第8話 殴り合い
殴り合い
教室にたどり着くと私の視界には机が四方八方にバラバラに散乱し、その中央の机が無くなったスペースに一人の男子生徒が両手両膝を床に付け、鼻から血を流し四つん這いになっているのが見えた。
その四つ這いになった生徒のすぐ横には、これまた一人の男子生徒が立っており、彼の顔にも殴られた跡がいくつも確認できた。唇を切っているのであろうか口元から血が滴っている。
「
「何やってんだよ! 入学早々よ!」と、祥太君がその松葉と呼ばれた生徒に詰め寄る。
「うるせーよ、朝霧。先に因縁付けてきたのはソイツだ」と言って四つん這いになっている生徒を顎で示す。
四つん這いになっている生徒を見て驚愕した。
「沢村君!」
私は慌てて沢村君に近づく。沢村君は四つん這いのまま肩で息をしており、鼻からは相変わらず血が滴り、床に血だまりを作っていた。
「沢村君、大丈夫?」と彼の背中に手をやるけど、すぐに片方の手で払いのけられてしまい、
「うるせー、水原! てめぇ、来んじゃねぇ! 気安く話しかけんなっつただろうが!」
「でも、怪我してるじゃん。保健室行こうよ」
「ほっとけっつってんだよ!」と、沢村君が叫ぶ度に血が床に滴る。
「と、とにかく、もうすぐ先生が来るぞ! おまえら入学早々停学になってもいいのか? ひとまず今はお互い引け!」と祥太君が果敢に二人の間に割り込む。
「ほら、松葉、おまえ顔洗ってこい!」
祥太君が松葉君の背中を押して促す。松葉君は祥太君に促され、「ちっ」と舌打ちしつつも、渋々と言った感じで教室を出ていこうとしていた。そこにまだ立ち上がれない沢村君が、
「テメー、覚えてろよ。まだ終わってねえからな」と恫喝する。
松葉君は振り返りもせず、
「はんっ、いつでも来いや」と言って教室から出ていった。
私は再び沢村君に、「保健室行こう」と声をかけたが、
「うるせー、うるせー。ほっとけよ!」と言ってなんとか立ち上がり、おぼつかない足取りでフラフラと廊下へと歩き始めた。
私はそれ以上どうすることも出来ず、ただ沢村君の背中を見送る事しかできなかった。
祥太君が私に近づいてきて、「何? アイツ知り合いなの?」と訊ねる。
「うん、同じ中学なの」
「そうだったんだ。とにかく収まってよかったよ。あの松葉ってのはさ、
祥太君の話を聞きながら、あらためてこの旭第一高校の実態を思い知る。
ひとまず残った生徒で机を元に戻し、私は沢村君が作った血だまりを雑巾でふき取り、なんとか先生が来る前に平常を取り繕って席についた。
しばらくすると松葉君が教室に入ってきてどんどん私に向かってくる。
何? 何? 沢村君の知り合いだから私も殴られるの? と思っていたら、彼は私の前の席にドカっと腰を下ろした。
松葉君、私の前の席だったんだ。ひぇー、私の周りにはどうしてこういう方々が集まってくるんでしょうか。私は自分の星の元を恨んだ。
昼食の時間になっても沢村君は戻って来なかった。保健室に行ったとも思えないし寮に帰ったんだろうか。
さて、こんな事件があった日でもやっぱりお腹は空く。私のお腹の虫は4時限目からすでにご機嫌斜めな様子でしきりに私に蚊の鳴くような声で訴えかける。
殆どの生徒がお弁当を持ってきているようだけれど、寮に住んでいる私は学食か売店で済ます他ない。
私はとぼとぼと売店に向かう。しかし、私が売店に着いた時にはすでに殆どのパンや総菜は売り切れており、辛うじて残っていたポテトパンとやらを購入した。ポテトパンとは食パンにマーガリンが塗られており、その上にフライドポテトが山の様に乗っているカロリーのお化けのような総菜パンである。私は紙パックのジュースも一緒に購入し、それらを持って中庭の方へ歩いて行った。適当なベンチを見つけ腰を下ろす。売れ残るということは美味しくないのだろうと期待せずに食べたのだけどコレがなかなかに美味しい。お腹の虫もすっかり上機嫌なようでなりを潜めた。
ベンチの後ろには花壇があり、『サルビア』と書かれた園芸用ラベルが土に刺さっている。地面からチョンと顔を出した若葉たちを見て先日入学した私達と重ねる。毎日ここに来れば花が咲くのが見られるかも。私はなんとなくそう思った。
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