被害者の直観

ペーンネームはまだ無い

第01話:被害者の直観

 彼の第一印象は、女性を食い物にしていそうな男、だった。良く言えば気さくで社交的な人。でも、私には女性の扱いに慣れているようにしか見えなかった。

 彼と初めて話したのは、私と紘子が大学内のテラスでお弁当を食べている時だ。手作りのお弁当を広げていると、彼が声をかけてきた。


 「きみの料理、美味しそうだね」


 ニコリと柔らかく笑って話しかける彼に、私はうすら寒いものを感じた。その嫌悪感が表情に出ていたらしく、彼はギョッとした顔をする。慌てたように紘子がフォローを入れる。


 「ごめんなさい。この子、昔、色々とあった所為で男性が苦手で」

 「そうなんだ。急に話しかけてゴメンね」


 そう言って彼は私から少しだけ離れた。そして紘子の方へ向く。

 彼はお弁当を指さして「そのお弁当、きみたちが作ったの?」と言った。そんなことあなたには関係ないでしょ、と言おうとしたが、それよりも早く紘子が答えた。


 「はい、私たち料理が趣味で、いつもお弁当を作ってきてるんです」


 紘子を見ると、顔が微かに紅潮していた。なるほど、紘子はこういう男が趣味なのか。たしかに彼は整った顔立ちをしているし、シンプルな服をスマートに着こなしている。おまけに立ち姿が綺麗で、なにかスポーツをやっているように見受けられた。でも、この男は止めておいた方がいい。

 そんな私の思いとは裏腹に、紘子は彼と話を続ける。彼は一輝と名乗った。


 「僕も自分でお弁当を作ってるんだけど、なかなか美味しく作れなくてさ。だから、きみたちの美味しそうなお弁当を見たら、つい声をかけちゃって」

 「一輝さんも、料理が趣味なんですか?」

 「趣味っていえるほど得意じゃないけど、料理は好きだよ」


 そう言うと一輝は持っていたバッグからランチポーチを取り出して、自分のお弁当を私たちに見せる。サンドイッチと色とりどりのおかずが入ったお弁当だった。「わあ、美味しそう!」紘子が声をあげる。


 「よかったら、味見してみる?」

 「え、良いんですか?」


 そう言って一輝のお弁当に手を伸ばそうとする紘子を私が止める。ふたりが私に視線を向けた。

 私は一輝をまっすぐに見る。


 「人に勧める前に、まずはあなたが食べてもらえますか?」一息おいてから、私は続ける。「毒が入っていないと証明してください」


 紘子が「それは失礼だよ!」と言った。私はそれを無視する。

 少し間があってから一輝が噴き出して笑い始めた。「ど……毒って」一輝は堪えるようにして笑いを止める。


 「そうだね、きみの言うとおりだね」


 一輝は自分のお弁当から卵焼きをつまむと、ひょいと口にいれた。もぐもぐと口を動かして飲み込む。「これで証明できたかな?」

 目を細めて一輝が笑う。「面白いね、きみは」その笑顔は、やっぱり私には薄気味悪く感じた。


 ***


 もう彼には近づかない方がいい。私は紘子に忠告したが、彼女はそれに取り合わなかった。それどころか、逆に私を説得しようとした。


「昔の事件で男性不信になるのはわかるけど、一輝さんはそんな人じゃないよ。すごく良い人じゃない。この機会に男性不信を治していこうよ」


 紘子が善意で言っているのはわかった。紘子は一輝を信じ切っているらしい。それどころか好意を寄せているようにも思える。

 これ以上、議論してもきっと話は平行線のままになるだろう。しぶしぶ私は折れることにした。

 それからは度々、私と紘子と一輝の3人でランチをとることになった。一輝が料理好きというのは本当のことらしく、そのレパートリーの多さと完成度の高さに驚かされた。

 紘子は完全に胃袋を掴まれたようで、一輝のお弁当を分けてもらっては大絶賛を繰り返していた。


 「一輝さんのお料理、すっごく美味しいです! 一輝さんって何でもできちゃうんですね」

 「そんなことないよ」

 「私たち、料理にはちょっと自信あったんですけど、一輝さんのお弁当を見てたら自信なくなっちゃいましたよ」


 紘子は私に「ね?」と同意を求める。私はため息をついてから「そうね」と相槌を打った。


 「紘子の言うとおり、レパートリーの多さは素直にすごいと思う。調理法もさることながら、扱う食材や調味料の幅広さには驚嘆する」

 「あー、私もそれ思った! なんかアジア料理とかエスニック料理とか、本当にいろんな国の料理って感じ。この料理って一輝さんが考えたんですか?」

 「まさか。そんなに料理は得意じゃないよ。味付けは日本人向けにアレンジしてるけど、海外のレシピを参考にしているのがほとんどだし」


 紘子が顔の前で手を横に振って「いやいや、それ、十分に得意ですって」とツッコミを入れた。一輝はそれを否定する。


「いや、本当に得意じゃないんだよ。特にお弁当は。ほら、家で作る料理と、お弁当に入れる料理って、違うでしょ?」


 一輝の問いに紘子が首を傾げたので、私が答える。


「ええ、違いますね。お弁当に入れる料理は、持ち運びできることと、作ってから時間をおいて食べるのが前提ですから」

「あ、そっかー。たしかにスープパスタとかお弁当にするのは難しそう」


 頭の上に電球を浮かべて閃いたーとでも言わんばかりに紘子が声をあげる。それを見て一輝が「たしかにスープパスタは難しいかもね」と小さく笑うと、紘子は恥ずかしそうにうつむいた。


