第7話 先読み


「――ってのが俺の警察官時代の話だ」

『それってセンノウに操られていませんか?』

「最初はそうだったかもな。だが、奴を殺しても心変わりはなかったし、俺が後悔してないんだ。大丈夫だろう」

 電話をしながら道を歩いていると、ふと正面からやってくる男の姿が目に入った。

(あいつ、銃を隠し持ってるな)

 連続殺人鬼の可能性が高いが、男の顔には見覚えがない。

(連続殺人鬼じゃないなら、銃刀法違反ぐらいは見逃してやるか)

 そう思って通り過ぎる瞬間、男は拳銃を手に取った。

 トモグイも相手の動きに合わせて拳銃を手に取り、素早く頭を狙う。

 それぞれの拳銃の銃口がそれぞれの頭を狙っていた。

「流石だな。トモグイ」

「何者だ?」

「ただの殺し屋さ。サキヨミって名前で通ってる」

 サキヨミという名前には聞き覚えがない。いくらトモグイと言えども、全ての連続殺人鬼の名前を憶えているわけではない。ましてや、相手は連続殺人鬼ではなく殺し屋だ。

(殺し屋と言うことはかなりの数の人間を殺しているはず。殺しても問題ないだろう)

 頭の中でそう結論付けると、トモグイは動いた。フェイントで大きく動くよう見せかけ、サキヨミの銃口を頭から外してから、少ない動作で引金を引く。

 たったそれだけの筈だった。

 だが、トモグイの頭にはまだ、サキヨミの銃口がぴったりとくっついている。

「無駄だ。俺にフェイクは通じない」

 今度はサキヨミが引き金を引こうとする。

 トモグイは思い切り飛び退いて回避する。

 本来ならギリギリで射線を避けて次の攻撃に持ち込みたいところだが、トモグイは今回それをするのは命取りになると直感で分かった。

 しかし、目いっぱい避けたにもかかわらず、サキヨミの撃った弾丸はトモグイの左腕に命中する。

(どういうことだ? まるで、最初から避けることを分かっていたような……)

 サキヨミはまるで避けた先のトモグイの場所が分かっていたかのように弾丸を命中させた。トモグイには、それがどうにも不可解だったのである。

「腕か。まあまあだな」

「お前、未来が見えるのか?」

 長い沈黙の末に、不敵な笑みを浮かべたサキヨミは答えた。

「そうだと言ったら?」

 トモグイは自分の生唾を飲み込む音が聞こえた。

 未来が見える相手に対抗できるのは未来が見える人間だけだ。そして、トモグイには未来が見えない。

(俺は、ここで死ぬのか……?)

 トモグイの脳裏にそんな言葉がよぎった。その時だった。

「トモグイさん! 伏せて‼」

 反射的に言われた通りに地面に伏せると、無数の弾丸がサキヨミに向かって撃ち込まれる。

「ぐっ⁉」

 サキヨミは回避を試みたが、回避し切れなかった弾丸が左手を蜂の巣にする。

 それを見て、トモグイは違和感を覚えた。

(未来が見えるのなら、回避できるはずだ)

 つまり、サキヨミに未来視の能力はないということだ。

 そうなると疑問が残る。先程のトモグイの攻撃をなぜ予知できたのかということと、予知できる攻撃と予知できない攻撃の差は何なのかということだ。

「トモグイさん、逃げますよ!」

 熟考していると、短機関銃サブマシンガンを撃ち続けているハコビヤが叫ぶ。

(腕の傷もある。ここは退くべきか)

 トモグイが最近学んだことがある。

 勇敢と蛮勇は違うということだ。

 ここぞという時に勇気を振り絞るのが勇敢で、勇気では絶対にどうにもできない状況に無茶をして突っ込んでいくのは蛮勇だ。

 ここで戦い続けるのは蛮勇と言えた。

 退くならハコビヤが牽制している今しかないだろう。

 トモグイはハコビヤのいる場所までほふく前進で進んで行く。

「逃げるぞ」

「はい!」

 ハコビヤも短機関銃を撃ち続けながら後退する。

「逃がすか!」

 サキヨミも拳銃を構えて撃つが、拳銃を持つ手の方向さえ分かっていれば、避けるのも難しくはない。

 あとは全力で走るだけだ。だが、ハコビヤはトランクを持っているため、あまり速くは走れない。

「トランクは俺が持つ。全速力で走れ!」

「分かりました。お願いします」

 ハコビヤからトランクを奪うと、小脇に抱えて走る。

(重っ! 何が入ってるんだ⁉)

