第6話  地獄へ続く入り口とも知らず?

『桃園です。今日から宜しくお願いします』


 4階にある透析センターへ入ると直ぐに会う人ごとへ挨拶をしていく。

 年齢なんて関係ない。

 採用されたからには私はこの中で一番の下っ端だ。

 そこは新人らしく明るくハキハキと挨拶――――。


『あ、どうも……』

『はあ……』


 最初に感じた違和感めいたもの。

 あの頃は特に問題にしてはいなかった。

 そう、このセンター全体に重く圧し掛かるだろう重苦しい雰囲気。

 そしてほぼほぼ全員と言ってもいいだろう。

 スタッフの表情に声音に明るさが感じられない。


 私自身約二十年准看護師としての経験がある。

 また本業からの副業を入れて京都府内の大小様々な病院を幾つも渡り歩いてきたのだ。

 だからこそなのかもしれない。

 その病院のカラーは建物や設備じゃあない。

 働くスタッフの纏うものがその病院を表している。


 確かに医師や看護師、そして多くのスタッフ達の患者さんへ提供するサービスの腕もあるだろうがしかしである。

 幾ら腕が良くてもだ。

 スタッフの纏うものが明るくなければその場所は陰々滅滅とし、病気を回復へ導く力も損なわれるだろう。


 それに抑々そもそも

 

 これは私の持論である。

 確かに病院と言う場所だからして無事に怪我や病気が回復し軽快退院する患者さんもいれば、薬効甲斐なく静かに、またはその病と激しく闘った末の死を迎える患者さんもいる。

 そして今も必死に病と向き合っている患者さん達も多くいるのである。


 看護師の仕事は色々と多岐に渡りまた勤める場所にもよるが、普通に激務である。

 仕事を一つ終えても後から後から湧いてくる様に仕事はある。

 それでもである。


『ありがとう』


 何気なくも素敵な感謝の言葉。

 自分は必要とされているのだとわかるからこそ私は今まで何処ででも働いてこられたと思う。

 どんなに辛く、そして眠い時もある。

 身体も怠くて休みたいと思った事なんて手足の指だけでは絶対にたりはしない。

 それでも更衣室で白衣に着替えれば自然と背筋が伸び――――。


 うん、今日も頑張ろう。


 そう思えるのが不思議である。

 そうして私は忙しく働く中で一つでも楽しい事を見つけてきた。

 楽しい事を見つけられるから仕事が激務でも頑張れる。

 本当にそれがどんなに小さくでも……。


 だから重苦しい雰囲気の職場であっても、活気の欠片すらないスタッフ達の表情を見てもである。

 今度もきっと大丈夫なのだと、この中で私は楽しみを見つけて仕事を頑張ろう。

 なんて甘い考えで以って勤務初日を迎えたのである。

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