第8話 運び屋
トモグイとハコビヤの出会いは、まだハコビヤが半人前の運び屋だったころまで遡る。
「待て!」
「追え! 逃がすな!」
運び屋という職業は、基本的に違法な物を扱う上、誰かにとって都合の悪いものを扱うことになる。
よって、常に誰かに命を狙われるのだ。
そして、警察にも、裏社会の人間にも相談できない。
(トランクを持ったまま逃げ切るのは無理ですかね……)
そう結論付けたハコビヤは、どこかに身を隠すことに決めた。
運び屋が雇われるのは、港の場合が多い。港で受け取った違法品を運び屋が内陸に流すのだ。
今回呼ばれたのも港だった。その為、港には沢山の船が泊めてある。
無数に泊めてある船の一隻に潜り込めば、追手を撒けるかもしれない。
そう考えたハコビヤは、手近にあった一隻の船へ潜り込んだ。
(ここでしばらく身を潜めていよう)
運び屋がそう考えていた時だった。
「おい」
声と共に、ハコビヤの額に銃口が押し付けられる。
「俺の船に何の用だ?」
(ま、まさかまだ人が乗っていたなんて……!)
このハコビヤの額に銃口を押し付けている人物こそ、若かりし頃のトモグイであった。
「なんとか言え」
トモグイは、まるでヤクザのように額に押し当てた銃口をグリグリと捻じる。
「す、すみません。今、悪者に追われてて……」
「なに? 悪者?」
トモグイは今回、違法品の密輸入の現場を押さえる為に仕事で張っていたのだ。
(子供を保護すれば、新聞に載ったりして手早く正義の味方になれるかもしれないな)
そう考えたトモグイは、ハコビヤを匿うことにした。
「ちょっとここで大人しくしてろ」
「はい」
そう言うと、トモグイは船から降り、密輸入の取引現場に突撃していく。
「な、ナニモンだ⁉」
「かまうな、撃て!」
銃弾が飛び交う中、トモグイはまるで矢避けの加護でもあるかのように銃弾を避けて接近する。
(拳銃は使えねえ。殺しちゃ不味い。となれば――)
トモグイは十分に接近すると、相手の胸ぐらを掴み、柔道の要領で投げる。
「密輸入の疑いで現行犯逮捕ォ‼」
大声で叫ぶ。すると、港に泊まっていた船の中から、警察官がゾロゾロと出てきた。
「逃がすな!」
「続け!」
陸からもパトカーのサイレン音が何重にも聞こえてくる。
「大人しく投降しろ!」
こうして、密輸入者たちは一人残らず捕まった。
ハコビヤは船の外に出て、トモグイの戦闘の一部始終を見ていた。
(凄い。努力だけではあそこまでは出来ない。何か天性の才能を感じる)
そこで、パトカーのサイレン音に気付く。
(私はここで捕まるわけにはいかない)
ハコビヤのトランクは防水だ。水に沈めても問題ない。
ハコビヤはトランクの持ち手を縄で梯子と結び、海へと放る。
(これで、いつでも回収に来れる)
ハコビヤは、足早にその場を後にした。
それから三日後。警察の調査が終わったことを確認してから、ハコビヤは港に訪れた。
今は昼間だ。漁師は全員沖に出ており、船は一隻もない。人目もまばらだ。
夜に来ようかとも思ったが、夜では作業がしにくい。よって、夜の次に人目に付きにくい真っ昼間に来たのである。
ハコビヤは梯子に結んであった縄を手繰り寄せ、トランクを引き上げる。
(よし、これで――)
「おい、何してる?」
ハコビヤは思わずトランクを海に落としてしまう。
振り向くと、そこにはトモグイがいた。
(この前の警察官。不味い、私じゃ勝てない)
ハコビヤはこの場を切り抜ける方法を考える。
(縄を切る? 道具もないし、今からじゃ間に合わない。何より疑われる)
(逃げる? 相手の方が確実に速いし、人手を使って追われたら不味い)
(戦う? 武器は全部トランクの中。素手で勝てるとは思えない)
結果、ハコビヤが選択したのは――
(適当にはぐらかすしかない!)
ハコビヤの手に汗が滲む。少しでも怪しい台詞を言えば豚箱行きだ。
「トランクが落ちてしまったので、引き上げているんですよ」
「そうか。なら、俺も手伝うよ」
トモグイはハコビヤのところまで歩いてくると、縄を掴み、トランクを引き上げる。
(ま、不味い。トランクを開けられたら違法な物がたくさん……)
もし、トモグイが端からハコビヤのことを怪しんでいて、証拠品のトランクを確保するために動いているとしたら。
考えれば考えるほどハコビヤはどつぼにはまっていく。
トモグイがトランクを引き上げている今なら逃げられるかもしれない。少なくとも不意打ちはできる。
ふと周りを見ると、地面には人を殴り殺せそうなコンクリートブロックがゴロゴロしている。
「よし、引き上げれたぞ」
ハコビヤは自分の人生が終わったのを感じた。
(
ハコビヤが地面に落ちているコンクリートブロックを拾おうとすると、トモグイが縄を切り、トランクをハコビヤに渡す。
「悪い事はせず、真っ当に生きろ」
そのままトモグイは茫然とするハコビヤの横を通り過ぎて去っていく。
(……助かった?)
ハコビヤは、自身が見逃されたのだと気付くまでに、しばらくの時間を要した。
心臓がドキドキと鼓動を主張し、身体が熱い。
(そうか。これが……)
ハコビヤは生まれて初めて、恋をした。
実際には、それは恋ではなく、「吊り橋効果」というものだったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ハコビヤは家へ帰ると、すぐにトモグイのことを調べ始めた。
名前、年齢、血液型、経歴、目的、住所、電話番号――ストーカーも真っ青の裏の情報網を使い、トモグイのことを徹底的に調べ上げた。
そしてハコビヤは運び屋を止め、真っ当に生きることにした。
ハコビヤには学歴がない。そのため、バイトを掛け持ちし、工場で働きながら、暇があればトモグイのことを調べる毎日を過ごしていた。
そんなある日、予想だにしていなかった事態がハコビヤを襲った。
トモグイが、連続殺人鬼になったのだ。
自分に足を洗えと忠告した上で見逃してくれたような人がだ。
有り得ない。何かの間違いだと最初は思った。だが、調べれば調べるほど信憑性は高まっていく。
だが、同時にこれはチャンスでもあった。
(裏の世界からなら、助けられる)
ハコビヤは、運び屋としての仕事を再開し、トモグイに武器を卸すようになった。
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