 ハコビヤから受け取ったトランクは重く、トモグイの重心が揺れるぐらいの重さがあった。


 全力疾走すること数分。角という角を曲がり、人気のない道を選び続けていると、小さな公園に出た。

「ここも直に見つかるだろう。反撃の用意をするぞ」

 トランクを地面に置き、トモグイはハコビヤに言う。

「このまま逃げ続けるわけには行かないんですか?」

 トモグイは逡巡する。

 まず、このまま逃げ続けるのは不可能だろう。このトランクを持ちながらではすぐに追いつかれるだろうし目立つ。

 ここから逃げられたとしても、きっとサキヨミは追いかけ続けるだろう。おそらく、トモグイの自宅もすぐに突き止められる。

「俺はここで迎え撃つ。ハコビヤ、お前は俺が今から言う物を置いて逃げろ」

 ハコビヤは何となくだが、自分がこのまま言われるままに逃げれば、トモグイがここで死ぬという確信があった。

「私も残ります。何が必要なんですか?」

「ピンセットと消毒液」

 ハコビヤはトランクを開くと、言われた品を取り出し、トモグイに渡す。

「短機関銃もそのトランクに入ってたのか?」

「便利なので持ち歩いてます」

 会話をしながらもトモグイの手は動き続けていた。左腕の被弾箇所に消毒液を流しかけ、ピンセットで弾頭を引っ張り出す。

「トモグイさん。私がやってもよかったんですよ? 麻酔もありますし、縫合だって……」

「時間がない。縫合はしない。あくまで応急処置だ」

 ピンセットで引き抜いた弾頭を地面に放り、血の付いたピンセットを消毒液で消毒する。

 左腕を動かしてみる。まだかなり痛むが、動くことは動く。これなら問題ないだろう。

「短機関銃の弾倉マガジンも交換しておけ」

「了解」

 言われた通り弾倉を交換し、弾詰まりジャムしていないことを確認する。

 トモグイはオトサタに電話をかける。

『もしもし?』

「俺だ」

『トモグイか~』

「いきなりだが、サキヨミの情報をくれ」

 オトサタと繋がっている電話から、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえてくる。

『サキヨミは連続殺人鬼ではなく殺し屋だ。でも、既に何人も殺しているから、君の眼鏡にも適うと思うよ』

「そいつに攻撃されてる」

『うん、知ってる』

「なに?」

『だって、サキヨミに情報を売ったのは僕だからね』

 トモグイは言葉が出なかった。

 これは、トモグイの落ち度だ。

 オトサタとの契約では、トモグイの情報を好きに横流ししていいという条件で情報をタダで買っていたのだから。

『正確には、サキヨミの雇い主の裏社会連中にだけれどね』

「つまり、裏社会が俺の命を狙ってるってことか?」

『そういうこと』

 トモグイからしてみれば、ヤクザも極道もマフィアも、金儲けのために平気で人を殺し、貶め、不幸にする憎むべき連中だ。

だが、裏社会は広く、そして深い。トモグイ一人で相手にするのは不可能だ。

裏社会を滅ぼすのは、トモグイが信者を集め、信者たちに訓練を施し、武装をさせてからにしようと思っていたのだ。

ちなみにこの話はオトサタにもしていない。

(俺が裏社会を潰そうとしてるのに、連中が勘づきやがったのか……!)

