第7話 若葉7戦隊

 若葉7戦隊わかばしちせんたい



 翌朝、通学路を歩きながら所々に植えてある桜を眺めた。8分咲きといったところで、満開まではもうすぐだ。時折、既に枝から離れてしまった花びらが道路を横断していく。

 校門に差し掛かった所で、ちょうど反対側から歩いてくる祥太君を見つけた。彼も私に気付いたようで、

 「おはよう、ナバちゃん」と、相変わらず爽やかに話しかけてきた。

 「おはよう」と私も返す。


 こんな何気ない友人との挨拶。こんな事が今まで私には出来ないでいたのだと改めて気付く。私が感慨深く浸っていると徐に祥太君が、

 「ナバちゃん、若葉7戦隊わかばしちせんたいって覚えてる?」と聞いてきた。

 そんな得体の知れない物知りません。そんな私の感想をよそに祥太君はなおも続ける。

 「昨日、ナバちゃんに再会してさ、幼稚園時代の頃を思い出していたんだよ」と右斜め上45度くらいを見つめながら言う祥太君。

 「ナバちゃん、覚えてないかな? ほら、いつだったか幼稚園の裏にある不気味な洋館に探検に行ったこと」

 私は記憶を探る。たしか、いつだったか、確かに私の記憶にある。たまたまそこに居合わせた7人の園児たちが幼稚園裏にある不気味な洋館に行った事を。それを思い出し祥太君に返す。

 「覚えてる、覚えてる。あれ怖かったよね」

 「あ、思い出した? あの時に一緒に行った7人。アレをあの時『若葉7戦隊』

って名付けたじゃん?」

 いや、確かに7人で洋館に行ったことは覚えてますよ。でも命名した事、更に名前まで覚えていませんよ。


 「あれ、本当に怖かったよね。何だったんだろうアレは」

 その記憶は今でも私を震え上がらせる。

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 あれはいつだったか、とにかく私が4歳か5歳の時、何故か私達は園庭にいたのだ。何故いたのかは思い出せないのだけれど。そこに祥太君もいた。私達は思いおもいに適当な遊具で遊んでいたのだと思う。その時、誰が言い出したのか思い出せないけれど、

 「あそこの館に行ってみない?」と提案されたのだ。

 幼稚園の裏には林が茂っており、その奥に古びた洋館があったのだ。かなり以前からその洋館は空き家とされており、林の中に佇むその不気味な洋館は、いつしかお化け屋敷などと言われるようになっていた。

 夜中に突然2階の明かりが灯る。昨日閉まっていた筈のカーテンが少しだけ開いている等、噂は噂を呼び、近所の誰一人としてその洋館に近づく者はいなかった。

 そこへ探検に行こうと言うのだ。子供は好奇心の塊である。いつしか、

 「行こう!」と皆の意見が纏まり居合わせた7人で探検に出かけたのだ。


 私達7人は林を抜け、洋館の庭にたどり着く。そこは音も無くシーンとしており、その静けさに合わせるように誰一人となく声を発する者はいなかった。

 洋館の窓には全てにカーテンが掛かっており、室内に明かりも見えず、宛らお化け屋敷という佇まいであった。

 当時、この様な外観の洋館は珍しく、ホラー洋画で登場する洋館を彷彿とさせており、その不気味さは子供たちの好奇心を煽るのには十分であった。

 静まり返った庭には水の干上がった庭池があり、底には赤や黄色に彩られたおはじきがいくつも散乱している。かつて私達のような子供がいたのであろうか。思いおもいにおはじきを手に取り「キレイだね」なんて言ってたっけ。


 私達が各々にその洋館の庭を探索している時であった。不意に音がしたのだ。「カチャリ」と。

 7人は音のした方に振り返る。どうやら玄関の大扉のようであった。


 しばらく何事も無かったのだけれど、子供たちは見てしまった。玄関のL字型のドアノブがゆっくり下に動いている事に。

 ドアノブが90度真下に下がる前に誰かが言ったのだ、

 「で、出たー!」と。


 その叫びを皮切りに皆が一斉にもと来た場所へ走る。「見てはいけない、見てはいけない」と誰もが思った。

 私達は振り返る事もなく、ただ一目散に幼稚園へと逃げ帰った。


 当時感じた恐怖が改めて私の中を電撃の様に走り、私は鳥肌が立つのを感じる。



 「それでさ、その時いた7人なんだけど、ナバちゃん全員思い出せる?」

 ブルブルっと震える私に問いかける祥太君。

 私は手を顎の下にやり考え込む。たしかに7人いた。気がする。6人だったか、もしくは8人だったかも知れない。ただ、若葉7戦隊というからには7人だったのだろう。あの時の顔ぶれを思い出すけれど、正直、祥太君がいたことくらいしか思い出せなかった。おそらく普段から仲良く遊んでいる仲良しではなかったのであろう。本当にたまたま居合わせただけだ。そもそもなぜあの時あの7人だけ園に残っていたのであろうか。普段は園が終わればバスに乗って帰宅する筈だ。あの日だけ何らかの理由でバスに乗り損ね次のバスを待っていたのかも知れない。

 「うーん、ゴメン。祥太君の顔しか出てこないや」

 「ははは、唯一蘇った記憶が僕だけなんて栄誉な事だよ。僕も昨日からずっと思い出そうとしてるんだけど、7人のうち3人しか思い出せないんだ」と、少し勝ち誇ったような顔で祥太君は言う。

 「私と祥太君と、あと一人だれ?」

 「佳代かよちゃんっていって、当時僕が住んでいたマンションがあるんだけど、その同じマンションに佳代ちゃんも住んでいたんだよ。だから思い出せたっていうのもあるんだけどね。たしか苗字は日柴喜だったと思う。日柴喜佳代ひしきかよ

 10年以上前の色あせた記憶。怖かった記憶と共にあの時のやわらかであたたかい日差し。少し西に傾いた太陽。逆光に映し出される林と洋館。少しづつだけど、曖昧な記憶に輪郭が付いていくのを感じる。


 「でさ、あの時の7人が誰だったか。それをこれから探していこうと思うんだよ。あわよくば再会もしてさ」

 ふむふむ。たしかに少し楽しそうだ。

 「ナバちゃんも手伝ってくれるかな?」

 祥太君、きっと私は君の期待を盛大に裏切るくらいの働きしか出来ないぞ。それでも良ければ、

 「うん、協力する。探し出そう」と答えた。

  

 「まずは唯一思い出せた佳代ちゃんと連絡を取ることからかな。彼女なら他のメンバーも覚えているかも知れないし。佳代ちゃんが以前と同じマンションにまだ住んでいるのなら直接会いにいくという手もある」

 えー、静岡に行くんですか。ちょっと憂鬱に気分になった。

 「まあ、焦ることは無い。僕たちにはまだ3年もあるんだから」


 祥太君と並んでそんな事を話していたら教室が見えてきた。その時である。私達の教室から、ガタッガタッという激しい音と「キャーッ!」という女子生徒の悲鳴が聞こえた。私達はお互い顔を合わせ、

 「僕たちの教室だ! 行こう!」と祥太君が走り出した。

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