第7話  仕事が終われば……

 夜になり#漸__ようや__#く仕事から解放された私はてくてくと、階段を上がった直ぐにある更衣室へは入らずその隣のトイレに入れば、暫くの間ぼーっとした時間を過ごす様になっていった。



 何時から――――何てわからない。

 気が付けば……である。

 そう透析室を後にすると隣の棟の最上階にある更衣室横のトイレの中で便座へ腰掛け、何も考えずにただぼーっとした時間を暫くの間過ごしていた。

 

 だーれもいないトイレの中が妙に疲れた心を落ち着かせてくれるのである。

 ほぼほぼ無音状態である。

 時間外だけに誰一人いない。

 然も20時前後。

 普通ならばさっさと更衣を済ませれば、そのまま直ぐに帰路へ就くと言うのにだ。

 何故かこの静けさと孤独感が何とも言えずに心地よかったのである。


 暫くして気持ちが落ち着いたのだろうね。

 私は何もなかったかの様にトイレから出れば、更衣室で普通に更衣を済ませて病院を後にする。

 向かうは病院の裏手にある青空駐輪場。

 そこが職員用の駐輪場なのである。



 なだらかな坂の所に病院が立てられている為、病院の玄関より高さにして二階くらいかな。

 ずっと勤務中殆ど座る事もなく立ちっぱなしだった足はパンパンに腫れてしまっている。

 ただでさえ重い足なのに輪を掛けて重くなった足を最後の気力で以ってよいこらしょと、ゆっくりだけれどと言うかもうゆっくり鹿階段を上がれない。

 なのにこの階段は常に誰かが昇降に使っていた。

 そう不思議な事に病院の敷地内にも拘らず、何故か一般人が普通に利用しているのである。


 然も堂々とである。

 そんな事は別にどうでもいいけれどもただひとつだけ、お願いだから部外者さん私はめっちゃ疲れている。

 頼むから背後からせっつく様な上り方だけはしないで欲しい。

 そうして私はうの体で何とか自分の原付へ辿り着けばエンジンをかけ、病院を後にした。


 また一応交通事故にならない程度の気力と言うのか、心は現実の世界に留まらせてもいた。

 しかし疲れ切った身体と心を、本当ならば何処へも寄り道等をせず帰宅すれば、温かいお風呂へ入ってリフレッシュと行きたいものなのだけれどもである。

 何故か毎日の様に私は最寄りのスーパーへ寄り道をしてしまう。

 特に欲しい食材を、これから使うだろう食材を籠へ入れる訳でもなく、ただスーパーの中をふらふらとカートを押しながら幽霊とまでは言わないが彷徨う様に歩き、ふと目に付いたものを何とはなしにぽいぽいと籠へ入れれば支払いを済ませて家路へとつくのが習慣となっていた。


 無事に帰宅をすれば母が台所で夕食の準備をほぼほぼしてくれていた。

 糖尿病で白内障を患い何とか日常生活が出来る程度の視力にも拘らず、時間通りに帰れない私を心配し家の事を色々としてくれていたのである。

 私はと言えば帰宅すると先ず洗面所で手洗いとうがいを済ませ、それから着替える事もせず荷物と一緒にダイニングへ、それも決まって何時もと同じ壁に近い側にある椅子へ座れば、それは母に指摘をされるまで全く気づかなかったのだ。


 そう完全私の一方的な約一時間にわたる弾丸トーク。


 母をと言う訳でもない。

 多分誰でも……そう誰に、一体どの様な内容を話しているのか何て覚えてはいない。

 そして何かに取り憑かれたかの様な私のマシンガントークは傍にいる母の相槌、その他一切を全く何も気にする様子もなくただただ一人で嬉々として話していたらしい。

 そんな様子を何度も……毎日見続けていただろう当時の事を母に訊けば――――。


『ただ一人でずっと止まる事なく一人で勝手に喋っていたわよ。お願いだから直ぐにでも仕事を辞めなさいって何度も言っていたのに、その度に毎回言葉を濁しながらもずっと一時間くらい一人で喋っていたわ』


 実の親の目から見ても当時の私の様子は十分過ぎる程異様に見えていたらしい。

 実際母は何度も今の病院を辞める様に私へ促していたのだ。

 それでも私は退職しなかったのである。


『せやけどな、私まで辞めてしもたら……派遣の人を入れて看護師が四人しかいいひんのやもん。直ぐには辞められへんよ。辞めたら透析回せへんやん』


 そう強く信じ込んでいた。

 こんな状態では辞められへんし、きっと辞めさせては貰えない。

 だからもっと仕事を頑張らなあかんのだと、今思えば本当に何故ここまで意固地になっていたのだろうか。

 それとももう既に私の心は壊れかけていたのかもしれない。

 


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