真夏の邂逅
あい
真夏の邂逅(前半)
2015年8月頭、まだ25歳のひよこだった私は、誰もが名を知るグループ会社の、一介のテレフォンオペレーターの派遣のクビを切られた。
なぜならば、テクニカルサポート業務ではなく、プロバイダサービスを解約しようと電話をかけてきたお客を引き止め、なおかつモバイルWifiルーターのセールスをする「リテンション」という業務に回されていたからだ。私は「解約したい? お好きにどうぞ」のスタンスを貫き、セールスのたぐいを一切しなかったので、当然テクニカルサポートからリテンション業務に移ってからの約4ヶ月もの間でサービス売上成績がガタ落ちになり、上席に呼び出された。「客にセールスをするか、お前がクビを切られるかどちらかを選べ」と。
「今からプロバイダを解約しようとしてる人に、ものを売りつける気にはさらさらならないです!」
若くてまだ血気盛んだった私は、呼び出しを食らった狭いミーティングルームでそう言い放った。私を呼び出した上席がネチネチと説教を垂れるタイプでいやらしく、個人的に嫌いな人物だったのも加担しているが、その切ったタンカは本音だった。私が解約を決心したお客の立場なら、「ところで光回線でなくモバイルWifiルーターのサービスも始めたのですが……」とテレフォンオペレーターのねーちゃんにマニュアル通りのセリフを吐かれた時点で、絶対に話をさえぎって「ああ、いいですいいです。いりません、ノーサンキュー」とやる。要は、売る側も売られる側もたまったもんじゃねえくそったれという強い思いがあったのだ。
そんなわけで、派遣元からも「お前もったいないことしたな」とあきれられつつも、私はプロバイダ会社のテレフォンオペレーターをクビになった。確かに賃金はよかったし、宴会好きで心を通わせることができた仲間もいたので惜しいことをしたのも事実だが、そのポストを外されたことは些事にすぎなかった。問題は、「広島市中心部で一人住まい、貯金もないのにどう暮らす?」だった。
答えはすぐに出た。ラブホテルの清掃のアルバイトをすればいい。実はテレオペを辞める二週間弱前から、ちょっと小汚いラブホテルの清掃のアルバイトを、プロバイダ会社には内緒で始めていたのだ。本業がなくなったいま、副業であるラブホテルの清掃のシフトを増やせばいいじゃん! ちょうど夏だしやせるかも! と内心ではポジティブにとらえつつ、一応建前はひとりの社会人として、ラブホテルのオーナーに悲壮さを装って電話をした。「すみません、本業をクビにされました。それで、無茶を申し上げて心苦しいのですが、清掃のシフトを増やしていただけませんか……」
かくして、同年2015年8月の終わりに、小さな画材屋の事務員パートに採用されるまで、私は日中ずっとラブホテルの清掃アルバイトに汗を垂らしまくった。熱中症で倒れてはいけないので、オーナーからじきじきに「あいちゃん、昼間のホテルは夜より回転がずっと落ちるからね。こまめにスポーツドリンクを飲みながら、ゆっくりでええけえ客室に掃除機をかけてちょうだい」などと指示されていたのが助かった。確かに昼間のラブホテルの裏方は夜間よりずっと忙しくなくて、たとえば三人一組で一部屋5分もかけずに使用済みの客室を次々に清掃するのではなく、ひとりで30分はかけてていねいにみがくことが多かった。
(※補足すると、繁忙タイムの私単騎の最短清掃時間は一部屋20分だ)
ところで、夜間は男性のアルバイトにまじって私が一輪咲いていたが、昼間は完全に女の世界だった。その中でもメグさんというベテランのおばさんがとある運の持ち主だった。
「あいちゃん、メグさんまた『当たった』らしいよ」
「? 当たったってなんですか」
「ウンコよ」
「はあ……」
骨壷の忘れ物でも当たったのかと思っていた私は拍子抜けした。
ラブホテルの使用用途などたかが知れている。ましてやエロ小説を高校時代から書いては2ちゃんねるにアップロードし、SNSが発展したり一人暮らしが始まってからというもの、性癖がハードコア化していった身だ。ベッドや浴室に排泄物が残されているケースも十分想定していたし、覚悟もついていた。
実際に夜間のシフトで、オシッコを垂れ流されたシーツが残された客室に当たったことがあるが、一緒に清掃に入った男性と「うわ、防水シーツにまで染み込んでる。たいぎい」とめんどくさがりつつも、ちゃちゃっとシーツを取り替えて「清掃完了」のスイッチを押しておしまいにしていた。なんなら、使用済みのコンドームを素手でひょいとつまんでゴミ袋に捨てる芸当もできる。
あまり自慢にならない技だが、さすがにこれだけは夜間の男性陣も驚いていて、「あいちゃん、ようそんなばっちいもの触れるよね」とラブホテル勤務歴一年で、造船所とかけもちしている年下の男の子に言われたものだ。
ここまで話をふくらませておくと、読者諸兄姉は「じゃあ、あいちゃんもウンコが残された部屋に当たったことがあるの?」という質問を投げかけたくなるだろうが、残念ながら「NO」だ。ただ、よっぽどニッチなプレイをしたんだろうなと思わせる部屋に当たったことはある。
これまた快晴の昼間のことだった。
「なんじゃこりゃあぁ!?」
もう使い古されているであろう、コッテコテなリアクションが勝手に私から飛び出した。
――お盆が過ぎながらも、真夏の強い日差しに照らし出されていた、客室の忘れ物。
それは――
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