第7話  風流雲散 Ⅱ

 同じ家に住んでいると言うのにね。

 何時の間にかほぼほぼ絡む事のなくなった二本の糸。

 ほんの少し前まではしっかりと絡んでいたと思っていたのはどうやら私だけなのかな。

 

 何時から二本の糸が絡む事はなくなったのだろう。


 結婚後?

 それとも別居婚状態の頃から?

 義弟が癌で亡くなってから?

 または前の家を処分しこの家へ新たに住んでからなのだろうか。

 もしかすると最初……初めて知り合った頃からなのかもしれない。



「――――そんなもん決まっているやろ。家で放置したままやったやろうな」

「放、置……?」


 今この瞬間私は何か聞き間違いでもしたのかと思った。

 だがどうやらさっきの言葉は私の聞き間違いではないらしい。

 その証拠に夫は終始ご機嫌な様子で……と言うのも少し可笑しな表現である。

 しかし本当に夫の様子はご機嫌そのもので、おまけに軽い口調で私と……私の傍で信じられない表情で固まっているだろう母へ堂々と自分の言葉を言ってのけたのである。

 それが然も正しい事だと言わんばかりに……。


「せやろ、俺は毎日朝から晩まで仕事があるしな。俺が働かへんかったら生きてはいけへんやろ」


 確かに普通に正論だ。

 正論なのは間違いはないけれどもである。

 ただ正論だからと言って――――。


「じゃ、じゃあ家で私を……びょ、病院やお薬はどうな……」

「そりゃあ無理やろ。俺は仕事があるさかいな。家におらへんから雪ちゃんの世話なんて出来る訳がないやろ」


 何を馬鹿な事を聞くんやと言う視線と表情で見つめられてしまった。

 そう、何故か夫は私を可哀想な子でも見る様な憐みを含んだ視線。 

 その視線と言葉を受けた私はその瞬間もう駄目だな……と思った。


 

 夫と結婚を――――と言うよりもだ。

 私達は結婚式もだが記念写真すらも撮ってはいない所謂

 別に特別な理由があった訳じゃあない。

 ただ単に私が披露宴で見世物になるのが嫌だっただけ。

 

 夫も結婚が決まった頃結婚式についてどうするかを私へ聞いてくれてもいた。

 だが私は結婚式へお金を使うよりもこれからの生活に使いたいと思ったしそう伝えたのである。

 また結婚後は時々でもいいから二人で旅行にも行こうとも約束をしていたのだ。

 しかし現実は私の思い描いていただろう結婚生活は全く違ったのである。


 先ず以前住んでいただろう家は京都でも閑静な住宅地で約70坪も敷地を有していた。

 昭和二年に建てられたと言うその家は中々に広くそして大きく部屋数も離れを入れて約十二部屋はあったと思う。

 また小さいながらも趣のある庭もあり、古民家とまでは言わないけれどもとても落ち着きのある家だった。


 でも幾ら趣の良い家であったとしてもである。

 断熱材もなければ玄関から奥の離れまで続く広い土間と昔の家らしく細かな隙間が沢山存在した。

 と言う事は夏はまだ何とか過ごす事は出来ていたとしても冬は完全に極寒である。


 盆地で底冷えのする土地柄に比叡山より降り注ぐ冷たい風。

 家の中にいるのに外の温度と大差ない環境。

 障子を閉めてはいても何処からか入ってくる冷たい風に正直言ってあり得ないと思った。


 でもそれはだと思うからこそ堪えられたのかもしれない。




 

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