第32話 我が校の頭脳

 我が校の頭脳



 私は4階まで駆け上がり1年5組の教室に向かう。

 廊下のからドア越しに教室を覗くと彼はひたすらに勉強しているようだ。

 教室に入るのは躊躇われたため、ドア付近で雑談している女生徒に、

 「すいません、中西君を呼んでもらえませんか」と丁寧にお願いする。


 「中西ってどれ?」と雑談していた相手に聞いている様だ。中西君、存在薄いぞ。まあ誰とも話さず勉強ばかりしてたらそうなるのかな。

 「アレじゃないの?」と話し相手の子が中西君を指差して言う。

 ドレアレ扱いの中西君は騒がしい教室内にウンザリしながら顔をしかめ参考書に目を落としている。


 「おい、中西ー、お客さん」と彼女は中西君を見ながら親指で私を指して言った。

 ええ? 呼びに行ってくれるのかと思ったんですけど。1年5組の教室の生徒らが声に反応して視線が一斉に私に集まり、顔が熱くなり狼狽えた。彼女とか思われたらどうしよう。もしくは告白しに来たとか? いろいろ誤解が生まれそうで他のクラスに行くのはどうも苦手である。


 中西君はその声に気付き顔を上げコチラを向く。人差し指で眼鏡のフレームをスッと鼻の上に上げ、レンズがキラリンと光り黒目がちな瞳が私を凝視する。

 彼は参考書にしおりを入れて閉じゆっくり立ち上がるとコチラに歩いてきた。


 「なんだ水原君、負け惜しみでも言いに来たのか? 君は意外と執念深い様だ」

 バカなこと言ってないでとっとと廊下に出てきてよ。注目されてて気恥ずかしいから。それに私は目的のパンさえ手に入れられれば君との競争の勝敗なんかどちらでもいいんだから。


 「ちょっと来て」と言いながら彼の袖を摘まんで廊下へ誘導する。教室のどこからか「ヒュー」と聞こえた気がした。君たち盛大に勘違いしてるぞ。だからと言ってわざわざ身の潔白まで証明はしませんけどね。


 「なんだ? はっきり言って抜け作な君と話している時間なんてないんだがね」

 「ごめん、ちょっと相談があってさ」

 「階段の駆け降り方か?」

 取り合えずパンから離れて。


 「いや、そうじゃなくて、個人的なことなんだけど、今日放課後少し時間作って欲しいの」

 「永久敗北宣言でもするつもりじゃないだろうな。見損なったぞ水原君。だいたい君は……」

 「いいよね! 放課後迎えにくるから! ね!」と無理やり発言を遮り言い切った。

 彼のペースで話していたら一向に話が進まない。

 私はそのまま身を翻しその場を去った。背後で「だいたい君は……」の続きが聞こえた。


 どうしてあの面々だったのか私では思いつかない事を彼なら何かしらヒントをくれるかもしれない。ここは我が旭第一高校の頭脳にかけてみる。



 放課後になり1年5組の教室に行くと約束通り中西君は教室で待っていてくれた。席に着き相変わらず勉強をしている。

 気付いてくれないかなあ。教室に入って行くの抵抗あるんだけど。

 するとお昼に中西君を呼んでくれた子が私に気付き、

 「おい中西ー、彼女が迎えにきたぞ」

 もうー、すっごい勘違いしてるー。こういう場合全力で否定するべきであろうか。すると中西君がその女生徒に、

 「あんな『あんぽんたん』が僕の彼女の訳がないだろう全く」と私の代わりに否定してくれている。

 「だいたい君ねえ、僕にとって時間は1分1秒でも貴重なんだ。彼女などというモノを作っている暇があるなら英単語の1つでも覚えたほうが有意義と言うものだ。僕は君たちと違って――――」

 中西君はその女生徒に延々とお説教をしている。1分1秒が大事ならすぐ私の所にきて。


 「あー、うるせー。わかったらもう早く行きなよ。あの子待ってるよ」

 「ったく」と言いながらようやくあんぽんたんの所に来てくれた。


 「ここじゃアレだから中庭でもいいかな?」と私が言う。

 「なんだ? 競争か?」

 「もういいから早くいこ」

 「では待て水原君。鞄を取ってくる」と言って再び教室に入って行く。


 彼は鞄に教科書や参考書を鞄に詰めている様だがその量が尋常ではなく詰め込むのに時間がかかっている。最終的には鞄に入りきらず何冊かの参考書は手に持ったまま廊下に出て来た。


 「話とは?」

 「いや、だから中庭で話すよ」

 もう忘れたんかい。


 私はぶつくさ言いながら先に歩き出した。

 頭良いのか悪いのかよくわからないなあこの人は。まあ良いんだろうけど。実際良いし、悔しいけど。




 中庭のいつものベンチに行くと一人の女生徒が花壇に向かって座っていた。あれ? 彼女は……、クラスメイトの宇佐美葵うさみあおいさんだ。しかも同じ寮生でもある。

 肩までのセミロングの髪は染められておらずこの学校では珍しいタイプだ。私を含め。あ、隣にもいた。彼女は手にスケッチブックを持ち何やら描いているようだ。湿気を帯びた風が時折彼女の髪を揺らす。


 私はさりげなく後ろを通りスケッチブックを覗き込んだ。彼女は色鉛筆でサルビアの蕾の絵を書いている様だ。その色使いは独特で光と影のコントラストが強く、そして使われている色の彩度も濃い。

 「すごーい……」と口から洩れてしまった。


 彼女はビクっとして振り返り、

 「いやーん、あんまみんといてー」と言いながらスケッチブックをひっくり返してしまった。


 「すごい上手だったよ。もっと見せて欲しいのに」

 「まだ完成してへんからいやや」

 「じゃあ完成したら見せてくれる?」

 「ええけど、今日はむりやで」

 「うん、出来たらでいいから」

 「おほん! 水原くん、早くしてくれないかな」

 ちょっとは空気読んでよこのガリ勉。


 「わかった、あっちのベンチに行こう」と私は中西君を促し彼女の邪魔にならない辺りのベンチへ歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る