憂いの日曜日
「はぁ~……」
私、オリヴィアは今日も今日とてすることもなく手持ち無沙汰で溜め息を吐いていた。
このお屋敷に来て、一体何度溜め息を吐いてきただろう。
このお屋敷に来た日数以上に溜め息の数の方が多そうだ。
あの日、刺繍の糸を買い足しに行って帰って来た後、すぐ様ルーカスはハワード男爵に呼びつけられていた。
何故こうも情報が早いのかというと、丁度ハワード男爵が私の母を紹介する為にハンネル家へと挨拶に行っていたらしい。
何ともタイミングの良すぎる話だが、案の定そこにシーラが帰ってきて、ことの次第を聞いたというわけだ。
ルーカスが呼び出された後、私も同じくハワード男爵に呼び出された。
初めて男爵の仕事部屋に入ったのだが、何だか難しそうな本やら書類やらで、男爵って忙しいんだな、と他人事の様に考えていた。
ハワード男爵は目の前の執務机に腰掛けていた。
「ああ、オリヴィアちゃん、どうだい? ここでの暮らしは慣れてきたかい?」
ハワード男爵にそう尋ねられて私は、はい。と答える。
そうか、それは良かった。とハワード男爵はニコニコと笑顔になった後、本題に入った。
「ところで、今日の一件なのだが、オリヴィアちゃんとしてはどう思うかい?」
そう問われて私は少し考える。
どうと言われても。
「えぇと、ルーカス……義兄様にはシーラ様はお似合いだと思います。
私としては、ルーカス義兄様に考えを改めて頂きたいですね」
私としては、この2人にくっついて貰った方が楽だ。
この2人がもしくっつけば、少なくともルーカスから言い寄られる事はなくなるし。
なので、私はあくまでシーラの味方というポジションで話をした。
すると、ハワード男爵は腕を組み、うんうんと頷いている。
「……そうか。
因みに、オリヴィアちゃんがもしルーカスのことを慕っているのなら、そちらも考えたのだが」
「え?」
その言葉に私は耳を疑う。
私がルーカスを慕う?
無いわ。ないない。
チラッとルーカスの顔を想像するも私はすぐ様それを消し去った。
「私としては他の家同士の交流よりも、個人の意思を尊重したいんだ。
ルーカスは君に本気の様だし、それならと考えていたのだが、君がそうでなければ、仕方あるまいな」
つまり、私がルーカスにオッケーしたら、それを認めてくれるというわけか。
まあ、私がルーカスを好きになる事は無いだろうけど。
「しかし、ルーカスもはっきり婚約破棄すると言ってしまったし、そちらももう仕方ない。
という訳で、婚約の件は全て白紙にしたので、自由に恋愛するといい」
「え? それはまずくないですか?」
このご時世、政略結婚など当たり前なのに、自由恋愛を許すとはいいのだろうか?
「ああ、ハンネル家でも話をしてきてね、シーラお嬢様も正々堂々と勝負をしたいと言っていたんだ。
それに、政略結婚は結局上手くいかないこともある。長い目で見たら、血筋などに縛られない時代がやがて来るだろう」
ハワード男爵はそう言って窓から遠くを眺めていた。
私にはハワード男爵の言葉の意味がよく分からないのだが、恐らく色々考えがあるのだろう。
「そういうことだから、君も自由に恋愛してくれて構わない。
私は身分など気にしないよ。
相手が良い人ならば誰でも歓迎する」
その言葉に嘘はないのであろう。
何せ、自分自身が下町出身の母と結婚したのだから。
その後、私はハワード男爵の部屋を後にした。
それから日が経ち今日に至る訳なのだが。
私はその後何も考えたくないからといつも以上に刺繍に没頭したお陰で、早めにアネモネ柄のハンカチが出来上がった。
それを母に渡しに行ったのだが。
「あら、オリヴィア、聞いたわよー!
ルーカスくんとどうなの!?」
母はそう目を輝かせながら聞いてきた。
「別に。何ともないわよ」
「ええ!? ルーカスくんすっごい美少年じゃない!
あ、それとも可愛い系のノア君派?」
何故そこでノアまで出てくるのだろう。
「いや、言っとくけど私恋愛になんて興味ないから!」
私がそう言うと、母は露骨に残念そうな顔をする。
「ええー! 折角そんなに可愛いのに……。
オリヴィアなら彼氏なんてすぐ出来るわよ。
その意地っ張りさえ直せば⭐︎」
母はそう言って私の頭を撫でてきた。
私はその手をすぐ様払い除ける。
「私別に意地なんて張ってないけど」
そう言い返すと、母はあらそう? と笑っていた。
「それより、はい、これ」
私はポケットから刺繍したハンカチを取り出して母へと差し出す。
「あら、まあ、上手になったわね?」
ハンカチを広げて母はふふと笑った。
「まあね、少し早いけど誕生日プレゼント」
母の誕生日は来週なのだが、平日なので私は家庭教師が来るし、母もハワード男爵と出かけたりしているので、当日渡せない可能性が高い。
遅れるくらいなら早く渡そうと、今日渡すことにしたのだ。
「あら、毎年どうもありがとう。
今年はアネモネね。よく出来てるわ。
……こんなに刺繍も出来て、料理も出来て、勉強も頑張ってて、顔も良いのに、性格が捻くれていなければ……」
そう母は遠くを見ながら言う。
「母さん、私を説得したって無駄なの知ってるでしょ?」
「まあね」
ニコリと母は笑う。
その笑顔はまるで何もかもお見通しかの様だ。
「じゃあ私部屋に戻るわ」
「あらそう? またね」
私はそう言って母の部屋を出た。
「……あの子も自分の気持ちに素直になれればね」
オリヴィアが出て行った後で、オリヴィアの母、イザベラはそう静かに呟いた。
それから、オリヴィアはすぐ様自室に戻り、ベッドに腰掛ける。
ルーカスが私を本気で好きだろうと、私には関係ないことだ。
私はあの3兄弟とは仲良くならない。
だって何を考えてるか分からない。
「あれ? でもルーカスが私を本気で好きなら、毛嫌いする必要ないのでは?」
私はあの3兄弟と最初仲良くなりたくなかったのは、貴族である彼らの得体が知れなかったから。
下町の私を見下したり虐めたりすると思っていた。
しかし、実際は……?
私はベッドに潜り込み考える。
あの3人はきっと悪い人ではないのだろう。
そんな事は薄々気づいてた。
でもあの3人と仲良くなるのが怖い。
いや、別にあの3人だけではない。
私は、人を信じるのが怖いのだ。
仲良くなって、その先ずっと仲が良いとは限らない。
それなら私は、ずっと1人の方がマシだ。
私はベッドの中で独りそう自分に言い聞かせ続けた。
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