第5話 相談……したいのに出来ない Ⅱ
「なあ、誰に教えて貰うたん。私な、こんなやり方知らんで」
「……あ、ああ、いやぁ誰やったやろ?」
「誰やったやろ……じゃないやろ。誰に教えて貰うたんや!!」
「うーん、色々忙しくって……忘れちゃった、かな」
はあぁぁぁ、ラスボスであり透析センターのドンでもある藤沢さんと対峙するのは精神的に何かと辛い。
これはとある日に行っただろう検査の手配に関するやり方についての叱責?
それとも確認……よくわからない。
兎に角検査の手配は何とか問題なく出来ているからOK。
でも問題なのはその手配の方法である。
どうやらこの方法がドンである藤沢さんのお気に召さなかったみたいである。
でもだからと言ってはいそうですかと、私が折角教えてくれた人物の名前を何も考えずポロっと出したとする。
そうすればほぼ間違いなく。
いやいやきっと100%の確率でその人物は当分の間藤沢さんより注意と言う名目の弄り兼苛めが勃発する。
そしてそれを止める人間は誰もいない。
そう、Drや看護部長は知らぬ存ぜぬを貫くだけ。
だから敢えて私はその答えを薄ら惚けてみせるのだ。
にんまりと笑って忘れたと言う事にしたのである。
それによって弄りの矛先が私へ向く事も十分あり得るのを半ば理解をしていた。
だって仕方ないじゃない。
そんなにやり方一つとっても気に入らないのであれば藤沢さん自身が直接看護部長と話し合い、リーダー業務だけではなく透析に関わる全ての業務をきちんとマニュアル化へとすればいいだけだろう。
そうすれば統一した体制もとれるし、藤沢さんの望むだろう皆同じ方法で仕事をする事が出来るのだ。
その結果注意を称しての虐めもなくな――――らないか。
だって虐めている側はそれらを愉しんでいるのだからね。
しかし私は苛めは大っ嫌いなのである。
陰でコソコソと陰口を叩いたりするくらいならば、目の前で堂々と言えばいいと思う人間である。
確かに私も今までに注意をした事もあればされた事もある。
でもそれは相手に対する配慮と次へと繰り返さない様にする為の指導者としての愛情が含まれているもの。
教えを乞う側の成長を願っての愛ある行為。
だがこの透析センターではそれが一切感じられない。
何も藤沢さんだけではない。
最近では桜内さんや鷲見山さんの二人までもが一緒になり意地の悪そうな笑みを湛えながら、相手をじわじわと追い詰めるのを愉しんでいる。
かくいう私も追い詰められているその一人だと気付くのに二、三ヶ月を要してしまった。
我ながら本当に鈍感だと思う。
追いつめられるのを気づく事なくいや、きっと心の何処かで気づいていたのだろう。
それでもそれを認めなかった私は仕事の間はどんなにしんどくても笑みを絶やさないでいた。
しかし藤沢さんの指摘があって以降私はリーダー業務でわからない時に一体誰に相談すればいいのだろうか。
一応柄にもなく悩んではいたのである。
一番いいのは面倒だけれども藤沢さんへ訊く事だと思う。
きっと彼女の教えてくれる通りの仕事をすれば文句もないと思うから。
そして実際何度も、藤沢さんが呆れるくらい彼女の仕事の合間にフロアーへ赴けば、私はわからない所を何度も訊いていたのである。
だってそうでもしなければ仕事が全然出来ないのだもんね。
しかし問題は彼女が休みの日である。
マニュアルはない、だからと言って人様へ訊いて仕事を行う。
その結果藤沢さんの気に入らない方法であれば誰が教えたかとしつこく問い質してくる。
日々これの繰り返し。
鈍感過ぎる私の心がじわじわと疲弊していく。
それでも私は決して相手の名前は教えない。
苛めには加担したくない。
何故なら藤沢さんにはわかっている筈だと思うのだ。
十八年もの間この透析センターへ勤めドンにまで上り詰めたのである。
恐らくこの病院の透析を熟知し、またこれまでリーダー業務を請け負った者達の仕事のやり方をも十分過ぎる程にわかっている筈なのである。
そう、全てをわかった上で私へ問い質す。
かなり陰湿な性格だと思った。
肝っ玉母さん的な体で堂々と衆目の中でターゲットと定めた人物を弄り愉しむ。
私もその内彼女のターゲットとなる日が来るのだろうか。
そんな日が出来れば来なければいいな。
ほんと、何で武井さんが辞めた直ぐ後に辞めなかったのだろう。
しかし何故か不思議と辞めるの文字は何時の間にか私の中でなくなっていたのである。
そしてそんな私の心にあったもの。
それは一日でも早くちゃんと仕事を覚えたい!!
ただそれだけだったのである。
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