第9話 終幕


約束とも言えないような一方的な約束によって、美保奈は放課後の屋上へ来ていた。

美しい少女はすでにそこにいて、ああ、こんなところでも美人は絵になるのだなあ、などと現状からはおおよそ似つかわしくない感想を抱いていた。

「お待たせしました」

美保奈はその端正な横顔に声をかける。

「来たのね」

少女は笑顔を浮かべて振り向いた。


傾きかけた日差しは、それでも熱を失うことはなく二人を照らしている。

風はほとんどなく、吹奏楽部の奏でる音色や運動部の掛け声など、放課後の音だけが二人を包む。

「どういったご用件でしょうか」

分かり切ったことを聞いている自分は、さぞかし滑稽なことだろう。

それでも一通りの手順は踏むべきだろうと美保奈は判断した。

「私、あなたを殺しに来たの」

少女は後ろに回していた右腕をこちらに差し出す。その手にはナイフが握られていた。

「……わかりました」

やはりそうか、と美保奈は思う。自分の直観は外れていなかった。

美保奈は羽織っていたカーディガンを脱ぎ、制服一枚になる。

「これでいいですか?」

ナイフが自分を貫くときは、いったいどんな痛みなのだろう。

それでもその痛みは、これから最期の時を苦しみ母を泣かせながら過ごすよりも楽なものであるはずだ。

「……なんで?」

少女の手が震えだす。

「なんでそんなに落ち着いていられるの?」

「……だって、知っていたから」

あなたがいつか私の前に現れるであろうこと、そしてそのときあなたが私を殺すこと。

「そうでしょ?麻里奈」

初めて呼ぶ妹の名前。美しくて明るくて、どうしようもなく屈折した愛しい妹。

「……み、ほな…」

麻里奈は美保奈に駆け寄り抱きしめた。

その体は哀しい程に細く、壊れてしまいそうだ。

「……ずっと、会いたかったの」

美保奈は麻里奈の胸に顔をうずめながら話す。

「私のせいでごめんなさい。愛してあげられなくてごめんなさい」

美保奈は知っていた。

母が自分の体に必死になるがために捨てられた妹の存在を。

いつか会って一言謝れたら、そう思っていた。

「美保奈……ずっと、ずっと憎んでた。そして、ずっと愛していた」

麻里奈は美保奈を殺したいほど憎んでいた。そして、殺したいほどその存在に焦がれていた。


「お願い、私を殺して」

美保奈の願いを叶えるのは私だ。麻里奈はそれをずっと信じて生きてきた。

「分かったわ」

麻里奈は、両手でナイフをしっかり握りなおすと、それを美保奈の背中に突き立てた。

「……ぐっ」

息を詰め、痛みに耐える美保奈を抱きしめ、麻里奈は屋上のフェンスへと体重をかける。

「これからは、ずっと一緒よ」

かすかに頷いたのを見届け、勢いをつける。

美しく微笑む麻里奈は、血にまみれた美保奈を抱きしめたまま屋上から墜ちていった。

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