第5話 心電図繫がりで
冬になって新しい仲間が増える事になった。
彼女の名前は森川 小夜子さん。
42歳の細身で大人しい印象の女性。
勿論彼女の持つ資格は正看護師。
元は市立の病院で常勤で働いていたらしい。
結婚後に出産子育ての為退社し、数年を経てここへはパート勤務で働くと言う。
そして透析看護の経験はない。
だが経験なしの状態で碌な教育制度もないのにだ。
ここに勤めても大丈夫なのだろうかとい心配になりつつもである。
しかしそこはやはり新しい仲間が増えるのは単純に嬉しい。
仕事の合間に森川さんと話をすればである。
派遣の二人の様なきつさは微塵も感じさせないソフトな話し方にほっこりしてしまう。
ああ、そうこんな感じで話せるだなんて本当に久しぶりだと心から喜んでしまった。
でもあの魔物と化した派遣の二人も若干の言葉のきつさはあったとしても最初の頃は、土山さんがまだ在職していた頃は私にも友好的だった……よな。
ふとそんな事を何気に思い出してしまった。
そうして森川さん自身透析看護の経験はなくてもだ。
誰でも最初からベテランなんて人はいない。
それに自宅にいる事から透析の勉強はしていたと聞けば、きっと私が彼女を指導するなんて事はないだろう。
だがそれでも前向きな姿勢にめっちゃ頼もしいと素直に感じてしまったのと同時にである。
今はお子さんがまだ小さいからパート勤務だろうけれどもだ。
何時か、そう常勤へ移行した際にはこの歪な透析センターを変えて欲しいな……と仄かで淡い期待を抱いてしまった。
そんなとある日の午後の事だった。
2クール目の透析中に一人の患者さんより胸がしんどいと訴えられたのである。
丁度詰め所には回診してくれる先生もいた事により、即先生へ報告をすれば普通に心電図の指示が出る。
指示を受けた私はその患者さんの受け持ちである森川さんへ心電図の検査を依頼した。
「まだなん?」
今日の回心担当のDrは飯岡先生ではなく女医さんだ。
然も循環器が専門。
心電図何て普通に5分も掛からない。
しかしその5分が経過しても森川さんは一向にデーターを持ってはこない。
そして先生の機嫌は徐々に焦れていく。
「ちょっと見てきま――――」
「遅くなってすみません」
「かして!!」
やや粗い口調で先生は森川さんの手よりデーターを抜き取れば――――である。
「――――っ、これをどうしたら波形が診れるのよ!!」
私の前へバンと勢いよく置かれたデーターは、先ずあり得ないだろうなくらい見事な一本の~の波形だった。
それを見せられた私は一瞬何も言葉を発する事が出来なかった。
当然森川さんをフォローする事も出来ない。
そんな私の前には鬼の形相で怒れる先生と菩薩様の様に澄ました表情の森川さん。
そして普通に心電図は何の測定も出来ていない。
詰所の中の温度が確実に何度が下がったのは言うまでもない。
そしてめっちゃシュールで恐怖の場へと化していく。
だが患者さんのしんどさは結局何も改善してはいない。
「――――直ぐ検査してきます!!」
フリーズしてしまった私は一瞬後弾かれる様に詰所を飛び出していく。
そうして患者さんの許へと赴けば……。
「心電図を取らせて下さいね」
「何や、さっきしてもろたばかりやろ。何で何度もする必要があるんや!! わしは胸がしんどいと言うてるやろ。早うそんな事よりも先生を呼んで来い!!」
患者さんのお怒りはごもっともで、でもはいそうですかとこちらも素直に退場する訳にはいかない。
「先生からもう一度詳しく心電図を診たいと指示があったんですよ。直ぐに終わりますしね。少しだけ安静に、静かにしていて下さいね」
心臓の方は特に大きな問題はなかった。
ただちょっと透析の設定を緩め、無理のない設定でDW《ドライウェイト》までもっていこうと、そしてDWの体重設定を少し変更しただけで済んだのである。
回診を終え詰所へ戻ってきた先生は森川さんの事を結構厳しめに怒ってはいた。
そこで一応私はリーダーとして個々の力量の把握……いやいや本音を言えば自分だってまだまだなのに、他人様の力量の把握ってめっちゃ烏滸がましくない?
とは言えである。
そこはリーダーとして把握をせねばならないのは正論だろう。
そして私は今回の事を先生へと謝罪した。
しかし言いたい事を言ってすっきりしたのか、口調は厳しいけれどさっぱりとした性格の先生に――――。
「もういいよ。でも今度からはちゃんと心電図を測定出来る人にして貰ってね」
そう言って先生は透析室を後にした。
はい、ごもっともで全く以って貴重なご意見を有難う御座いました――――と言うかである。
まさかの心電図が測定出来ないなんて知らなかったんだよっっ。
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