第39話 豊川兄弟

 豊川兄弟



 掘り起こした土を元に戻し職員室の女性にお礼を申し上げて私達は幼稚園を後にする。正午をすっかり回ってしまい、少し空腹感を覚えた私達は以前佳代さんと行ったナックへ向かう事にする。

 「この『おはじき」それぞれに返そう」と祥太君は言うけれど、正直どれが自分の物なんて覚えていない。それでもそれぞれが一つづつそれを取り大事にしまった。


 「残った2個だけど……」と祥太君が言うのを遮る様に私は、

 「私が持っておく」と言って2個の『おはじき」を受け取った。



 各自が注文を済ませテーブルの一つを確保し椅子に座る。


 「結局7人だっただね」とフライドポテトをかじりながら佳代さんが口を開く。

 「シモの言った通りだったですよー。6人なのに7戦隊なんてシモ名付けないですよー」と霜月さん。

 「それで、もう一人の豊川君、壱成君の双子の兄弟なんだけれど、心当たりのある人はいるかな?」と祥太君が皆に問う。


 私は最初に壱成君の写真を見た時に感じた引っかかりについて考えていた。一つの可能性が浮かぶけれどそれを裏付ける根拠はない。だけれどあり得ない話でも無いと思い、

 「壱成君の兄弟、ううん、きっと弟だと思うんだけど、多分成二せいじ君と言う名前だと思う」


 「え? どういう事? ナバちゃん知ってるの?」

 「最初に壱成君の写真を見た時、おや?って思ったの。私の知っている人かも知れないと。面影も残っているし成長した彼に初めて会った時、この人は知っている人だって思った事も覚えてる」

 「それはどこで会ったの?」と祥太君。

 「中学1年生の時に同じクラスだったんだ」

 「確かに『成』の字は共通してるね」

 そうは言ったが一つの問題点もある。だけれど私の中では彼が『豊川成二』君なのだという根拠の無い自信もあった。


 「ただ、その成二君なんだけど、豊川成二君ではないんだよ」

 「どういうこっちゃ?」と佳代さんが訊く。


 「私の想像している人の名前は柳原成二やなぎはらせいじ君」

 私は彼の名前を口にし暗い気持ちになる。彼の姿を思い出すと今でも言いようのない嫌悪感を抱くのだ。まるで爬虫類のような目で人を値踏みするかの様な目つき。強い者に取り付いてそのおこぼれを拝借していく様な生き様。一時期沢村君の取り巻きになっていた時期もあった気がする。素行も悪そうだった。2年生のクラス替えで別々になり結局卒業まで同じクラスになることはなかったけれど、きっと今でも彼の厭らしさは変わっていないのではないかと思う。

 そんな彼を今一緒にいる祥太君達に引き合わせるのは躊躇われるのだ。こんな良い雰囲気の仲間達に彼を加える事に不安を感じてしまう。何より私自身が会いたくない人物でもある。


 「柳原?」

 「うん、これは憶測でしかないんだけれど、洋館探索の後にご両親が離婚して苗字が変わったという可能性もあるのかなあって思って」

 「確かに、あり得るかも知れない、それは」と佐々木君が頷いてくれた。

  

 ただ、もう一つ問題がある事も今思い出す。


 「でも、彼に兄弟がいたかどうかは判らないんだ。彼とは1年生の時だけ同じクラスだっただけだし、その後壱成君と同じ組になった事もないし」

 これは沢村君に聞けば判りそうだけれど。


 「それで、ナバちゃんはその成二君と連絡は取れるの?」

 これも沢村君に聞けば判るかも知れない。どちらにせよ成二君を仲間に引き合わせる前に今の彼の人となりを調べなくてはならないと思った。現時点で成二君の人柄を皆に伝えるのは止めておくことにする。


 「うん、連絡先は分からないけど私の方で調べておくよ」


 よくよく考えてみれば、今集まっている5人も人柄など全く気にせず闇雲に連絡を取ってきたけれど、幸いにして良い人達ばかりだったのは幸運だったと思う。そして最後に判明した仲間が豊川兄弟だった事も幸いした。今ならまだ引き返せるのだ。彼を祥太君達に会わせたくはない。

  

 「じゃあ今後はナバちゃんからの連絡待ちって事になるね」

 「うん、何か判ったらLINEするね」と一応答えた。


 その後私達は再会を約束し解散となる。横浜駅までに電車の中でメンバー捜しの旗振り役の祥太君にだけは成二君の事を伝えようと思った。


 「あのね祥太君」

 「なんだい?」

 「実は柳原成二君の事で……」


 私は祥太君に事情を説明する。彼は時折相槌を打ちながら私の話を聞いてくれた。


 「そうだったんだ。確かにそれは嫌な感じがするね」

 「うん、これまでは運良く皆良い人達だたったけれど、成二君だけは何か嫌な予感がするんだ」

 「解った。後の判断はナバちゃんに任せるよ。ナバちゃんが止めた方がいいと思うならそこで中止しよう。7人のメンバーが誰だったか判っただけでも十分だよ」


 私は電車の車窓から遠ざかっていく私の故郷を見つめながら言い知れぬ不安を感じていた。



 寮に戻ってポストを見ると封筒が入っていた。誰だろう? 見るとお母さんからだ。

 自室に戻り封筒を開封する。中には手紙と何やらチケットの様な物が入っていた。


 『――菜端穂へ―― 元気で安心したよ。お友達出来て良かったね。それと良かったら同封した物も使ってね。   母より』


 同封してあるチケットを見ると中華街の有名店のお食事券が数枚入っていた。


 私はお礼のLINEをお母さんに送った。

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