第4話 入学式

 入学式



 今、私は寮から学校までの道を歩いている。道沿いの店舗はまだ開店していない店が大半であるが、お洒落なカフェやコンビニには人の出入りがあるようで、ビジネススーツを着たサラリーマンやキャリアウーマンがそれらの店に入って行くのが見える。

 入学式のその日、風は穏やかで私の髪を後ろから頬を撫でるように揺らす。


 校門まで差し掛かると数人の大人達が何やらプリントされた紙を登校してくる生徒達に手渡しているのが見えた。おそらく教師なのであろう。

 幾らかの生徒は保護者と一緒におり、明らかに新入生と判るけれど、私を含め真新しい制服を着ているのに一人で登校してくる生徒もそこそこにいるようだ。

 それらの生徒達を眺めながら、改めてこの高校がどういう高校なのかという事を思い知る。

 

 茶髪どころか金色の髪の女生徒。だらしなくシャツをズボンから出しカチャカチャと音を立てながら歩く男子。ドンドンドンという重低音をまき散らしながら校門に横付けされた黒塗りの車から降りてくる女子。「終わったらLINEするー」と言いながら運転手の派手な男に手を振っている。彼氏だろうか。かと思えば、いかにも真面目そうな生徒も普通にいる。

 来るもの拒まず去るもの追わず。そんなこの旭第一高校の校風を見た気がした。


 さて、先ほど手渡された紙だけど、どうやらクラス分けの詳細が書いてあるようだ。1-1から1-6まである名簿の中から自分の名前を探す。1-1から順番に指でなぞっていくと、見つけた。どうやら私は1-3らしい。


 そのまま昇降口まで差し掛かると人だかりが出来ており、人だかりの中心にはホワイトボードが設置されている。キリンのように首を伸ばしそれを見ると各クラスの教室の位置が書いてあるのが見えた。

 私の1-3は4階の端から3つ目の教室のようである。

 入学式の前に一旦教室に集合するのだという。


 息を切らしながら4階まで上がり、教室の前まで来るとドアに再び紙が貼られており、席の位置が書いてある。私の出席番号は28番なのでそれを捜すと窓側から5列目、前から4つ目のようだ。

 静かに着席し周りを見渡す。なるほど、クラスメイトも結構派手目な生徒が多い。だけど殆どが誰かと会話するということもなく、静かに座っている。まだお互い初対面同士だし当然と言えば当然か。


 まだ幾らか空席があるようだけれど、程なくして一人の先生が入ってきた。

 先生は教壇に立つと、

 「皆さん、おはようございます。入学おめでとう。私はこのクラスの担任の栗山と言います。科目は化学です」

 栗山という、年齢は30歳くらいであろう男性がそう挨拶した。

 その声に黙って軽く頭を下げるだけの生徒達。


 「これから講堂に行って入学式があります。おおよそ1時間程度かな。その後再びこの教室に戻って軽くお互いの自己紹介などして、それから当面必要になる各係などを決めます。例えば貴重品金庫のカギ係などね。その後は再び講堂に行って教科書などを各自受け取り、今日はそのまま下校になります」

 との事だ。

 うーん……、係か。いきなり何かに当たったら嫌だなあ。どういった基準で決められるのだろうか。


 「じゃあ講堂にいくよ」と栗山先生。


 


 入学式は栗山先生の言った通り1時間程で終了した。校長やら、来賓やら、市議会議員やら無駄に意味のない挨拶を延々と聞かされいささか眠気に襲われた。


 教室に戻って着席すると相変わらず空席が幾つかある。初日から欠席なのか、いきなり辞めたのか。私は朝もらった紙を再び見てみる。1-3は35人で席は6列6行あるので廊下側の一番最後が空席なのは当然だとしても……。

