第5話 祥太君との再会

 祥太君との再会



 「ナバちゃん? ナバちゃんだよね?」

 突然声をかけられビクッとする私。

 顔を上げるとそこには一人の男子生徒が立っていて、爽やかに微笑んでいた。えーっと、この人は確か一番最初に自己紹介した、名前は朝霧君だったかな。

 朝霧君はすらっとした体型で髪もナチュラルな感じで制服もキチンと着こなしている。所謂、普通の好青年といった感じか。この旭第一高校にはちょっと似つかわしくない爽やかボーイだ。

 私はあっけにとられボーっと彼を見つめる。

 「その様子だと覚えてないよね?」と朝霧君。

 うん、覚えてない。ごめんよ朝霧君。


 えーっと、誰だったかな、この好青年は。こういう場合はひとまず、「あーっ!」と言って指でもさしつつ、「はいはいはいはい」といいながら、逆の手のひらで口でも押えて驚いたフリでもすれば良いのだろうか。

 私がそんな浅ましい計画を思案していると、

 「いや、覚えてなくても無理ないよ」と言った。

 ですよね。無理ないですよね。少なくとも私の記憶の断片にすら君の爽やかスマイルはゴザイマセン。


 「小学校も中学校も別だったからね仕方ないよ。でもね、僕たち幼稚園で同じ組だったんだよ」

 幼稚園! 更に記憶を遡れと? 朝霧君。

 私は彼の名前を復唱する。朝霧君。あさぎりくん。アサギリクン……。


 当時私は若葉わかば幼稚園という所にバスで通っていた。近くには市立の保育園などがあったのだけれど、教育熱心な両親が私を幼稚園に通わせたのだ。

 

 私はようやく口を開く。

 「朝霧君……」

 「そうそう朝霧祥太あさぎりしょうた だよ」

 祥太君。しょうたくん。ショウタクン……。ショウタ君? そうだ、私がまだ幼稚園の年中だか年長だか忘れたけれど、確かにショウタ君という名前の子が居た。

 「祥太君?」

 「祥太だよ」と朝霧君は更に爽やかになって微笑んだ。

 「あーっ! 祥太君!」

 私は先程、浅ましく計画していた事を図らずも実行する。

 「久しぶり、ナバちゃん」と言って祥太君は胸をなでおろすかの様に言った。


 その後、祥太君は小学3年の時に父親の転勤を機にこの神奈川県に引っ越した事などを説明してくれた。


 「驚いたな、まさか高校になってナバちゃんと再会するなんて、あ、ナバちゃんなんて馴れ馴れしいよね、水原さん」と、朝霧君は遠慮がちに言った。

 「大丈夫。私も朝霧君って呼ぶより祥太君って呼んだ方が馴染みがあるし」

 「ははは、じゃあ良かった。覚えていてくれて嬉しいよ、ナバちゃん」

 

 入学早々、沢村君という悪の権化と1ヶ月ぶりに再会し深く落ち込んでいた私には祥太君は女神のように映った。いや、男子なんだけど。


 「ナバちゃんも講堂行くんでしょ? 一緒に行こうよ」

 うん、そうなんだけど、ちょっと待っておくれ、祥太君よ。私にはまだ不安な事があるの。言わずもがな沢村君の事なんだけど。

 私は恐るおそる沢村君の席を窺う。

 しかしそこにはすでに沢村君の姿は無かった。

 それでも私はまだ講堂に向かう気にはなれず、

 「祥太くん、講堂行く前に職員室に行きたい」と訴えた。

 「職員室?」とオウム返しに尋ねる祥太君の頭の上には何となく ? マークが見えた気がしたが、私は躊躇わず、

 「うん、入試試験の上位20名を見たいの」と答えた。


 「ははーん、僕の得点を知りたいんだね?」

 いや、君のじゃなくて私のなんだけど。あえてそこは否定も肯定もせず、

 「とにかく行こうよ」と私は促した。



 職員室の壁の掲示版を見ると確かにそこには一枚の張り紙がしてあり、○○年度入試試験結果上位20名と銘打った紙が貼りつけられている。


 その中から私の名前を捜す。祥太君、すまないが君の名前は後で探すよ。

 私の名前はすぐに見つかった。上から2番目。5教科の総得点が横に書き添えられている。私の得点は475点であった。

 これで2番なの? と私は思った。何せ願書さえ出せば受かる高校である。私は密かに「ひょっとしたら1番かも」と思ってもいた。しかし私の上に中西彼方なかにしかなた495点というありえない得点をひっさげた猛者が居たのだ。

 世界は広い。上には上がいるな……と思いつつ、ついでに、ついでには失礼か、と思いつつ、でもやっぱりついでに祥太君の名前を探す。


 1位495点。2位475点。かなり開いて3位395点と続く。

 私は辛うじて17位に305点という得点を得た祥太君の名前を見つけた。

 「祥太君、名前乗ってるよ。17位だよ、すごいよ」と言って祥太君の方を見る。

 祥太君はロボットの様にカクカクと首をコチラに向けながら、

 「ナ バ ちゃ ん す ご い じゃ ん」とゆっくり言う。


 「ははは、まぐれだよ」

 まぐれって何だろう? と思いつつも精一杯祥太君をフォローしようと思ったが、実際上位20名に名前を連ねた祥太君を素直にすごいと思った。

 祥太君は若干プルプル震えながら、

 「講堂行こうか」と言った。


 講堂に着いた時にはすでに生徒の姿は疎らで、教科書と体操着の受け渡しは滞りなく進んでいるようだ。職員室に寄った甲斐があったね。


 自分の分の備品を受け取る。紙袋いっぱいに入った教科書は果てしなく重い。対して体操着の入った袋は想像通り軽い。こういう場合左右均等に重さを同じにした方が身体の負担が少ないのだけど。

 この荷物を持って寮まで帰るのかと思うとげんなりしたけど、寮まではせいぜい歩いて15分である。

 それよりもこの荷物を持って電車で帰宅する生徒を思うと少し気の毒になった。


 「祥太君、家は近いの?」

 「一応市内だけど電車で20分位かかるかな」

 あー、祥太君は先程私が気の毒だと思った人たちの仲間なのね。

 同情しつつも私たちは並んで校門に向かう。


 「じゃあナバちゃん、駅コッチだから」と祥太君は私が向かう反対側を指差しつつ、「明日からよろしくね」と言った。

 「うん、覚えていてくれてありがとう。明日からよろしくね」と私も応えた。


 お互いに手を振ると反対方向に歩き出す私達。



 入学早々沢村君を見つけ不安で押しつぶされそうになったけど、祥太君と再会し、少なくても中学時代の様に一人ぼっちにはならずに済みそうだと思うと心が軽くなった。

 


 寮までもう少しの所まできた。教科書の入った袋が重い為、左右の手を交互に持ち替えながらひたすらに歩く。

 ここの角を曲がれば寮の門が見えるというところまで来た時である。

 私は不意に後ろから声をかけられた。


 「おい。水原」


 こ、この声は!

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