第43話 告白

 告白



 「そうだよ、俺が殺した兄貴の名前だ」

 「!?」

 「な!」


 「知ってるか? 双子ってのはな体力も頭の良さもほぼ同じらしんだ」

 そうなんだ。知らなかった。


 「だけど俺達は違ったんだ。頭の悪い俺と違ってよ、兄貴は聡明だった。それはもう物心つく頃から差が出てよ両親は兄貴を可愛がった。両親の愛情を目一杯受けている兄貴を見ていてよ、俺の中にどす黒い物が日々成長していくのがバカな俺にも解ったよ」


 「ふぅー」と彼は一息つき、


 「大きくなってからだよ、そのどす黒い物の名前が分かったのは。嫉妬だ。妬み、ひがみ、嫉み……、それがどんどんどんどん大っきくなっていくんだよ。どんどんどんどん毎日よ。毎日何かに当たり散らしたよ、兄貴のおもちゃをぶっ壊したりしてな」

 彼は少し微笑み、

 「当時3階建てのマンションの2階に住んでいたんだ。ある日の朝、もうすぐ幼稚園の迎えのバスが来るからって俺と兄貴は通路に出たんだよ。兄貴はいつも俺の前を歩くんだ。まるで自分方が上位だと言わんばかりにさ。俺が先に通路に出ても俺を押しのけて前に出るのさ。俺が先だってね」

 「その日の朝も当然の様に兄貴が俺の前を歩いたよ。んで、階段に差し掛かった時だったなあ、俺の中の成長しきったどす黒い物が決壊したんだ。気が付いたら俺は兄貴の背中を蹴っ飛ばしていたんだよ。兄貴は階段をまるでボールの様に転がって行って、踊り場のコンクリートの壁に頭をぶつけた」


 「知ってるか? 幼稚園児ってのはよ、人殺しても罪にならねえんだよ。法では裁かれないのさ。それでもさ世間は違うんだよ。『兄殺しの息子がいる家』になっちまうのさ。このままだとずっと俺は『兄殺しの成二』なわけだ」

 ゴクリと私は息を飲んだ。


 「両親は俺を守るために離婚までしてさ、俺の苗字を変えて引っ越しまでしてさ、俺を守ろうとしたんだよ。こんなバカで出来損ないの俺をよ」


 かける言葉が無かった。何を言えばいいのだろう。


 「その日から俺の家、まあ俺とお袋だけだけどよ、兄貴の存在を隠し通そうってなったんだよ。かつて壱成っていう兄貴が俺にいた事を隠し通そうって決めたんだ」

 だからさっき嘘まで吐いて……。


 「水原からメールが来た時は仰天したぜ。どこまで知ってるんだって探りを入れなきゃって思ったんだ。何故今さら掘り起こそうってんだって怒りも沸いたよ。沢村が来なかったらマジで殺してたかもな、口封じに」


 「両親が離婚して家庭が崩壊するってつれーぞ、お前だって解るだろう? なあ、沢村」

 「なっ! テメー」

 え?

 「殴りたきゃ殴れよ」

 「もう黙ってろよ、ぶち殺すぞ」


 陽は少しづつ傾いてきたけれど、日差しはまだまだ熱くいつしか額から汗が垂れてくる。


 「水原ー、悪かったな。苦しかったろう? 本当に沢村には感謝だぜ、危うく第二の殺人を犯すところだったんだからな。でもよ、ちょっと嬉しかったんだぜ、一時でも俺を信じてここに来てくれた事がさ。謝罪したかったってのもマジなんだぜ」

 「そんな……、もういいよ」



 「日柴喜佳代、大森霜月、朝霧祥太、佐々木遥希だ」

 「え?」

 「残りの4人だ」

 覚えていたんだ。みんなすっかり忘れてたのに彼は全員覚えていたんだ。私達も全員突き止めたのだけれど言わない事にする。

 「ありがとう」とだけ言った。


 「水原ー、知ってるか? あの洋館さ、実は人が住んでたんだぜ。空き家っていうのはただの噂だ。おばあちゃんが一人で住んでてさ、なんでも俺たちの幼稚園の土地持ちらしいぜ。全然幽霊屋敷なんかじゃ無かったんだよ。俺も小学校に入ってからお袋に聞いて知ったんだけどな」

 「そうだったんだ……」

 「で、そのおばあちゃんが死んでその後は取り壊されたけどな」


 「とにかく……」と言って彼はゆっくり起き上がる。


 「たまには兄貴を思い出してくれ。洋館に確かに一緒に行ったんだ。兄貴の顔が思い出せなければ俺の顔を思い出してくれ。同じ顔だ」

 私は柳原君を見つめ、

 「壱成君」と呟いた。


 「もうお前達の前に現れることはねーよ」

 「会いたいって言ったら?」

 「はあ?」

 「他の4人が柳原君に会いたいって言ったら?」

 「ふん」と言って鼻を鳴らし、

 「気が向いたらな」と言った。


  

 「イタタタタ……、相変わらず加減ねーな、沢村」と言ってゆっくり立ち上がる。

 「自業自得だろ」

 私はポケットティッシュを取り出し柳原君に手渡す。

 「サンキュー」

 そう言って彼は既に乾き始めている鼻血を拭う。


 「水原、お前、キレイになったな。見違えたぜ」

 そんなこと……あるけど。


 「お前達お似合いじゃねーか? ははは」

 「ふざけんな」

 ふざけんなってヒドイ。


 「柳原君、これ」と言って私はポケットに2個入っていたおはじきを取り出し彼に手渡す。

 「成二君と壱成君の分」

 彼はそれらを掌に乗せしばらく見つめたのち、

 「兄貴、コレおぼえてるかな……」と言った。


 「絶対覚えてるよ」と答えた。


 「んじゃ帰るぜ。まあ、気が向いたらメールでもくれ。気が向いたら会ってやる」と言ってトボトボと柳原君は歩きだした。


 「おい、もう間違えんな」と言う沢村君の声かけに振り返らず片手だけ上げて去って行った。

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