 トモグイはハラサキ、センパイと戦った後だ。故にコンディションは最悪。ここをわざと狙って来たのだとすれば、相当な策士と言えるだろう。

『僕に応援を頼みに電話したのかもしれないけど、残念ながら、俺は死ぬのはごめんなんでね』

「ふんっ、拳銃も撃ったことのない奴なんてアテにしてねえよ」

『そっ。じゃあ、生きてたらまた会おう』

「その時はぶん殴ってやるよ」

 それだけ言うと、トモグイは一方的に電話を切った。

「よかったんですか? オトサタも弾避けぐらいにはなったのに」

 ハコビヤのいつも通りの毒舌に、トモグイはクスクスと笑う。

「お前も死にたくなければ逃げろ」

「お断りします。あなたを死なせたくないので」

 ハコビヤは満面の笑みで言う。まるで、トモグイが死なないことを確信しているかのようだ。

「じゃあ、付き合ってもらうぞ、ハコビヤ」

「ええ、これからもよろしくお願いします。トモグイさん」

 二人が笑い合っていると、足音が近づいてきた。

「別れの言葉は済んだか?」

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらサキヨミが近づいてくる。

 短機関銃で蜂の巣にされた左手には包帯が巻かれているが、傷口が多いため、血が滴っている。

 ハコビヤは短機関銃を構え、トモグイは右手に拳銃、左手にナイフを構える。

 サキヨミも既に自身の拳銃を抜いていた。

 空気が張り詰め、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。

 ハコビヤが引き金を引こうとした、その時だった。

 サキヨミが飛び出し、遊具を盾に近づいてくる。

「くっ!」

 ハコビヤも短機関銃を撃つが、もともと短機関銃は連射性能が高い都合上反動が大きい。遊具の影に隠れられては、そうそう命中はしない。

「ハコビヤ! 一旦やめろ!」

「はい」

 短機関銃を連射している中ではトモグイもサキヨミに近づけない。トモグイはサキヨミに近づくためにハコビヤに短機関銃を撃つのを止めさせた。

 サキヨミは左手が使えない。接近戦ならば、トモグイの方が有利なはずだ。

 ガン=カタと呼ばれる武術がある。これは、拳銃を持った状態で近接戦闘をするという武術であり、映画の中で作られたフィクションの武術である。

 だが、二人の戦闘はそんなフィクションじみたものだった。だが、トモグイの頬には冷や汗が伝う。

(何だこれ、全然当たらねえ⁉)

 斬撃も殴打も銃撃も、何一つサキヨミには当たらない。今はトモグイにも攻撃は当たっていないが、それはトモグイが必死に回避しているからだ。それを、サキヨミは涼しい顔で行っている。

(これも未来が見えているからってことか……)

 だが、トモグイはサキヨミの未来視は万能ではないと考えている。何故なら、ハコビヤの短機関銃による不意打ちにサキヨミは対応できなかった。

 それには、何か理由があるはずなのだ。

(こいつ、もしかして……)

 ハコビヤに視線で合図を送る。

 ハコビヤが視線に気付き、短機関銃をサキヨミの背中に向けて撃つ。

「ぐあっ⁉」

 致命傷ではないが、サキヨミの腰に命中した。

(サキヨミは、不意打ちには対応できないのか? 未来視だから、目で見えている者にしか効果がない? それとも、ハコビヤが特別なのか?)

 よく考えれば、サキヨミの左手を蜂の巣にしたのもハコビヤだった。

(……いや、ハコビヤが特別なわけじゃなさそうだな)

 ハコビヤが特別なら、もっと被弾しているはずだ。

 この公園に来てからも、ハコビヤは短機関銃を連射しまくっているが、あれ以降は普通に回避している。

(ということは、目に見えているもの以外には効果がないのか?)

「少しわかって来たぜ、お前の未来視の正体が!」

 その言葉に、サキヨミはピクリと眉を動かすと、戦闘を止めた。

「聞こうじゃないか。俺の未来視のネタとやらを」

「お前の未来視は読心術による未来予測だな?」

 サキヨミは答えなかった。ただ、破顔して凶悪な顔で笑う。

「だったら、どうする?」

「言葉じゃなく、行動で示してやろう」

 そう言うとトモグイはガン=カタを再開する。

(無駄だ。俺が何年修行したと思っている)

 だが、サキヨミは違和感を覚えていた。

 先程までとは違い、トモグイの攻撃が当たるようになってきたのだ。

 読心術は文字通り心を読む術だ。つまり、じゃんけんで絶対に勝てるようなものだ。

 では、読心術を極めた相手にじゃんけんで勝つにはどうすればいいのか?

 相手が手を出してから自分が手を出せばいい。所謂、後出しじゃんけんをすればいいのだ。

「ぐあっ⁉」

 ついに、トモグイの銃弾がサキヨミの腹部に命中する。

(よし、いける。このままなら勝てる!)

 トモグイがそう思っていた時だった。

 サキヨミがトモグイに背中を見せ、後ろのハコビヤを狙う。

「伏せろ!」

 トモグイが拳銃をサキヨミの頭部に向かって撃つが、その時にはもう、サキヨミの銃弾がハコビヤに向かって発射されていた。

「がっ⁉」

 銃弾はハコビヤの胸部に命中した。

「ハコビヤ!」

 トモグイは念のためにサキヨミの頭部にもう一発銃弾を撃ち込んでから、ハコビヤの元へ向かう。

 ハコビヤの血に染まったコートを脱がせ、服をナイフで切って銃創を見る。

(心臓には当たっていないが、深い。十分に致命傷だ……)

 トモグイが諦めかけていると、ハコビヤが口を開いた。

「ト……グイ……さん……。サ……ミは?」

「サキヨミは倒した。お前のおかげだ」

 ハコビヤは安心したような顔で微笑む。

「覚えて……いますか?」

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