第46話 君の笑顔も縹渺で
君の笑顔も
ショートカットの公園に差し掛かかり沢村君は公園へと入って行く。私は普段はここを通らないのだけれど沢村君が一緒なので黙って付いて行く。
西日が目に入り眩しいので彼の背中で陽を遮ろう。大きい背中はこういう時も便利だね。
「お前、俺を恨んでるか?」
急に話しかけられびっくりしてしまう。
「え?」
「中学の時の事だ」
「……」
「アレがきっかけだったんだろう? お前が孤立したのは」
「……してない……」
「あ?」
「孤立なんかしてない……」
私は嘘をついた。なぜだか分からないけれど正直に『うん』と言えなかった。
「嘘つくな」
確かにきっかけはアレだけれど。
「だからここに来たのか?」
「違うよ……」
私はまた嘘を吐く。
沢村君は普段の速度よりかなり遅く歩いている。
沢村君の問いに全て『うん』と答えたところでどうなるというのだろう。正直今の私にとって、『Yes』だろうが『No』だろうがどちらでもいいのだ。肯定したところで今が変わる訳でもない。否定したってそうだ。はっきり言って沢村君の質問の答えなどなんでも良い。
だけれど、沢村君にとってはどうなんだろう。私の答えいかんで彼の何かが変わるのであろうか。どう答えて欲しいのだろう。
「どんな答えを期待しているの?」
私の声は少し震えていた。
「あ?」
「私に何て言って欲しいの?」
沢村君は立ち止まり振り返る。西日で逆光になり彼の表情は見えない。
「私の答えなんてなんでもいいよ。どう答えたところで何も変わらないよ。私が『そうだよ』と答えたらタイムマシンに乗ってあの時に戻れるの? 私が『そうだよ』って言ったら! ……どうなるの? ……教えてよ」
「お、おい」
「別に沢村君を恨んでなんかないよ。恨むならあの時の自分自身だよ」
知らぬ間に涙が溢れてくる。私は俯き涙が見えないようにする。ここで泣いたらさっきの質問に『はい』と言っている様な物なのに。私ってバカだなあ。『あはは、違うよー』なんて答えられればいいのに。
沢村君は軽くため息をつき、
「悪かったな……」と言った。
私は俯いたままで首を左右にブルブル振る。
「まだガキだったんだ。善悪の区別もなく、自分の発言に責任を取ることも出来ないクソガキだった。お前が孤立していくのは見てて分かったよ。だけどあの頃の俺は見栄だけが大事で何もできなかったんだ。お前が言う様に俺も俺自身を恨んでる」
私は更に首を振る。
なんで今……、どうして? どうして? どうして? 私の感情が決壊する音が聞こえた。
「もういいよ! 誰も悪くないもん。誰も恨んでないもん! 沢村君や柳原君や瀬川君だって、笹山さんや鈴木さんや吉田さんやエリも清美も! 北川先生だって……、だれも……恨んでなんか……な……い……もん。だれも……わるく……ない……もん」
やってしまった。盛大にやってしまった。八つ当たりだこんなの。自分自身が嫌になる。これじゃあ私こそクソガキだ。
中学の時の私を思い出してしまった。ずっと封印してたのに。いつも一人ボッチだったのに、家での夕食の時は『今日こんなことがあったんだ』って嘘まで吐いて家族に報告してたっけ。惨めすぎて情けなくて。でも家族に心配かけたくなくて嘘を嘘で上塗りしてたっけ。友達でもない友達の話して。友達と出かけてくるとか言いながら一人公園で時間潰していたっけ。『エリとハンバーガー食べちゃった』とか嘘ついて晩ご飯食べなかった事もあったっけ。一人ぼっちを隠す為に幾つ嘘を吐いたんだろう。
その度にお母さんは微笑んで、『そう、良かったね』と言った。その笑顔を見る度にチクリと心が痛んだ。
思い出したくもない日常。忘れてしまいたいあの頃。ずっとずっと忘れかけていたのに、どうして今その話をするの? 私は駄々をこねる様に考えてしまう。
