第44話 裏切り
裏切り
陽はビルに隠れ私達はその影に覆われる。幾分涼しさも感じ汗が引いてくるのが解る。
私も立ち上がろうとするけれど、やっぱりさっき蹴っ飛ばされた足首が痛くて無理だ。本当は無理すれば立ち上がれるんだろうけど、立ち上がれない事にする。
「ああー」と言って大袈裟によろめき沢村君の腕に縋る。私は沢村君の腕にしがみ付き、
「歩けないかも」と言った。
信じでぐだざい、嘘だけど。
沢村君は軽いため息と舌打ちをし、
「しょうがねーなー、ほれ」と言って沢村君は私に背を向けてしゃがむ。え? これって、おんぶ? なんて嬉しい誤算なの。
私はその背中にダイブするように飛び乗ると彼の肩に手を伸ばしぎゅっとしがみ付いた。彼の背中から温もりが伝わってくる。いつも私のピンチに登場し私を救ってくれるヒーローの背中は大きくて安心する。
「ねえ、どうしてあそこに?」
「通学路だ」
とは言うけれど、ちょっと離れていない? 何か異変を感じ見に来てくれたのだろうか。私は更にぎゅっとした。
「暑い」
無視無視。
女子高生が男子高生におんぶしてもらっていると言う状況にすれ違う人達が好奇の視線を向けてくる。
「中学2年の時に母親が男作って家出て行ったんだ」
唐突に話しかけられてビックリしてしまう。さっき柳原君が意味深な事言ってたけどそれについてだろうか。私は何も言わなかった。
「母親って言うのは最も信頼出来る存在だろう」
私は何も言わず聞く事に徹する。
「正直裏切られたって思った。ずっと俺だけを見て、俺だけの為に生きていると思ってた。母親が俺を見捨てるなんてありえないと思っていた。想像すらしていなかった。母親って言うのはそういう者だと思ってた。だけど結局は自分の幸福を優先するんだ」
私は彼の肩を掴む力を強めた。
「一番信頼する人から裏切られたら何を信じたらいいんだ?」
私は答えられないでいる。
「母親が家を出て行った時、親父はこう言った。『二人で力を合わせて生きて行こう』ってな。だけどどうだ、1ヶ月もしない内に知らない女が押しかけて来た。『新しいお母さんだ』って言いやがったよ。何だお母さんって思った。俺にとっての母親は俺を裏切ったアイツだけだ」
「二人で力を合わせて生きて行こうって言ったんだ。なんで3人目が来るんだよ。いらねーだろ。結局は自分の寂しさを紛らわす為の存在を家に招き入れただけだ。結局自分の幸福の為なんだ」
私は彼の肩に乗せていた腕を彼の首に回しそっと抱きしめる。
「この世に信じられる者なんて自分自身しかないって思った。信じた途端裏切られる。何を信じたらいいんだ?」
そんな風に言わないで欲しい。
「自分が愛している人、自分を愛している人を裏切るってどういう感覚なんだ? 俺にはそんな奇特な感覚がねーから解んねーんだ。それって普通なのか?」
そんなことないよ……。
「あの家に俺の居場所は無いと思ったんだ。親父に寮に入って今の高校に行くって報告した時の親父のツラがケッサクだぜ、『とっとと出ていけ』ってツラしてやがった」
だからこの高校に……。
私も、沢村君も、姫乃さんも、宇佐美さんも……みんな逃げて来ているんだ、あの寮に。人生に躓き、行き場を無くして逃げてきているんだ。旭寮は逃げて来た人達の最後の砦。だけれど傷を舐め合う事は無い。皆、いまこの瞬間を全力で生きていると思う。
いつも強がって、孤高を貫いて、カッコつけてさ、沢村君はいつもそう。私みたいに弱味を見せない。こんなに強そうに見えても、やっぱり同じ人間なんだ。弱味を簡単に見せられない男の人ってすごいなあって素直に思う。私には無理だ。すぐ泣いちゃうし。
「いつも戦っているんだね」
私は無意識に口にしていた。
「戦ってるんじゃねー、目を背けているだけだ」
男の人はいつも戦う。いつも何かと戦い、競い合っている。弱味を見せればすぐに飲み込まれてしまうと思っているのだろうか。弱いから守ってあげたいと思うのは女の思い上がりだろうか。守る力もない癖に守ってあげたいと思うのは思い上がりなんだろうか。
「沢村君」
「なんだ?」
「私は絶対裏切らない」
「どうだか」
私はその返答の代わりに彼を更に力強く抱きしめる。
「暑い」
無視無視。
「沢村君」
「だからなんだ?」
「信じて……」
「……」
確かに暑い。沢村君の背中と私の胸に汗が滲んでくる。
「お母さんが中華街のお食事券を送って来てくれたの。みんなと一緒に行こうよ」
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