「僕がお弁当を作ると、味付けが濃くなっちゃうんだよね。日持ちするようにって考えると、殺菌効果のあるスパイスとかハーブとか多く使っちゃうし。本当は捌きたてのお刺身なんかもお弁当にできればと思ったりもするんだけど、せいぜい漬けマグロが精いっぱいだよ」

「すごい! 一輝さん、魚を捌けるんですか!?」

「うん。さすがにマグロみたいなのは無理だけど、大抵の魚なら頭を落として内臓を取って3枚におろすくらいはね」


 そこまでできるのであれば、こんな大学になんて通わずにシェフや板前になればよかろうに。そうして私たちの目の前から消えてくれれば良いのに。半ば呆れる私とは対照的に、紘子は目をキラキラとさせて一輝を見ている。


「本当に一輝さん、すごいですね! 私、お弁当だけじゃなくて、おうちで一輝さんが作る料理、食べてみたいな~」


 上目遣いで紘子が言うと、一輝は困った顔をした。そして私をチラリと見てから、再び紘子に視線を戻し「ああ、そうだね、機会があればね」と言った。

 そして、数日後、紘子は行方不明になった。


 ***


 私は紘子を探した。家を訪ね、行きそうな場所を回り、紘子の知人に聞き込みを行った。それでも彼女の行方はわからなかった。

 正午。大学内のテラスに向かうと一輝がいた。一輝は私を見つけると小走りに駆け寄ってきて心配そうな面持ちで話しかけてきた。


「紘子ちゃん、行方不明なんだって?」

「はい。あなたは紘子の行方に、何か心当たりはありませんか?」

「残念だけど、ないよ。ゴメンね」


 私が「そうですか」とだけ言うと、一輝は意を決したように言う。「僕も紘子ちゃんの捜索を手伝わせてほしい」その提案を受け入れて、日が暮れるまで一緒に紘子を探した。結局、見つけることはできなかったけれど。

 そろそろ解散しようとしたところで、一輝が私を呼び止めた。


「この後、時間あるかな? 今後のことも相談したいし、一緒にご飯でも食べない? 僕の家、すぐ近くだからさ、今日は手料理を振舞わせてよ」


 承諾すると一輝はニコリと笑った。「今日はご飯いらないって連絡しないと」私がそう言うと、一輝から少し離れて電話をした。通話を終えると彼と大学を後にした。

 徒歩5分ほどの場所に一輝の住まいはあった。築10年ほどのマンションの一室。中に入ると、思ったよりも広いダイニングキッチンになっていた。


「そこに座ってて。すぐに用意するから」


 大きな冷蔵庫からいくつかの野菜を取り出すと、手慣れた手つきで包丁を操ってサラダを作った。続けて冷蔵庫から金属のトレイを取り出すと、その中に入っていた肉をフライパンで焼き始めた。香ばしい匂いが部屋に漂う。焼きあがった肉が皿に盛りつけられる。


「香草焼きなんだけど、お口に合うかな?」

「これ、何の肉ですか?」

「そうだな、それは食べてからのお楽しみってことで。何だか当ててみてよ」

「紘子、ですか?」

「いや、違うよ。別の女の子。紘子ちゃんは、頭を落として内臓を取っただけで、まだ血抜きしているところ」


 一輝は平然と言った。


「なんで僕が殺人鬼だってわかったの?」

「初めてあなたと話したとき、言ってましたよね。『きみの料理、美味しそうだね』って。あれ、きみ作った料理じゃなくて、きみ作った料理って意味ですよね?」

「ああ、あれに気づいちゃってたのか」

「私を料理するのに、紘子は邪魔でしたか」

「うん、だから先に料理しちゃうことにしたんだ。次はお待ちかね、きみの番だよ」


 まな板の上の包丁を一輝が握る。


「ひとつ教えてほしいのですが、なぜ私で作った料理を美味しそうだと思ったのですか?」

「直観だよ。今まで何人も何人も料理してきたからね。見た瞬間にわかるようになったんだ」

「そうですか。直観ですか」


 私は少し間をおいてから続ける。


「でも、あなたは直観や直感に頼らずに、もう少し考える癖をつけた方がいいと思います。例えば、あなたを殺人鬼だと気づいていた私が、ここに来る前に私が電話をしていた意味とか、こうやって話を引き延ばしている意味とか、ね」


 私が言い終えるかどうかのところでインターフォンが鳴った。間髪入れずに私が悲鳴をあげると、玄関のドアを開けて2人の警察官が飛び込んできた。瞬く間に一輝は取り押さえられる。

 私はため息をついた。また殺人鬼に狙われてしまったのだ。もう何度目かも数えていない。おかげでいつの間にやら直観で殺人鬼を見分けられるようになってしまった。今回もそのおかげで生き延びることができたのだけれど。

 手錠をはめられて床に這いつくばっている一輝を見て、彼の第一印象が間違っていなかったと思った。やっぱり彼は、女性を食い物にしていそうな男、だ。

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