涙は遂には私の頬だけでは留めることが出来ずポタポタと地面を濃くしていく。
沢村君は何も言わない。私が落ち着くまで待っていてくれる。
きっと誰も悪くないんだ。皆が普通に過ごしていて、なるべくしてなった結果がアレなのであろう。ここで悪者を決めたってきっとそんなの私の八つ当たりだ。
心を落ち着けよう……。
「ごめんなさい……」と謝り、
「でも……今が楽しいから大丈夫」
絞り出すように言った。
一頻り泣き吐きだしたせいか幾分落ち着いてきた。頬を伝った涙の跡が乾きだし皮膚が張り付いてくる。
あーあ、全然成長してないな私。大人になるってどういう事だろう。大人になるとこういう時どういった対応ができるのだろう。
涙も止まり心も落ち着いてきた頃、沢村君が呟いた。
「でも俺は何か罰を受けるべきだ」
ふうん、じゃあ……、
私の口元が怪しく吊り上がり、目がキランと光る。
私は彼に近づき彼の左腕を持ち上げるとそのまま彼のシャツの袖で思いっきり涙を拭ってやった。ざまあみろハハハハハ(黄金バット風)。ついでに鼻水まで拭ってやろうかと思ったが流石にそれは残酷すぎるのでやめておいてやる。
『鼻水拭い女』などと沢村君に言い触らされたらそれこそイジメが始まりそうだ。
「コレで許す、えへへ」
「お、お前なあ」
ずっとわかっていたんだ。ずっと気付いていたんだ。私はこの人が好きなんだ。どんなに冷たくされても、どんなに怒鳴られても、大きくて、カッコ良くて、冷めたこの人が大好きなんだ。ずっと誤魔化してきただけなんだ。わかってた筈なのにわからないフリしてただけなんだ。
泣いて泣いて涙も枯れて、今なら自分自身に素直になれそうな気がした。
私は彼の腕をポイっと離すと彼の胸に飛び込んだ。顔を埋め彼のシャツを両手でギュっと握り締める。彼のぬくもりが頬から伝わってくる。男の人の匂いがした。私はそのシャツで更に涙を拭う。
「おい!」
彼はそう言うけれど私を引き剥がそうとはしなかった。
私は聞こえるか聞こえないかの音量で、
「好き」と言った。
やがて彼の両手が私の両肩に乗る。
彼の掌から伝わる温かさを感じ幸せに包まれていった。
どのくらいの時間そうしていたのかわからないけれど、
「おい」
「ん?」
「いつまでこうしてんだ?」
「……」
「おい?」
「いつまでいい?」
「今日はここまでだ」
「明日もいい?」
「調子に乗るな!」と怒鳴られてしまうけれど、なおも彼にしがみ付き私は最後のあがきで彼に懇願する。
「あ、あのう」
「なんだ?」
「一生に一度のお願い聞いて欲しい」
私はすがるように言う。
彼はうんざりした表情で、
「なんだ?」と言う。
「沢村君の笑顔を更新させてほしい」
「ああ? どういう意味だ?」
「沢村君の笑顔を忘れてしまったから、新たに記憶したい」
と言って、私は顔を上げ彼を見つめる。君の笑顔は
彼は唖然としていたが、やがてぎこちなく作り笑顔を浮かべた。
「もういいだろ!」と言って私は無理やり彼から引き剥がされてしまい、
「腹減ったから帰るぞ」
沢村君はやれやれといった感じで振り向き歩き出した。
西日はすっかり沈み辺りは薄暗くなってきた。
「だけどな、引き続き気安く話しかけるのはやめろ」
「えー! なんでー?」
「うるせー! なんでもだ!」
「じゃあ、挨拶は?」
「それも最小限に留めろ」
「そ、そんなあ」
私達の距離はまだまだ縮まりそうにない。それでも日々少しづつ近づいている。きっといつかゼロになる。私は彼の背中を見てそう思った。
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