第14話  頼むでぇ

『頼むでぇ、ほんまに……』


 これが彼女……藤沢 孝子の口癖だった。

 そこに願いや感謝からの期待を込められた言葉等ではない。

 この短い言葉に向けられた者達へ一切の有無を言わせない、絶対的な圧力プレスが掛けられているのである。


「ほんま頼むでぇ桃園さん」


 現在この言葉を様々な場面で一番多く掛けられているのは他の誰でもないこの――――である。


 また相手を心より信頼する事のない視線の奥には常に呆れと蔑みが垣間見えていた。

 傲岸不遜な物言いとそれら全てを善しと言わせてしまう何とも言えないこの重苦しい空気感。

 Drでさえ滅多に口答えすら出来ない信じがたいこの環境。


 私がリーダー業務をするまで全く知らなかった。

 いや、正確にはこのセンターの本当の姿……然も多分見えたものはまだ氷山の一角に過ぎないのかもしれない。

 それでもである。

 氷山の一角でも一瞬垣間見えてしまったが為に、見えなくてもいいものが色々と見えてしまうのである。


 そして藤沢さんは時々私の仕事ぶりをまるで監視する様に見に来ては――――。


「まだこれは終わらへんの? 大丈夫なん。ちゃんと出来るの?」

「はい、それらはこれか……」

「ほんま頼むでぇ。どうでもいい事をするよりもちゃんとリーダ業務を早う終わらしてや」


 そうして言いたい事を勝手に言い終わればである。

 後の事は知らないとばかりに颯爽と自分の仕事の持ち場へと戻っていく。

 自分の気が向いた時、また何か私の行う仕事が気に入らない時に気付けばすっと現れては同じ様な文言を言い、また何時の間にか消えていく。

 私の抱えている仕事が見るからに山積みで、マニュアルやきちんとした指導を行われていない私が悩み慌てながらそれらを何とかこなす姿を何度目にしてもである。

 

 嫌味は言うけれどもそこへ一切の助けや助言をしてくれる事はない。



 多分彼女……藤沢さんの心の中に助け合いの精神と言うものが存在してはいないのかとも思うのは、私の考え過ぎなのだろうか。


 だが実際彼女に助けて貰った記憶は一度もない。

 そう嫌味の応酬と無言の圧を感じる事はあっても……である。

 


 ただ私は簡単に根を上げなかった。

 自分でも馬鹿が付くくらい仕事と正面から向き合っていた。

 そう本当は自分でもよくわかっていたのだ。

 

 こんな中途半端な指導とマニュアルなしでは到底完璧なリーダー業務を遂行する事は出来ないのだと。


 これは私以外……看護部長や藤沢さんにも当然わかっていた事だと思う。

 なのに二人共が指導をする事なくまた新たにマニュアルを作成する訳でもない。

 ただ私が困っている姿を一方は無視をすれば、もう一方は暇……?それともただ単にその場の気分なのだろうか。

 適当に弄るだけ弄れば十分と言いたげに、いつの間にか持ち場へと戻るのである。



 そうして散々弄られ残された私は?

 ただでさえ様々なストレスで押し潰されんとしていると言うのにだ。

 それ以上の更なるストレス=圧力を掛けてくるのである。


 しかしそんな環境下でも私は職場では一言も泣き言を言わなかった。

 その泣き言を言わなかった私はやはり天然の阿呆……なのかもしれない。

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