人外イケメンにいきなり嫁呼ばわりされました( #いき嫁 )
伽藍 @garanran
一章
一章-01 ――エリスは、どこにでもいる普通の少女だ。
エリス・ロサは普通の高校生だ。
太陽の遠い国らしい白い肌。蒸気した頬は、雪に一滴のイチゴシロップを垂らしたようだ。
紅玉と並べられる短髪が、色づいた頬にかかっている。普通というには珍しい鮮やかな赤は、それでも現代社会において、エリスを特別たらしめるほどではない。
髪と同じ色の瞳は、意志の強さを示すように煌めいている。
「んんー……」
一つ、エリスは伸びをした。ふわりと欠伸をすれば、目尻に涙が浮かぶ。細い指先で、エリスは涙を払った。
足元が疎かになって、無防備に浮かび上がったスカートの端を反射的に下ろす。
高校の制服はチェックで、茶と緑のパターンをエリスは気に入っている。特にこんな、心地よい風にスカートが翻るような晴れた日は、一層機嫌良くもなるのだった。
麗らかな春の中を、エリスは歩く。極東では桜が人々を多いに賑わわせているだろうけれど――もちろん、エリスも桜は大好きだ――、この国では春に人々を和ませるのは木蓮の役目だ。白かったり淡く色づいたりしている花が、人々の眼を楽しませている。
エリスは桜も木蓮も好きだけれど、木蓮は枯れるときに落ちるより早く変色してしまうことが少しだけ残念に思っている。花の先から茶色く変色して、半ばくらいまで変色したあとに力尽きたようにはらりと落ちる。それがなんだか花が散るというより枯れ葉が落ちるみたいで、儚いよりも物悲しいように感じてしまうのだ。
それも一つの情緒と思えば、決して悪いことではないのだけれど。少なくとも、細やかな花をつける桜に比べれば随分と華やかな花であることは確かだから。
咲くも派手に、落ちるも派手に。そう考えれば、通学路にこの花を植えた大人たちの思いが見えるようだった。
見回せばまだ変色の気配もなく、花たちは今を盛りと咲き誇っている。白と白の合間を縫うように、エリスは上機嫌に通学路を進んだ。
一年以上も通い続けていれば、とっくに慣れた道だ。使い古した靴で足元の石畳を鳴らす。
いまはちょうど二年の半ば、一番楽しい時期だった。施設育ちのエリスは高校を卒業したら施設を出なければいけないけれど、あとほんの数ヶ月だけは将来のことを忘れて楽しむことだけを考えていたい。
石畳で音楽を鳴らすように歩いていれば、前方に見覚えのある背中が見えた。足を早めれば、自然と音楽も早くなる。
ピンと伸びた背中だった。その背中がいつもよりも心なしか曲がって見えたのは、エリスの勘違いだろうか。
「おはよう!」
声をかけたと同時に、軽く、ほんの軽く背中を叩いた。ぴょんと飛び上がって友人が振り返る。驚いたのか、背中に貼りついていた羽根の生えた子どもみたいな何かが友人の背中から逃げ出していく。
そろりと振り返った友人が、エリスを認めて眼を和ませた。
「なんだ、エリス」
「驚かせてごめんなさい」
悪びれたようすもなく、エリスはからりと笑った。邪気のない、人に悪意を抱かせない笑みだ。
友人も特に気にした様子なく、軽く肩を竦めるだけで許しを示す。
「おはよう、エリス。良い朝ね」
「うん、良い朝ね。調子はよろしくて?」
軽やかに返せば、友人がふと眉を寄せた。
「実はちょっと調子が良くなかったのだけれど……」
「まあ、大変」
エリスが大袈裟に眉を上げれば、友人は苦笑して首を振った。
「なんだか、大丈夫になったみたい。朝一番に貴方に会えたから、吹き飛んでしまったのだと思うわ」
嬉しいことを言われて、エリスはにこりと飛び切りの笑顔を見せた。
「素敵ね。きっと今日一日、もっと素敵なことがあるわよ」
「ありがとう。あなたもきっと同じよ」
返すエリスの視界の端を、ちらちらと動き回るものがある。
羽の生えた子どもみたいな、けれど意地の悪い大人みたいな顔をした何か。離れてしまった友人を惜しむように、ふらふらと飛び回っている。
エリスはその生き物から逃がすように、友人の背中を押した。さり気なく手を払って、その生き物を遠ざける。
「さあ、行きましょう。今日の授業も楽しみね」
ほとんど無意識にエリスの指先を不思議そうに追っていた友人が、その言葉に頷いた。前を向く友人の死角で、エリスがちらりと振り返る。
しっしっ、と虫でも追い払うように彼に手を振った。それは諦めるようにふらりと二人から遠のいていく。
――エリスは、どこにでもいる普通の少女だ。
たとえ昔から、ほんの少しだけ不思議なものが見えていたとしても。どこにでもいる、普通の少女だ。
エリスはしばらく、その生き物の行方を眼で追っていた。完全に二人から離れたのを確認すると、今度こそ前に向き直って友人を追いかけるのだった。
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