 やはり途中途中の空席には本来生徒がいるはずだ。


 そんな事を考えていると栗山先生が教室に入ってきた。なにやら薄い冊子を抱えている。

 「みんなお疲れ」と言いながら手に持った冊子を一番前の生徒に手渡しつつ、「各自一冊づつ取って後ろへ回していって」と言った。

 「今渡したのには校則が記載されているから各自帰宅してから良く読んでおくように。それから」

 先生は少し溜めた後、

 「入学試験の得点結果を上位20名まで職員室の掲示板に掲載してある。興味のある人は見ておいて」

 お、これはちょっと興味ある。私は本来県内の上位校も狙えた筈なのだ。上位20名なら私も入っているかも知れない。いや、もしかしたら1位もあり得るぞ。


 「では、今から各自軽く自己紹介していこうか」

 と先生がいった。

 この自己紹介が私に再び悪夢を思い出させる事になるなど、この時は思いもしなかったのだけれど。


 「じゃあ君から。うん、一番前の君」

 先生が出席番号1番の生徒に指さしながら言う。

 こういう時苗字が水原で良かったといつも思う。「あ」から始まる苗字だと大概トップバッターになって気の毒だなあと思う。


 「えーと、初めまして、朝霧祥太あさぎりしょうたです。市内の北中学出身です。よろしくお願いします」

 と朝霧君は大きな声で挨拶した。慣れているのであろう、声は良く通り堂々としたものだ。


 その後順番に自己紹介がされていき、10人目位の時にそれは起きた。


 ガタンッという大きな椅子の音を伴って立ち上がり、やけに低い声で、


 「沢村剛也さわむらごうや」と、一言だけ言って座った生徒がいた。


 え! 沢村剛也さわむらごうや? 沢村という苗字はそれほど珍しくない。問題は剛也ごうやという名前の方だ。「ごうや」という名前は珍しいのではないか。あの沢村君なのか。

 私は恐るおそるその声の主へ視線を向けた。


 果たしてそこには、あの沢村君がいた。身長は更に伸びて顔も精悍になっている。


 なんで? なんで? どうして? 中学のみんなから逃れるようにこの高校を選んだのに、なぜいるの? 

 私の過去を知る中学のクラスメイトがいるだけでも嫌なのに、よりによって沢村君とは。

 私は恐怖を感じた。血の気が引いていき顔の周りがヒリヒリする。


 沢村君はまだ私に気が付いていない様だけど、いずれ私の自己紹介の番になる。どういう反応をするだろう。むしろ忘れていて、まるで空気のように。

 その後更に自己紹介が続いていき、無情にもその時は来た。


 私は静かに立ち上がり、

 「水原菜端穂みずはらなばほです。静岡の中学から来ました」と言った瞬間、

 「あぁ?」

 「えっ」

 と二つの声が聞こえた。

 あー気付かれちゃったよ。やっぱりバレるよねって、え? 二つの声? 一人は沢村君だろうけど、もう一人いるの? そ、そんなあ……、と思いながらそそくさと席に着く私。


 声は二つ聞こえた。両方男子の声だった。「あぁ?」の方はきっと沢村君だろう。うん、きっとそうに違いない。

 問題はもう一つの「えっ」の方だ。沢村君以外にまだいるのか、中学のクラスメイトが。だけど今までの自己紹介の中で知った名前は沢村君だけだ。まだ順番が来ていない生徒だろうか。


 その後、出席番号35番の渡辺君の自己紹介が終わったけど、結局沢村君以外に知った名前は出てこなかった。

 そもそも、「えっ」が私の自己紹介に反応したという根拠もないし、思い違いであることを祈る。


 「じゃあ改めて俺の自己紹介するぞ」

 生徒全員の自己紹介が終わった後、栗山先生が自己紹介を始める。


 「栗山悟くりやまさとる 31歳だ。えーと、まあ、独身だ」と言いながら頬をポリポリと掻いた。

 「朝も言ったが化学を教えている。顧問も化学部だ。趣味は最近ロードバイクを始めた。晴れた日はそれで登校することもある」

 栗山先生の自己紹介が続くが、その殆どが頭に入って来なかった。


 「じゃあ各係を決めていくぞ。当面必要なのは体育の時間の貴重品金庫のカギ係だ、立候補するやついるか?」

 いや、いないでしょう。と思いながらも先生は数秒待つ。

 「当然いないよな。だから毎年この係は俺が独断で決めている。そうだな、じゃあお前、えーと名前は?」

 先生は一人の男子生徒を指さして言った。

 「え?僕ですか?」と指名された生徒は戸惑いながら、「加藤です」と言った。

 加藤君、ご愁傷様。がんばれ! と無責任に応援しつつ私が指名されなかった事にほっと胸をなでおろす。


 「その他の係は必要に応じて順次決めていくからな。今日はとりあえずカギ番だけだ。あと日直は出席番号順で日替わりでいいな。おい、朝霧、明日はお前からだ」

 「分かりました」と朝霧君。

 

 「じゃあ今日はここまで。この後講堂に行って教科書と体操着を受け取って順次帰っていいぞ。あ、講堂は混みあうから適当に時間見計らって行くように。じゃあ以上解散」


 解散しちゃったよ。私はソロソロと沢村君の方を窺う。ギロッと目が動いて私をみた。

 ひぇー、目が合っちゃったよ。怖い。講堂に行くタイミングが合うと嫌だから沢村君が行くまで待つことにしよう。

 その時である、



 「ナバちゃん? ナバちゃんだよね?」

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