第9話  怒声と無関心

「桃園さん!! ちゃんと順番通りに刺していって!!」


 それはとある日の午後の穿刺中の事であった。

 Bチームの一番奥にその声の主――――鷲見山さんが穿刺を行い、その介助を桜井さんと言う定番のペア。

 鷲見山さんの私を睨めつける様な視線とクスクスと小馬鹿にする様にわらう桜井さん。

 

 元の地声が大きい故に叫ぶ声はもっと大きく、また真っ直ぐに通る声だったからして普通にBチーム全体へしっかりと響き渡る声で私を誰何すいかする。


 まるで大罪でも犯したかのように思えた。


 ただ私は好きで順番を飛ばしたのではない。

 私の穿刺手技はまだまだ未熟であり且つその手法は我流と言っても過言ではない。

 飛ばしてしまった患者さんは前回穿刺を失敗してしまったのである。

 だから穿刺を始める前に患者さんへ声掛けを行えば『慣れた人にして貰う』と患者さん本人の意思を確認した上で次の穿刺を行ったのである。



 それよりも何よりもである。

 仕事中に大声での、然も怒声だ何て普通にあり得ない。

 冷静さを欠きたくなく、また穿刺へ集中をしたいが故に私は一切返事もせず黙々と穿刺を行った。

 すると二人からは私へこれ見よがしに聞こえるよう『無視してる』とか言っていたけれどもだ。

 出来ないものを出来るとは言えないし、絶対に失敗しないから大丈夫だなんて安請け合いは出来ない。



 それに穿刺でなくとも普通に採血だとしてもである。

 何故か不思議な事もあり、偶に……本当に稀な事なのだが患者さんと看護師との相性と言うものがあり、その患者さんの順番になると決まって何度刺してもその看護師だけは絶対に一度で採血が出来ないと言う場合もある。

 また意地になり強引に採血を行えば下手に血管を痛めるだけ。


 ましてやこれは静脈ではなくシャントなのだ。

 そうそう失敗していいものではない。

 それらを考慮したと言うのに何とも悔しいと言うのか、本当に悔しいと言っていいのかそれとも自分の力量の無さを反省すべきなのかと色々思いあぐねてしまう。


 因みに穿刺のスタッフの中には藤沢さんは勿論看護部長もその場にいたのである。

 何れも鷲見山さんへ注意はしない。

 全くの知らない振り。

 流石に看護部長は行っていたであろう患者さんの穿刺を終えれば、何も言わず私が穿刺を行わなかった患者さんの下へ行き淡々と穿刺を行っていた。


 鷲見山さんと桜井さんは単なる派遣。

 常勤の私とはまた立場が少しだけ異なる。

 普通に派遣が常勤へ食って掛かると言うケースは余り知らない。

 また別に派遣を軽視する訳ではない。


 元来私は争い事は好きではない。

 それに他人を公衆の面前で怒鳴りつけるのも嫌いである。

 付け加えるのであれば大声で話す事も好きではない。


 なのに土山さんが辞めてからの二人は日々態度と発せられる言葉が悪い方へと増長していく。

 おまけに何故か理解し難いのだが楽しそうに患者さんの体力の限界を考慮せず無理な透析までも行っていく。

 限界を超えれば透析を終えても直ぐには血圧は上昇せず、また患者さん本人がめっちゃ辛くて堪らないと言う表情を見るのが辛い。

 時折無茶な設定を見ては『これきついんと違う? また血圧が下がってしんどくなってしまうよ』と、出来るだけ相手を傷つけない様にやんわりと声を掛けてみるのだが……。


 


「大丈夫!! だって私がしんどい訳じゃあないんだもん。こーんなに体重を増やした阿部さんが悪いんだよ」

「そうそう、阿部さんと阿部さんの家族がちゃんと管理していればいいんとちゃうの。私らはDW《ドライウェイト》へ戻そうと善意で行っているんだからね」


 その時人間の皮を被った悪魔に見えた。

 これが口煩い男性の患者さんであれば絶対にしない……と言うか絶対に出来ない筈。

 なのに気の弱い高齢の女性である阿部さんへは嗤いながら自分達の意見を押し付ける。


 阿部さんのベッドから直ぐ近くには詰め所がある。

 そしてそこには

 なのに何も注意をしない。


 無関心。

 

 阿部さんの事は気にはなるがしかし私も多くの患者さんを受け持っているが故に何も出来ないでいた。

 それに注意をしたところでベテランである二人が経験の浅い私の言う事を聞く心算もないだろう。



 何とも言えない思いが胸の中でぐるぐると渦巻いていく。

 口惜しさと圧倒的な力不足にどうしようもなく憤る気持ち。

 こんな風に思う私が間違っている?

 それとも――――。


 

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