互いゆっくり眠れるといいね。
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